第13話 宙を舞う神の鳥


「――は? どう、して……?」



 いったい何が起こったのか。なぜそこに居るのか?

 すでに理解が限界に近かったセタグリスの脳は、処理能力を超えてフリーズしていた。


「イグリット……?」

「はい、私ですよ御主人様。起きるのが遅くなってしまい、申し訳ありませんでした」


 いや、たしかに最初からそこにイグリットは居た。だが彼女はリージュに殺されたはずだ。


 いったいどんなトリックを使ったんだ……!?


 目の前には間違いなく、イグリットが生きたまま平然と立っている。



「羽が……」


 良く見れば、生前と比べて変化している部分がある。


 彼女の背中からは白く大きな翼が生えているのだ。更には全身からぼんやりと光を放ちながら、セタグリスに優しく微笑みかけていた。


「やはり、驚いちゃいますよね……」

「お前は……何者なんだ……?」

「私は……そうですね。遠い過去に在った、天使といったところでしょうか。そして御主人様と同じく、この星の意思によって生まれた存在です。ただし、私と違って御主人様は世界を終わらせ、新しく生まれ変わらせるための破壊の化身ですが」


 天使、と言ったイグリットは少し悲しそうな表情でそう告げた。

 本当はこんな形で説明をしたくなかったのかもしれない。少なくとも、彼女が彼を愛しているというのは間違いなかったのだから。


「私は貴方が世界を終焉へと導く救世主として覚醒した時、それを鎮める巫女として生まれました。貴方はコアを生み出すための、ただの量産品ではありません。星の意思が選んだ、神となるべき特別な人間なのです。……その額にあるつのが何よりの証なのですよ」


 セタグリスの額にある角。

 それがある理由を、目の前の天使は知っていた。


 驚愕の事実。

 あまりの衝撃で、セタグリスは二の句を継ぐことができない。


「そのままリージュちゃんにトドメを刺されていたら、貴方は全てを破壊する神となっていました。世界の神は人類を試したのです。このまま自分を利用し、欲に任せて同族を殺すのか。それとも仲間を救うために戦うのか、と。私にはその選択のお手伝いができるんです。ほら」


 イグリットはそう言ってツィツィに近寄る。


 彼女はもう、虫の息だ。目からは生きる意志が全く感じられない。

 少し憐みの目を向けながら、彼女はそっとツィツィに触れる。


「回復、している……?」

「はい。凄いでしょう? 生きていさえすれば、こうやって元に戻せますよ」


 そう時間も掛からず、リージュによって切り裂かれていたツィツィの腹部が、あっという間に回復した。


 もちろん、この光景を見て目を丸くしていたのは、セタグリスだけではない。

 しばらく固まっていたゼラーファは目を見開き、信じられないと狼狽えていた。


「さぁ、御主人様。貴方は人類を代表とし、何を選択しますか? このまま大人しく殺され、ドームごと星を破壊するか。それとも愛する家族を救うために立ち上がるか」


「俺は……」


 問いかけられたセタグリスは目を泳がせる。

 大事な家族はもう、殆ど居なくなってしまった。自分の存在していた意義はグラグラと揺らいでしまっている。


 俺の大事なモノって何だ……?

 さまざまな思い出が、フラッシュバックする。


 ツィツィの優しい微笑みが。

 リージュの手の温もりが。

 レモラや、雛鳥たちの声が。


 自分を慕ってくれた彼らはもう、心の中にしか居ない。



 だが、それでも――



「俺は……家族を守りたい……!」



 振り絞った声が、コアルームに木霊した。



「分かりました。……頑張ってくださいね」


 愛する人の決意の叫びを聞いたイグリットはニコリと微笑み、そして頷いた。


 セタグリス近付き、頬に両手を添えて口付けをする。同時に、背中の翼で彼の身体を包み込んだ。


 すると、セタグリスの失われていたはずの四肢が、みるみるうちに再生していった。



「なんだ、その能力は……何なんだ貴様らはっ!! 儂を……儂は人類の管理者なんだぞっ!!」


 

 ようやく我を取り戻したゼラーファが、狼狽えた声を出した。


 自分の理解の及ばないこの状況が、真の人類を自負する彼には耐え難いのだろう。

 先ほどまでの知的な言動も、全て台無しだ。今ではただの、癇癪を起こした老人でしかない。



 そんなことをしている間にも、セタグリスは完全に自身を取り戻した。

 彼はイグリットに支えられながら、ゆっくりと立ち上がる。


 彼の額にあった小さな角は今では大きく反り上がり、赤黒い立派な双角となっている。


 何よりも、全身を纏っている生命力が違う。力が紅い光として可視化され、ゆらゆらと揺らめく炎のようだ。


「ゼラーファ。お前は絶対に許さない……」


 全ての元凶である老人に、一歩ずつ近付いていくセタグリス。


「や、やめ……」


 圧倒的な力を感じ取ったゼラーファは、思わず後ずさっていく。

 このままでは間違いなく、彼に嬲り殺されてしまうだろう。


「クッククク!! やめておけ! それ以上近付いたら、コアを破壊するぞ! これがなきゃ、貴様らはドームで生活できないだろう? 地下の人間も死ねば、貴様はただの人類の敵だ!」


 それは完全なる偶然だった。

 彼が逃げた先には、コアとそれを保護する機械があった。追い詰められた彼は、それを人質にとったのである。


 だがそれは、彼には通用しなかった。


「燃えろ」


 それは一瞬の出来事だった。

 全ては、たった一撃で片が付いてしまった。


 セタグリスは既に、己の力の本当の使い方を理解していた。

 生えたばかりの右腕を突き出し、その先から燃え盛る獄炎をゼラーファに目掛けて放射する。



「――ぎゃあああっ!!」


 セタグリスによる復讐の炎はコアごと彼を燃やし、溶かしていく。


「ひぁ……やめ……て」


 人が、ガラスが、金属がドロドロに変わる。まさに地獄のような有り様だが、彼はその手を止めなかった。

 絶叫と共に、異常を知らせるエラー音がコアルームに鳴り響く。


 そして――全てが沈黙した。


「……っ」


 命令する人間が消滅したせいか、立ったまま待機させられていたリージュが崩れ落ちた。セタグリスは彼女が床に落ちる前に、咄嗟に抱きかかえる。


「お疲れさまでした。……これから御主人様は、どうなさるのです?」


 イグリットは仕事を終えたばかりの彼を、労わるようにしながら問いかけた。

 セタグリスは少しの間、目を閉じて考える。


「この世界を、もう一度終わらせてくる」


 破壊し尽くされたコアルーム。

 そして眠るツィツィとリージュを見て、彼はそう告げた。


「……そうですか。無事のお帰りをお待ちしております」


 丁寧にお辞儀をするイグリットにリージュを預け、


「行ってくる」


彼はそう答えた。




 最後にもう一度あたりを見渡し、目を閉じる。大きく息を吸って、自分の本来の姿を念じ始めた。


「さようなら、みんな」


 別れの言葉と同時に、彼の身体が炎に包まれた。そして大きな鳥の姿になると、翼を広げ、羽ばたき始める。


 そのまま浮かび上がると、大きな赤い不死鳥となった彼はドームの天井を突き破り、天へと飛んで行ってしまった。


「いってらっしゃいませ、御主人様……」



 彼は空で巨大化し続け、さらに高く、遥か遠くへ。


 不死鳥は、一定の高度へ達した。

 もはや目も開けていられぬほどの熱さだ。


 彼はその姿で、今度はゆっくりと星を巡り始める。


 その熱は、地上にも達するほどであった。



 そうして数年が経った。

 雪は彼の熱で解け、緑が広がる世界へと生まれ変わった。


 地下の人間もまるで冬眠から目覚めるかのように、再び地上へと帰っていった。



 そう、彼は第二の太陽となったのだ。

 新しく生まれ変わったこの星を、自分が愛したあの家族を。


 生きる太陽として、彼はいつまでも見守り続けている。





――――――――――――

ここまで御覧くださり、ありがとうございました。

この後のエピローグをもちまして、この作品は完結となります。

最後までお付き合いくださると嬉しいです。

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