第55話 食べ放題ってワクワクする言葉だよな!
「つきましては、ロムラーダーム討伐参加許可をお願いしますッ!」
「うん。ダメだね」
「なんで!? この思いつきは重要なコトなのにッ!?」
「いや、まずは思いついた案の内容を言ってよ」
「それもそうですね」
思いついた勢いのままに口にしたことを軽く反省して、ショークリアは改めてガノンナッシュへと向き直る。
「サラダバー付きのシュラスコは良いんじゃないかなって!」
「まずは、それぞれの言葉の意味を教えてほしいかな」
相変わらずどこか遠い異郷の言葉を使う妹だ――と思いながら、彼女を落ち着かせるように頭を撫でた。
「サラダバーというのは、切ったり洗ったり調理したりをし終えた野菜を、テーブルの上に並べておいて、欲しい人が欲しい分を自分で取る提供方法です。
これなら、テーブルのお皿が空になったら取り替えるだけで、誰かが配る必要もないです。
サラダだけならシュガールの弟子のシャッハや、街の酒場や食事処の店主さん……もっと言えば、料理の出来る人たちに手伝ってもらいやすいかと」
「なるほど……でも、そうすると料理する人たちは提供品を楽しめないよ?」
「手伝ってくれる人たちが納得してくれるなら、後々でお手伝い料を支払えばいいんじゃないかな?
提供品でもいいし、お金でもいいし……その辺はちゃんと詰める必要はあると思うけど」
ショークリアの言葉に、ガノンナッシュは顎を撫でながら思案する。
悪くはない。可能か不可能かといえば可能だろう。
「サラダバーというものについてはわかった。なら、シュラスコというのは何だい?」
「料理の名前とその提供方法です。
大きな串焼き肉を作って、給仕がそれを手に歩き回るんです。
欲しい人は給仕に声を掛け、給仕はその場でお肉を切って、一切れお皿に載せます。
これなら、シュガールにはひたすらお肉を焼いてもらうだけにして、給仕はうちの従者たちにやってもらうという方法が取れますよね。
それにお肉の焼き方とかを事前にシュガールから習いたい人を募れば、当日、屋敷と街とで数カ所お肉を焼く場所を作りやすくなるかと」
「どちらにしろ、領民の力は必要……か?」
小さく呟くように独りごちたガノンナッシュに、ショークリアは快活にうなずいた。
「はい。でも難しく考える必要ないと思うのですよ」
「どういうコト?」
「元々、身分の垣根を気にせずに互いを労い
なら、貴族と平民の共同作業として宴を共に作り上げ共に楽しめば良いんじゃなかなって思ったの」
「…………」
貴族から平民へと食材を
「それに加えて、甘味も用意しようかなって。
串で焼くダエルブとか素敵だと思うの。ミルクとハチミツ加えたダエルブに果物も添えればみんな楽しめるでしょう?」
「串焼きダエルブもシュラスコと同じように提供するのだろうけど、果物はどうするんだい?」
「サラダバーと同じように提供すればどうでしょう?」
「ふむ」
そのまま採用するのは難しいかもしれないが、ガノンナッシュの中で希望が見えてくる。そのまま思考の中で情報を吟味していると、横で聞いていたモンドーアが、ショークリアに訊ねる。
「ところでお嬢様、それが討伐とどう繋がるのですか?」
「え? ロムラーダームって美味しいって話でしょ? 大きい魔獣みたいだし、ちょうど良いんじゃないかなって」
「ああ、なるほど」
「場所が万年紅葉林みたいだし、帰りに褐色地に寄って、ウサギやボア、シカなんかを狩ってくれば、かなりのお肉は確保できるんじゃないかしら?」
肉を確保する方法までも案が出てくるとは思わなかった。
だが、問題がいくつかある。
それを解決する方法が脳裏に過ぎったので、ガノンナッシュは母へと視線を向けた。
「そういえば母上は
「ええ。人より多少は持っているとは思いますが、それがどうかしましたか?」
「収納系のモノはお持ちですか?」
「ええ。とっておきが」
そう答えてから、マスカフォネはガノンナッシュの意図が読めたらしい。
「討伐同行許可は出しますので、此度の宴へ貸しては頂けますか?」
「なるほど、そう来ましたか」
笑みを浮かべながらマスカフォネがうなずく。
「構いませんよ。では、そういう方法で、討伐ついでに集めてくれば良いのですね?」
「無理して母上が行く必要はありませんが――母上の神具ですからね」
神具――というものにピンと来ないショークリアは首を傾げているが、マスカフォネには全てが通じたようだ。
「ショコラも、良い案を出してくれたからね。同行を許可するよ」
「やった!」
「でも、俺だけじゃダメなんだろ? ほかの人の所にも行ってくるといいよ。
母上も、ショコラと一緒にほかの人の所へ向かってください。
詳細は夕餉の後にでも。今は手早くみんなの所に回りたいんでしょ?」
「ええ。心遣いありがとうガナシュ。
あなたも、宴の準備をがんばりなさい」
母と妹はそうして、屋敷の方へと戻っていく。
その後ろ姿をみながら、ガノンナッシュは大きく息を吐いた。
「今のショコラの話、ちゃんと聞いてたな」
「もちろんです。相変わらず面白い発想をされますね」
「おかげで助かった。それじゃあ、俺たちも屋敷に戻って文官たちと詳細を詰めるとしよう」
「はい」
○ ○ ○ ○ ○
神界――
「肉料理かッ!」
「まだ当分先だ。座っていろ」
ガタっと赤き神が勢いよく立ち上がったところで、黒き神が窘める。
黒き神は芋餅を一口食べてから、赤を見た。
「それに、肉の串焼きであれば、そう珍しいものではあるまい」
「いやまぁ――そう言われるとそうなんだが」
後ろ頭を掻きながら、赤き神は椅子に座り直す。
「あいつが口にするとどうしても期待感が高まっちまってな」
ショークリアが口にした串焼き肉。
名前はともかく、調理方法としてはそう珍しい響きはない。
むしろ、その提供方法こそが斬新なようにも思える。
ましてや肉料理を好む赤き神だ。
色々と期待してしまうのだろう。
「気持ちは分かる。
この芋餅――ここまでハマってしまうとは思わなかったからな」
「黒にしては珍しく喰いまくってるもんな……ってか、どんだけ喰ってんだよ?」
「一皿に約三個の芋餅が提供されるが……さて、何皿食べたのか、五十から先は数えていないな。そもそも五十に行ったのも随分前だ」
「何日ここで喰ってるんだ?」
「毎日、食しに来ているような言い方はしないでほしいな。人聞きが悪い」
憮然とした口調で言いながら、本日いくつ目とも分からない芋餅を口に運んだ。
「おう。そうか、悪いな」
赤とて申し訳ないと思えば謝罪もする。
確かに、黒き神たるこの男が、そう何日も何日も食べにはこないだろう。そういうイメージもない。
自分の思いこみを赤が謝罪したところへ、クォークル・トーンが、追加の芋餅を持ってきながら、肩を竦めるように告げた。
「ちなみに、アーボレク・シア様はメニューにこれが加わってからというもの、七日に五・六日は食べに見えられてますよ」
「ほぼほぼ毎日じゃねーかッ!」
暑苦しい勢いでツッコミを入れる赤い同僚に対して、鬱陶しそうな眼差しを向けながら黒き神はうめく。
「余計なコトを言うなトーン」
「おっと。失礼しました」
空いた皿を片づけながら、悪びれもなくそう詫びを告げたクォークル・トーンは、内心で苦笑する。
(まったく、人間界の罪の味は――いつまで芋餅の味がするんだろうね)
案外、もうこの世界の罪の味は芋餅の味に固定されてしまうというのも冗談ではない可能性があるが――
(ま、楽しんで貰えるなら何よりさ。
……次の料理も、期待しているよお嬢ちゃん……)
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