第74話 誕生日に見る夢にしちゃ気が利いてるな(後)
(……つい調子に乗っちまったが、マズったかなぁ……)
そんなことを思いながらも、全員で路地から出て商店街へと顔を出す。
すると、何故か歓声が上がった。
「刑事さん、さすがー!」
「銀さんも無茶すんなー」
「メガネの坊主、大丈夫か?」
「嬢ちゃん、ダメじゃないか危ない場所に入って!」
口々にみんなが騒いで、どれに反応して良いのか分からなくなる。
「邪魔だ邪魔だ。
パトカーがこれから来るから場所を空けておいてくれ」
そんな中で声を張り上げるのは刑事さんだ。
こういう場に馴れているのだろう。
ちなみに件のガラの悪い男は、目を回しているうちに、魚屋のおっちゃんのタオルで手首を、エプロンで足首を拘束して、その場に転がしてある。
「銀さん、口の端が切れてるじゃないかッ!? 大丈夫なのか?」
魚屋のおっちゃんは言われて気づいたのか、口の端を指で拭い、その指が赤くなるのを見て、苦笑した。
「坊主助ける時に、バカに殴られちまってな……。
そっちの嬢ちゃんが来てくれなかったら、救急車の世話になってたかもしれねぇ」
「おいおい」
周囲はざわめきながらも、ショークリアへとお礼を口にする。
何とも不思議な感じだ。
やってることは前世の時と差はないはずなのに、こうも簡単にお礼を言われるとは思わなかった。
(やっぱ容姿か……容姿のせいか……ッ!?)
ちょっぴりショックの大きいショークリアの胸中など誰も気づかぬまま、魚屋のおっちゃんは話を続けていた。
「こんなナリだが大人顔負けの格闘家だったらしくてな。来てくれてほんと助かったぜ」
ハッタリとはいえ海外の特殊エージェントじみたことを言っていた気がするが、そういう点をボカすようにおっちゃんは笑っている。
こちらの素性に関しては、詳しく明かす気はない――とでも言うように、不器用なウィンクを投げてきた。
「すげぇんだな、嬢ちゃん」
「ナイフ持った大人相手に大立ち回りなんて、大人としても警察としてもしてほしくはなかったけどな」
誉め
ただそれは、ショークリアのことを咎めるというよりも、ショークリアを誉めている商店街の大人達への忠告のようにも聞こえた。
「それにしても銀さんは何で、こんな無茶をしたんだ?」
誰かの問いかけに、おっちゃんは少し真面目な顔をする。
「ガキがカツアゲされてた。それを助けたかったんだよ。端的に言っちまえばそれだけだ」
そう告げたあとで、何かを思い出すように、おっちゃんは一拍おいて続けた。
「もっと言うなら、もうガキ同士のイザコザだからを言い訳にしたくねぇって思いもあった」
それはどこか懺悔にも似た言葉だ。
その言葉の意味を理解できる大人たちは、一様に顔をしかめる。
おっちゃんの話を聞きたくないと言うよりも、今まで目を逸らしていた事実を突きつけられたような、そういう顔だ。
「俺たちは心のどこかで……ずっと、ツナちゃんとこの
ケンカみたいな暴力沙汰はだいたいツナちゃんとこの倅に任せとけば良いって、自分らが怖ぇからってアイツにみんな押しつけすぎてた」
溜まりに溜まった思いを吐露するように、おっちゃんは続ける。
「俺たちは知ってたはずだ……。
放課後に買い物をすると、ケンカを売られて買った商品がダメにされやすいからって、わざわざ学校をサボって日用雑貨や夕飯の買い出しをしていたアイツを。
その結果、ますますアイツは学校側から扱いづらいガキって扱いになっちまってたのを」
おっちゃんは、手が真っ白くなるくらい握りしめる。
抱え込んでいた思いを、この場で全て吐き出すかのような勢いだ。
「アイツの起こした暴力沙汰は全て、誰かを助ける為だった……。
アイツがわざわざワルであろうとしてるのが分かったから、みんなしてあいつをワルの一人扱いしていた。それがアイツへの協力だと思ってた。
でも違ったんだ。俺たち大人は、もっとアイツを認めてやるべきだった。警察に補導されようとも、暴力は悪いコトだが、だけどお前の行いは決して間違いではなかった、て――ツナちゃん以外の大人も、そう口にしてやるべきだったんだ……ッ!!」
横でその懺悔を聞いていた刑事さんも、小さく身体を震わせている。
冷静さを保っているように見せているが、懐から取り出したタバコの箱から、中身を上手く取り出せないでいるようだ。
「俺たち大人は逃げてたんだ。
俺たち大人が弱かったから、この街はイキがったガキどもの格好の餌食になってた。そんな俺たちの為に、ツナちゃんの倅は拳を握ってた。
俺たちは調子に乗ったガキどもを窘め、時には追い出すべきだった。拒絶するべきだった。
少なくとも俺たちはこの商店街を守る為に、立ち上がるべきだった。
大人がするべきコトを、まだガキのアイツに全部背負わせて、その結果――ツナちゃんの倅は……ダイゴの坊主は、死んじまった」
鬼原醍醐の死。
それは、この商店街で生活している大人にとって大きなショックだった。
「今のガキの考えているコトは分からない?
説教しても殺されるのが怖い?
ああ――そうだ。俺もそうだよッ! だけどッ、そのせいでッ、ガキが一人死んだんだッ! 大人じゃねぇッ! 死んだのはまだ成人してねぇガキだったんだよッ!」
後悔――なのだろう。
魚屋のおっちゃんは、醍醐が命を落としてからこっち、ずっとそのことで気を病んでいたのだろう。
いや、おっちゃんだけではない。
おっちゃんの慟哭のような言葉を聞いて、苦しげに悔しげに申し訳なさそうに……後悔を滲ませている人たちは多かった。
「きっかけは、そっちの嬢ちゃんだ。
『誰も助けないのなら、わたしが助けようと思った』って、嬢ちゃんはそう言ったんだ。
それじゃダメだろ。醍醐よりも小せぇガキがッ、そこまでのコトを口にしてるのに大人が見捨てちゃダメだろッ!
……そう思ったから、俺は……。
でもダメだった、案の定、説教なんて聞く耳もたないガキに殺されそうになっているんだもんな。めちゃくちゃビビっちまった。怖かったよ」
悔しそうに言葉を締める。
結局、メガネの坊主を助けたのは、ショークリアだったのだと彼はうめく。
その悔しさを理解できたのか、周囲の大人達の顔色も暗くなる。
だけど、それでも――
「ですが、おじさまはもう一歩踏み出せたのでしょう?」
ショークリアは、メガネの少年を助けようとした彼の勇気を称賛する。
「そうですよ! ぼくはおじさんが来てくれてホッとしたんだッ!」
嬉しかったです! ありがとうございました!」
それに乗るように、メガネの少年も口にする。
そんな二人をおっちゃんは信じられないものを見るような目で、見遣った。
「これまでは見ているだけだった。ですが、少なくともわたしが助ける前におじさまは、メガネの方を助けるべく動けたではありませんか。
例えそれが危険なコトなのだとしても、それを叱るのと同じくらいに、誉めても良いのではありませんか?」
だって――と、ショークリアは花咲くような笑顔で告げた。
「その行いは正しいと言えずとも、だけどその行いは決して間違いではなかった――と、誰かが口にするべきだったのだと、仰っていたではありませんか。
だからわたしが認めますわ、おじさま。
確かにおじさまは危険な行いをしました。ですが、それは決して間違った行いではありませんでした。
結果として、お金を奪われるコトなく、誰かが大きな怪我するコトもなく、場が収まったではありませんか。
わたしや刑事さんが間に合ったのも、おじさまの勇気があったからこそでしょう?」
ああ、そうだ。
ショークリアは、醍醐は、決して自分の行いは認めてもらえていないのだと思ってた。
だが、そうではなかった。
分かりづらくはあったが、ちゃんと認めてくれている人がいたのだと、知ったのだ。
だからこそ、ショークリアは、醍醐は、その認めてくれたお礼がしたいと思った。
それが、今の言葉だ。
おっちゃんを銀さんの行いを認めて、誉めること。それが鬼原醍醐からの感謝の気持ちだ。
「まぁ無茶をされると警察的には困るんだがな。
何とか時間を稼いで我々が到着するまで待ってほしいというのが、本音ではある」
それに、叱るのは醍醐の仕事ではなく、刑事さんの仕事だろうから。
「だが嬢ちゃんの言う通りでもある。
俺も人のコトは言えんが、鬼原という抑止力にちょいと期待をしすぎていたトコはあるからな。
一人で暴力団のアジトに乗り込んで潰しちまうような奴だから、どうしても期待しちまうところがあったのは事実だ」
「え? 醍醐くんそんなコトまでしてたの?」
「すげー人数のヤンキー集団を一人で壊滅させたってのは聞いたコトあるけど」
「よもやそこれほどとは……」
(……いやまぁ、その場の勢いで乗り込んじまって、どうしようもねぇから暴れ回っただけなんだけどな……あン時は)
ざわつく周囲に、ショークリアは胸中で苦笑する。
「ともあれ、鬼原はもう居ない。
俺たち警察は、治安を守るコトは出来る。だが警察だけでは治安を維持するのが精々だ。
街の治安を改善するには、街に住んでいる住民の皆さんの協力が必要なのは間違いない」
刑事さんは震えの収まった手でタバコを取り出しながら、だからこそ――と、告げた。
「鬼原が居なくなって不良がイキがってるなんて口にするだけで何もしないのか。
鬼原が居なくなった以上、自分らで不良をどうにかするか――この商店街は今、その岐路に立ったんだ。
魚屋の銀さんの勇気が、みんなに見えていなかったもう一つの道を照らしたとも言えるな」
こうして、商店街のみんなは覚悟をキメたような顔をする。
醍醐への詫びの言葉。
醍醐への感謝の言葉。
どれもこれも、今更だけど――と前置きながら、みんながそれぞれ口にして、顔を上げる。
(オレ、感謝されてたんだな……)
これが夢なのか、現実なのか……。
その判断が出来ない中で、ショークリアの瞳から、一筋の雫がこぼれ落ちる。
そしてその涙がこぼれた時点で、ショークリア・テルマ・メイジャンは夢から覚めたのだった。
そうしてパトカーが到着するまで、覚悟と決意のざわめきは続き――
「あれ? そういや嬢ちゃんはどこいった?」
「何言っているんだ刑事さん、嬢ちゃんなら……って、アレ?」
「勝手に盛り上がってるのを見るのに飽きていなくなっちまったのかな?」
「いや、そうだとしても……」
人混みをかき分けていくような姿を誰も見ていないのだ。
まるで忽然と消えてしまったような――
別の意味でざわめきだした商店街の人たちの様子を一歩引いた気分で眺めながら、刑事さんは火のついてないタバコを口にくわえたまま大きく深呼吸する。
(地獄から様子を見に来るにしちゃ、随分と愛らしい姿だったじゃないか鬼原)
不思議な確信を持ちながら、刑事さんは胸中でそう嘯く。
(まぁそれでもお前は決して嫌われ者なんかじゃなかったってコトが伝わったんなら充分だ。安心して寝ててくれよ)
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