第2話 創造神と五彩神



   本当に本当に、偶然だった――




 赤き神は、衝動的に直感的に無作為に、何かやらかすクセがある。


 楽しいことが好きで、いたずら好きな赤き神はその日、好奇心から世界と世界を隔てる壁に……日本人的に言えば、障子紙にズブリと指を刺してしまう程度のことをした。


 ただそれだけのこと――といえばその通りだ。だが、ただそれだけのことが大事となったというべきかもしれない。


 その瞬間に、この世界『スカーバ』と、『地球』という世界がわずかな間、繋がったのだ。赤き神の意味なき戯れで。


 その穴は地球の日本という島国のとある街に一瞬だけ空いた。


 穴の空いた僅かな時間、今まさに地球において死を迎え、浮かび上がったばかりの魂が、そこへと吸い込まれてきて、スカーバの神界へと迷い込んできてしまったのである。


 赤き神は衝動的だ。感情的でもある。

 故に、その魂を白き神に見せたあと――脱兎の如く逃げ出した。

 赤き神は説教が苦手なのだ。叱られることを嫌うのだ。


 白き神は途方に暮れた。赤き神が本気で逃げ続ける場合、千年程度では捕まえられない。ならばこの魂をどうするかを自分が判断せねばなるまい。


 すぐに魂を地球へ返そうとしたのだが、すでに穴は塞がっている。

 次元の修復力というのは神をも容易に凌駕するのは知っているが、今回はそれが裏目にでているようだった。


 白き神は高潔であり、生真面目であり、融通の利かない神だ。

 だが慈悲はある。純粋でもあるし、ことと次第によっては自己犠牲も辞さない。


 故にすぐに最上位の神、創造神である父へと相談に向かう。

 すると、偉大なる父はこう言った。


『人間は、運命とは我々神が作った道のようなものだと信じている。だが、事実は違う。神もまた運命に翻弄される身だ。故に運命などと言うものは存在しないとも言える。

 だが運命などというものが実在するのであれば、この魂が我らがスカーバに迷い込んだコトを運命と呼べるのではないだろうか。

 で、あるならば――その重なり合う偶然に、迷い込みし魂の道行きを任せるのも一興であろう。

 赤以外の者に相談し、その道行きを見守ってやるが良い』


 そう言って、偉大なる父はささやかな祝福を魂に与えた。

 白き神は一礼をして、ほかの神の元へと向かう。


 実はここ最近、スカーバでは大きな出来事が少なく飽きてきていた偉大なる父が、これ幸いにと思いついたことそれっぽく口にしただけなのだが、白き神には預かり知らぬことである。


 その魂が、スカーバという世界のカンフル剤になったら楽しいのにな――などということを偉大なる父が考えていたなどとは、白き神は気づかない。


 そうして白き神は、仲の良き者――青き神とすいき神の二人、そして犬猿の仲である黒き神に声を掛け、事情を話した。


 それに対して、一番の嫌悪感を見せたのは黒き神だ。

 黒が司るものに死が含まれる。

 赤のくだらないイタズラで、別の世界の死の在り方を冒涜したことが許せないのであろう。


『まったく、赤の大馬鹿めが』


 もともと陰鬱な顔を、殊更に陰鬱に歪めて、黒き神がうめく。


『白。我らが父は、この魂が巡り会う偶然に任せよと言ったのだな?』

『ああ。だが、我にはどうして良いのかがわからぬ。偉大なる父は、皆と相談せよとのコトだったのだが』


 白き神と黒き神の仲は悪いとはいえ、こういう事態で牙を剥き合うほど愚かではない。


『……お前が判断を出来ぬのならば、少し俺に任せてはくれぬか? 運命と偶然の巡り合わせが起きた場合、多少の禁忌には目をつぶれ』


 黒き神の言葉に、白き神は逡巡する。

 本来――規律と法を司る白き神は反対をする言葉ではある。

 だが、偉大なる父が偶然の巡り合わせに任せよと言ったのだ。


『良いだろう。この件に関しては、目を瞑る』

『お前の司る規律や法に目を瞑らせる苦痛、詫びておこう』


 真摯な態度で黒き神は白き神にそう告げて、すいき神に向き直った。


みどり。お前の力で、今まさに生まれようとしている人の仔を探して欲しい。その中から、死産しそうな者を俺が探る』

『構わないけど――死産の運命を変えるのかい?』

『そうだ。今この瞬間に、この魂に適合する肉体が死産するのであれば、それは偶然の巡り合わせだ。違うか?』

『そうさね……偶然と運命の巡り合わせ――いいよ。やってあげるよ』

『自然と生命を司るお前にも苦痛を与えるな。すまん』

『気にする必要はないよ、黒。生まれるべき命が、生まれてまもなく消える儚さは、命を司る者としても少し悲しいものだからさ』


 そう笑ってみせるすいき神に、黒き神は礼を告げ、続いて青き神へと向き直った。


『青』

『ふふ。声を掛けてくれるのを待ってたわ。私は何をすればいいのかしら?』

『この魂が異世界から来たという偶然を生かしたい』

『魂への記憶の定着――つまり、生前のこの魂の記憶を残せばいいのかしら?』

『そうだ。知識や書物、蒐集を司っているお前であれば可能だろう?』

『できるけど、完全ではないわ。もちろん完全に全てが定着するコトもあるけれど、一部の記憶や知識だけってコトもありえるわ』

『結果が安定しないコトは問題ではないな』

『それに――この魂に定着させてしまうと、数世代の間は一定の知識が定着したままになってしまう可能性があるわ』

『どちらもまた偶然の巡り合わせだろう? それに、今回は人間への転生だが、次の人生が知性の高い生き物とは限らぬ。草木であれば魂に刻まれた知識に何の意味もない。そうであれば、それもまた偶然と運命の巡り合わせだ』

『なるほど、面白そうね。この魂は、どんな知識や書を遺して生きるのかしら?』


 あれよあれよと進んでいく光景に、白き神は何とも不思議なものを感じていた。

 本来であれば、たかだか人間の魂ひとつごときに、五彩神ゴズ・ホイールがここまで協力しあうことはないだろう。


 赤き神のイタズラでこの世界に迷い込み、

 白き神が魂の扱い方を創造神に訊ね、

 創造神の言われるがまま、ほかの神に相談し、

 黒き神が指揮をとり、

 翠き神と青き神が協力する。


(これが運命と偶然の巡り合わせだとしたら――この魂は、人間界に生を受けた時、どのような人生を歩むのか……)


 そう考えていると、ささやかな祝福を与えた偉大なる父のことを思い出した。


『準備ができたようだな』

『待ってほしい』


 黒き神が魂を送り出そうとするのを、白き神が止める。


『どうした?』

『なんてコトはない。らしくないとは分かっているが、珍しく気まぐれを起こしたい気分でな』


 告げて、白き神は、本当にささやかな祝福を投げる。


『その道行きが、高潔なる道であるように』

『白が気まぐれとは珍しいじゃないか』


 そうすいき神が笑い、自身もささやかなる祝福を投げた。


『その道行きに、意味ある生命が満ち溢れんコトを』

『では、私も送りましょう』


 青き神も、ささやかな祝福を投げる。


『その道行きに、意義ある知恵と集積がありますように』

『では、俺も送るとするか』


 続けて、黒き神も祝福を投げた。


『その道行きの終着が、良き死であらんコトを』


 そして――その光景を影からこっそり見守っていた赤き神も、仲間にならって、小さく祝福を投げる。


『その道行きに、楽しき感情と友愛よあれ』


 どこからともなく飛んできた赤の祝福を見、黒き神は白き神に目配せをした。

 その視線の意味を理解した白き神は、その背に純白の翼を作り出し、ふわりと浮かびあがる。


『異世界の魂よ。すまぬがお前を呼び寄せた馬鹿を捕まえる為、一足先に離席させて頂く。この世界で清く楽しく過ごして貰えれば幸いだ。ではな』


 そうして飛び去る白き神を見ながら、すいき神は苦笑した。


『普段、顔合わせれば喧嘩ばかりなのに、意外と息は合うから不思議だね。アンタらは』

『俺から喧嘩を売ったコトはないんだが……』

『あなたの態度がしゃくに触るのだとは思うわ。白は真面目で融通もあまり利かないから』

『ふつうに接しているつもりなのだが……』

『普段は皮肉や含みが多すぎるのよあなたは。あと、揚げ足取りとか、やる気のない態度とか』

『そんなつもりはないのだが』


 そういうものか――と、黒き神は肩を竦めて、魂を両手で優しく手に取った。


『改めて、準備は整った。これよりお前を転生させる』


 三神の前に古びた井戸のようなものが現れる。

 その井戸の上で、黒き神はゆっくりと両手を傾けた。


『異世界からの魂よ。これより新たなる人生の始まりだ』


 黒き神の手からこぼれた魂が、ゆっくりと井戸の中へと落ちていく。


 その魂に、黒、翠、青だけでなく、

 白、赤――そして創造神も、同じ言葉を魂へと贈る。




 ―――地球の仔よ、我らが世界にて、良き来世を―――



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