第17話 何か大事になってきてねぇか?(前)


(いったいぜんたい……何がどーして、こーなってやがる……?)


 ショークリアは混乱の渦中にいた。


 昨日、シュガールと約束した試作二号以下の新作の試食。それをする為に、午後に厨房へと顔を出すつもりだったのだ。


 だが、昼食が終わり、午後の勉強の時間も終わった頃。

 そろそろ厨房にでも顔を出して、おやつに試作品でも食べようかと考えた時だ。


 突如として部屋へ現れたココアーナにあれよあれよと着替えさせられて、お茶会に使われるサロンへと連れてこられた。


「……今日は、お茶会の練習があっただなんて聞いてないよ?」

「はい。練習ではございませんから」

「え?」


 意味が分からないと首を傾げているうちに、席へと座らされる。

 それに少し遅れて、ミローナと共に母マスカフォネがやってきた。


「ごきげんよう、ショコラ」

「はい。ごきげんよう、お母様」


 挨拶をして対面に座るマスカフォネに、ショークリアは訊ねる。


「ところで、いったい何が始まるの?」

「あら? ココから聞いてないの?」


 逆に問われて、ショークリアは目を瞬く。

 首を回して背後に控えるココアーナに視線を向けると、ココアーナは視線でミローナを示した。


 それにうなずいて、ショークリアはミローナを見る。


「……ミロ」

「えーっと……」


 すると、ミローナはどこかバツが悪そうに視線を泳がした。


「ショコラお嬢様は、新しい料理の試食を秘密にされたかったのですか?」


 そんなミローナを見て、ココアーナはショークリアにそんな問いをかける。

 その言葉に、僅かに逡巡してからショークリアは答えた。


「そういうつもりはなかったけれど……でも、今日もまたミロと二人でシュガールのところへ行くつもりだったかな。

 シュガールもある程度の完成度が出るまでは、他人に出したくないところあるみたいだし」

「なるほど。それがお嬢様の意だったワケですね」


 ふむふむ――とココアーナは何かを理解したようにうなずくと、ミローナに笑いかける。

 ……だが、目は笑っていない。


「ココ。構わないわ。

 ショコラに聞かせるのにも意味はあるでしょうから」

「恐れ入ります」


 そんなココアーナの様子に、マスカフォネが助け船を出すように口にした。


(……あ、やべ。これ、あれだな。ミロへの説教だろ?

 なんかオレ、ココをキレさせるようなコトしちまったか?)


 その空気を読みとって、ショークリアは胸中でオロオロとしていると、マスカフォネは優雅に微笑んで見せる。


「ショコラに何か至らぬ点があったとすれば、それはミロを制御できなかったコトかしら」

「ミロの、制御?」

「ええ。でも――そうね。本来、この件でそれは必要のないコト。

 ココから見れば、完全にミロの落ち度だから、気にしてはダメよ?」

「……はい」


 うなずきながらも、胸中では汗が止まらない。


(いや、オレに落ち度がねぇって言われても……。

 ぜってぇ、オレが何かやらかしちまってるだろ……ッ!?)


 自分のせいでミローナがお説教されてしまうのならば、非常に申し訳ない。


「ミローナ。お嬢様の意は分かったわね」

「はい……」

「では、どうして私が怒っているのか、理解できますね」

「わたしが迂闊に試食会の感想を口にしたからです」

「よろしい」


 そんなノリであっという間に説教が終わろうとしていたので、思わずショークリアが声をあげる。


「待って」

「どうなさいました?」


 ココアーナとミローナがそっくりの仕草で首を横に振る。

 なんだか微笑ましい姿に和みそうになる――が、そうではない。


「ミロが試食の感想をココに言ったのがどうしてダメなの?」


 その疑問に答えたのは、ココアーナとミローナではなく、マスカフォネだった。


「簡単よ、ショコラ。

 ミロが試食した新作の感想をココに言った。それを聞いたココが私に話をした。それを聞いた私も試食したくなったから、試食会の為のお茶会を開いたのだもの」

「えーっと……あーっと……つまり?」

「つまり、ミローナの迂闊な行動が、このお茶会を開くに至ったのです。そしてこのお茶会はショコラお嬢様――つまり、ミローナは自らの主の意から外れた結果をもたらしてしまったコトになります。主であるお嬢様の意を汲むのであれば、このようなコトが発生しない為に、私にも言うべきではなかった……というコトになるワケです。

 ちなみに、私の主は奥様です。なので、奥様の意を汲んでお茶会の準備を積極的にさせていただきました」

「ショコラ……ごめん……そういうコトなの……」


(これは……涙目のミロに対して、オレはどういう反応すりゃいいんだ……?

 慰める――ってのはちょっと違うよな。話を聞く限り、従者としてのポカってコトだろうから……)


 それはそれとして、ココアーナも微妙にそわそわしているので、試食品の味見をかなり楽しみにしているように見える。


(あー……これはアレだな。オレの落ち度だな。

 なんつーか、女のスイーツに対する情熱を見誤ってたのかもしんねぇ……)


 事前に、また二人で来ようとかミローナに言っておけば問題なかったのだろう。

 ただミローナは昨日の試作品を堪能し、母であるココアーナに言いたくなるくらい嬉しかったことなのだろう。

 そして、それを聞いたココアーナも興味を持ち、当然ココアーナから聞いたマスカフォネも興味を持った。


 ましてやこの世界のスイーツといえば、昨日シュガールから聞いた通りの砂糖山盛りのものなのだとすれば、甘すぎない甘くて美味しい料理というのは興味の対象になる。

 特に貴族女性はお茶会に出すお茶請けのフルーツや、甘味はステータスになるらしいのだから、尚更だろう。


 母マスカフォネは貴族女性として当然であり、ココアーナとミローナはそんな貴族女性に仕える侍女だ。

 どちらも流行に敏感でならねばならないそうなのだ。


 ……などと――ショークリアはごちゃごちゃと思考するが、結局のところ世界が変わろうと女性がスイーツ好き流行好きなのは変わらないということなのかもしれない。


(……みんな期待してそわそわしてやがるな……)


 見渡せば、母マスカフォネも、ココアーナも、ミローナもみんな楽しみにしているのだろう。


 どうしたものか――と一瞬考えるが、すぐに全てを一気に解決する方法があるではないか、と思い至る。


「いつものように厨房で食べるつもりだったから、驚いたけど、これはこれでいいんじゃないかな?

 もともとお茶会で食べるようなモノになるだろうし、ここで美味しくても食べづらいとかなら、シュガールに相談しやすいもの。

 味だけじゃなくて、見た目なんかはお母様の貴族女性の視点を教えてもらいたいし、ココやミロの運びやすさとかも聞きたいわ。

 その上で、色んな人から味の感想も聞きたいから、用意が終わったらココとミロも一緒に席に着いて食べてくれないかしら?」


(グダグダとアレコレ理屈を付ける前に、みんなで一緒に食えばいいんだよなッ!)


 ただそれを直接的に口にするのは貴族らしくないそうなので、グダグダとアレコレ理屈を付けざるをえないのが、ショークリアにとっては些かの面倒があるのだが。

 それでもそんなことにも馴れてきたのか、スラスラと建前のような理屈が口から出てきてくれたので一安心だ。


 そして、思いつきで口から飛び出してきたショークリアの建前付きの言葉は、本人の意図はどうあれ聞いていた三人を驚かせた。


(ふふ、やるわね。ショコラちゃん。

 望まぬ状況を怒らず、即座に自分の利に変える発想。同時にミロに対する寛大な器を見せている……。

 それどころか、ココとミロの心境を見抜いて同席に誘いつつ、あくまでも侍女の視点からみた感想が欲しいという建前もつけてある。これなら、二人も罪悪感なく試食ができるもの。完璧だわ)


(ミロを叱るどころか、この状況を新しい料理の為に利用する方法を即座に考えつくとは……ミロから聞いていましたが、本当に頭の回転の速い方ですね。

 しかも、私の心境まで見抜いたのか、理由を付けてしっかりと同席させてくださるなんて……)


(ああ……ショコラ、ありがとー……ッ!

 自分の阿呆なやらかしで、ママに怒られるわ甘味の試食は出来無そうだわでメゲそうだったけど、ちゃんと試食できる方法を考えてくれたのねッ、大好き……ッ!!

 これなら、今日の業務後のママからのお説教も耐えられそうッ!)


 三者三様に感動したあと、マスカフォネがコホンと小さく咳払いをする。

 それを耳にし、ココアーナとミローナは気を改めて背を伸ばす。


「ありがとう存じます、ショコラお嬢様。

 お言葉に甘え、私とミローナは、準備を終え次第、席につかせて頂きます」

「では、私は奥様とお嬢様が席についたコトをシュガールに伝え、料理をお持ち致します」

「お待ちなさい、ミローナ。

 その報告は私が参ります。

 今後のお茶会のお茶請けにするというのであれば、運びやすさなども見ておきたいので。お嬢様もそれをお望みのようですから」

「かしこまりました。では、こちらはお任せください」


 そうして、サロンを出ていったココアーナ。


 ややして戻ってくると、なぜか父フォガードも一緒だった。


 横にいるココアーナとソルティスがどこか頭を抱えた様子だったので、何となく何があったかは予想がついた。


「申し訳ございません、奥様。

 旦那様も同席されたいそうです」

「そうねぇ……ショコラ?」

「わたしは構わないわ。

 でもミロやココと同様にソルトからも感想を聞きたいから、一緒に席について欲しいの。それでよければ、お父様も同席していいわよ」

「――だそうよ。あなた?」

「うむ。問題ないぞ」


 そうして席に付くフォガードを見ながら、ショークリアはふと思った。


(……アニキも呼ぶか。ここまで増えたら構わねぇだろ。

 むしろ、仲間外れはかわいそうだ……)


 小さく息を吐いてから、ショークリアはマスカアフォネに視線を向けた。


「お母様」

「なに、ショコラ?」

「お兄様も呼びましょう? みんな揃っちゃったから、みんなで一緒に食べたいな」


 ショークリアの言葉にマスカフォネはうなずいて、ココアーナへと視線を向けた。


「ココ。呼んで来てもらってもいいかしら?」

「かしこまりました」


 改めて部屋を出ていくココアーナを見ながら、頭をガリガリと掻きたくなるのをグッと堪える。


 なにやらただの試食会が大事になってしまった気もするが――


(ま、家族が仲良くやんのは悪ぃコトじゃねぇもんな。

 大事になったら大事になったで、楽しみゃいいのかもな)


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