ヒーローに巻き込まれて平凡な日常が少しだけ賑やかになるお話

渡月 星生

本編

第1話 突然

 アパートに帰って電気をつけたら部屋の中に見知らぬ男が正座で座っていた。

 お前は何を言っているんだと思うだろう。自分でもそう思う。だけど何度見ても見間違いでもなんでもなくやっぱりそこにいたのだ。



 平凡な人生を送ってきたと思う。

 受験は苦労したけれど落ちたことはなかったし、長続きしたことはなかったけれど恋人がいたこともある。

 大学も四年で卒業できたし新卒で就職もできた。

 有名企業ではなければホワイト企業ではないけれどブラック企業というわけでもない。

 取り立てる程のものもない、どこにでもいそうな人間でしかないはずだった。


 今日のこの瞬間までは。



 朝はちゃんと鍵をかけて家を出た。それは間違いがない。何故ならさっきちゃんと鍵を開けて中に入ったのだから。

 窓なんて入居して以来開けたことがなかったし、今見える限りでもやっぱり鍵はかかっているように見える。

 つまりこの部屋は密室だったはずなのだ。ならこの見知らぬ男は一体どこから、どうやって?


「初めましてだな。お邪魔しているぞ!」


 男はこちらを見ると屈託なく笑った。無駄に常識的だ。いやこの状況がすでに常識から外れているんだけど。


「……。誰」


 言いたいことは山ほどあった。だけどうまく言葉にならなくて、なんとか絞り出せたのはただの一言だけだった。


「俺か?俺はレッドだ!」


 レッド。

 赤。

 ……いやいやいや。どう見ても黒髪だし黒目だし日本人だろうお前。


「いや、そうじゃなくて……」


「ああ、窓か!窓なら大丈夫だぞ、ぶち破って入っちゃったけど変身中に壊しちゃったものは自動で修復?できるからほら!新品同然!」


「は?」


 へんしんちゅう?

 へんしん?

 返信……のわけがない。変身? どう見ても普通の人間に見えるのに??

 いや頭が普通じゃない可能性はあるのか、と思い直す。いきなり窓とか言い出したし。窓なんてここに入居してからこのかた一度でも触ったことがあったかどうかレベルで動かしていない──

 ……なんだかいつもより外がよく見えるような気がする。いや多分気がするだけだ。多分!


「俺が出ていくと玄関の鍵を閉められなかったからな、悪いけどいさせてもらったんだ」


 男の口調は淀みない。態度も至って普通に見える。ただ言ってることだけがおかしい。これはやはり通報案件だろうか。

 ……睡眠時間が削られるな。もうちょっと穏便に解決しても良いか、いやでも次があったら困るし……。

 男はそんな自分をじっと見つめていたが、ああ、となにやら合点がいったように手を叩いてから両手をついた。


「俺がいてびっくりしたよな。本当に悪かった!」


 そう言って深々と頭を下げる。いやまともか!!まともじゃないくせに!!!


「いやそうじゃなくて!へんしんちゅうってなんの冗談だ!」


「冗談じゃないぞ!俺はヒーローだからな!!」


 ……。

 …………。

 ヒーローだとかそんな妄想は小学生、せめて中学生で卒業しておくべきものだし、目の前の男はどう頑張っても高校生がギリギリといったところだ。つまりは。

 屈託のない男の笑顔を見つめて理解する。睡眠時間は尊い犠牲になるべきなのだと。


 スマホはポケットに入っている。取り敢えず刺激させないように外に出ようとしたところで男が立ち上がった。こちらの考えに気がついたのだろうか。そのままの体勢で様子を伺っていると、不意に男がこちらに手招きをした。明らかに怪しい。だけど断って変な刺激を与えるのも得策ではない気がする。暫く悩んで、悩んで緊急通報の用意だけしてから手招きに応じることにした。

 部屋は狭い。だから三歩も歩かずに近くまでいってしまう。

 男が「見て」と前を指差した。それは入居してから一度も開けていない件の窓だ。遠くに僅かに見える水平線がいつもよりはっきりと見える気がする。


「?!」


 手首に違和感を感じて男を振り返る。いつの間にか、というか窓を見たタイミングでなんだろう、男がはめていたブレスレットがこちらの手首にかけられていた。

 何をするんだ!と叫びかけて男が再び窓を指差したことと外が急に明るくなったことに気がついて、そちらを振り返る。

 ───見えた。窓外遠くの方海の辺りに大きく高く立ち上っている青い火柱。あんなに目立つものがどうして今の今まで見えていなかった? ブレスレットをかけられたから??


「ブルーとイエローがちゃんと倒してくれてたみたいだな。何よりだ!」


 そんな設定をまだ、とは言えなくなってしまっている自分がいた。

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