第56話 残りの三人から許可が欲しいぜ


「フォガード、少し相談が……あら? ザハルとサヴァーラもいるのね。ちょうど良いわ」


 ショークリアを連れたマスカフォネが領主の執務室へとやってきたかと思うと、部屋の中を見回すなりそう言った。


「戦士ツォーリオがロムラーダーム討伐に出かけるそうなの。同行をさせて貰いたかったのだけれど、フォガード、ガナシュ、ショコラ、ザハル、サヴァーラの五人から許可を貰わなければダメだと言うものだから……その許可を貰いに来ました」

「同じく! お父様、お母様、お兄さま、ザハル、サヴァーラから許可を貰わないとダメと言われたので、許可を貰いに来ましたッ!」


 当然のようにお互いはお互いに許可を出し合っているそうで、ガノンナッシュからも条件付きで許可が出たそうだ。


「ガナシュからの条件は世終せいついの宴の準備を協力するコトでした。そして、それに協力する為に、ロムラーダームを討伐して参ります」

「どうしてそうなるッ!?」


 マスカフォネの横でコクコクと可愛くうなずいているショークリアも、恐らく同じ条件を受け入れたのだろうが――


 詳しく聞いてみると、ショークリアの妙案を採用したらしく、その為にもロムラーダームの肉が欲しいそうだ。


「許可を出すのは構わないが、ロムラーダームをどうやって運ぶつもりだ? それに、いくら寒いとはいえ一週間以上も肉を置いてはおけないだろう?」


 話を聞いたフォガードがそう訊ねると、マスカフォネは美しい唇を妖艶な笑みの形にしてみせた。


「問題ありません。

 手持ちの神具アーティファクトに、ちょうど良いものがありますので」

「……神具か……」


 マスカフォネが言うちょうど良い神具には心当たりがある。確かにアレならば問題はないと思うが――


「あのー……」


 妻の言葉に、フォガードが思考をしていると、ショークリアがおずおずと小さく挙手をする。


「どうした?」

「えーっと、神具って言うのがよく分からないのですけれど」

「む? そうなのか?」


 些か意外な娘の言葉に驚きながらも、フォガードは一つうなずいてから、簡単に説明を始める。


神具アーティファクト――神が創り出したとしか思えない力を秘めた道具の総称だ。

 基本は発掘品で、例え役に立たない能力の神具であったとしても、神具というだけで高い値がつくほどの希少品扱いとなっている」

「ちなみに、ですが――」


 フォガードの説明を補足するように、マスカフォネが人差し指を立てた。


「現在では各国が研究し、その甲斐あってか、現代の技術でそれを再現した魔導具というものが生まれました。

 その魔導具を作り出す一連の学問を、魔導工学と呼ばれているのです。

 もっとも、魔導工学はまだまだ生まれたばかりの学問であり、その研究成果たる魔導具もようやく一部で生活に使われるようになった程度……。

 まだまだ高価なモノが多いため、領地に導入する余裕はないのですが……」


 最後の言葉をとても残念そうに付け加えるマスカフォネに、フォガードは小さく苦笑する。


「夜道を照らす外用の魔導灯などは、いずれは設置したいところではあるのだがな」

「その時には是非、設置しないものを一つ研究用に頂きたいのですが」

「余力があったらな」


 ここ数年、開拓や子育てなどの為に研究を我慢させてしまっていたことを申し訳なく思い、ショークリアの刺繍についての研究をさせてやったのは、失敗だったのだろうか。


 結婚前よりも研究欲が高まっているような気がしてならない。


「ともあれ、事情は理解した。私からも許可は出そう。

 ザハル、サヴァーラ。お前たちはどうだ?」

「どうも何も、旦那が問題ないって言うならダメって言う気はないのよな」

「私も同様です。世終せいついの宴の準備に必要と言うのでしたら、尚更です」


 両戦士団長二人が不許可と口にしないのは予想通りではある。

 これでマスカフォネとショークリアには許可を出す形になるが――


「――と、いうコトだ。明日は気をつけて出発してくれ」


 そう告げると、マスカフォネとショークリアの顔が輝く。どちらもとても可愛らしい顔だ。さすが我が妻と、我が娘――と胸中でデレデレになりつつ、表情は領主らしい締まったものを浮かべ続ける。


「それと、ザハル」

「はいよ。同行しろって話でしょ?」

「頼む」

「頼まれた」


 気安い口調で返事をしてきたザハルにうなずき返して、視線をマスカフォネたちに戻す。


「許可してやる代わりと言ってはなんだが、ザハルを同行させるように。それと、今日の事情を知っているカロマもな。

 お前たちの実力や、ツォーリオ、隻眼のボンボを信用していないワケではないが、これは譲れぬ」


 マスカフォネとショークリアは討伐に行けるのであれば、誰が同行しても問題ないという顔でうなずく。その姿はそっくりで微笑ましい。

 もっとも、うなずいている理由と内容を思うと微塵も微笑ましくないのだが。


「集合場所などは決まっているのいるのか?」

「ええ。明日の昼頃に東門近くのコーバンです」

「――だ、そうだ。ザハル」

「了解だ。遅刻しないように気をつける」


 ともあれ、これで二人からの相談は終了のようだ。

 挨拶を告げて二人が退室していくのを見送ってから、フォガードは大きく息を吐いた。


「サヴァーラ、すぐにカロマへの指示を頼む」

「かしこまりました。では、失礼いたします」


 一礼して、サヴァーラも部屋を出ていく。

 それを見送ってから、ザハルが視線を向けた。


「ちょうど良い機会だった――で、いいのかね?」

「さてな……。

 妻と娘を送り出すのは気が引けるが、優秀な戦力が欲しかったのは間違いないしな……かえって良かったのかもしれないが……」

「ま、旦那が気楽に動けない分――がんばって護るさ」

「調査だけで構わないぞ?」


 無理はするな――暗にそう告げるフォガードに、ザハルは何も言わずに手をひらひらとさせ、部屋を出ていく。


 静かに閉められるドアを見ながら、フォガードは机に置かれた一枚の書類を手に取った。


 【超大型ロムラーダームの目撃報告】


 その書類の見出しには、そう記されていた。

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