第11話 真の管理者と羽の捥がれた雛

 セタグリスはスノゥドームの管理室を矢のように飛び出した。


 向かう先は、イグリットとリージュが居るコアルーム。いや、正確に言えばすでにイグリットは死んでいるだろう。なにせリージュの手によって頭と胴が泣き別れしてしまったのだから。


「どうしてなんだ? いつから俺を騙して……」


 常に自身のそばに居続けてきた、盲目の女の子。弟たちにも優しく、兄には甘えていたあの可愛い妹。助けてやらねば何もできない、自分が護らなくてはならない人間なのだと思っていた。それなのに……。


 彼女の行動に酷く動揺し、眩暈めまいで足元がぐらつく。

 どうすればあんな躊躇ためらいもなく、人間を殺せるのか。どんな理由があってイグリットを殺さなければならなかったのか。彼は一刻も早く、本人に問いたださなければならない。



 セタグリスは疾走する。管理区から動力区へ続く廊下を、残りの力を振り絞ってひた走る。何年も歩き慣れた道が、今はこんなにも長く感じる。


 この数日の疲労で、足が思うように動かない。あんなに回復力だけは自信があったのに、なんてザマだ。


 それでもようやく、あの赤い光が見えた。ゼェゼェと荒い息を吐きながら、彼女らの居るコアルームへと飛び込んだ。



「リージュ……」


 ――嘘ならば良かったのに。

 目の前の事実に、セタグリスは絶望する。


 やはり、あのモニターで見た映像そのままの光景が広がっていたのである。


 コアの入ったガラスの前で、無残な姿になったイグリット。その近くには、ギラリと光る鈍色にびいろの斧を持ったリージュがたたずんでいた。


 彼女は兄と慕っていたはずのセタグリスを見ても、一切の反応を示さない。

 それどころか、うつろな目でぼんやりとしている。まるで魂の抜けてしまった人形のようだ。



 セタグリスはそんな彼女に駆け寄り、肩を掴んで揺らす。


「どうして……お前だったのか? リージュ、お前が家族を殺したのか……!?」


 セタグリスが監視していたイグリットには、完璧なアリバイがあった。だがリージュは違う。


 正確に言えばペアという監視が居た。しかし彼女は目が見えないという特性もあり、犯行は不可能だと誰もが信じていた。


 それが根本からくつがえされた場合、最も犯人として可能性が高くなるのは彼女だった。



 そうなるとイグリットは今回の被害者だ。最初こそこの事件の発端だと思い込み、憎しみさえ抱いていた。


 そんな彼女も、今では物言わぬむくろになってしまった。セタグリスもあんな暴言を吐いたことに、今更になって罪悪感が湧いていた。



「何とか言えよリージュ!!」


 様々な感情が交差し、行き場の無くなった言葉が小さな妹の身体へとぶつけられる。


 ……本当は信じたかった。

 セタグリスはただ一言、彼女に「違う」と否定して欲しかった。


 それでもリージュの紅い瞳はセタグリスを映さず、小さな口は開かない。


 そんな無言を貫く彼女の代わりに答えたのは、背後から近寄ってきていた人物だった。



「おい。儂の大事な人形を、そんな手荒く扱わないでくれ」

「……誰だ!?」


 リージュを抱いたまま、振り返るセタグリス。コアルームの入り口に立っていたのは、見知らぬ男。黒コートを纏った、白髭の老人だった。



「貴様に名乗る規則は無い。……が、まぁ名前ぐらいは良いだろう。儂の名はゼラーファ。このスノゥドームの真の管理者だ」

「真の管理者、だって!?」


 しゃがれた声でゼラーファと名乗った老人。いきなり現れたかと思えば、突飛なことを告げた。


 セタグリスはその意味が理解できず、唖然とする。その様子を見てふん、と鼻を鳴らした。皺だらけの老人は、どうやら気難しい性格のようだ。



「貴様らがまともに役目をこなさぬから、こうして儂が起こされたのだ。まったく、仮の管理者はどこで何をしているのだ?」


 ――役目? 起こされた?

 セタグリスの頭に更なる疑問が浮かぶ。


「それはどういう……」

「あぁ、いい。貴様に聞いたわけではない。今は説明するつもりもないのでな。兎に角、仮の管理者の居場所を教えろ。アイツは太陽神の塔に居るのか?」


 こちらが子どもとはいえ、なんて傲慢な言い方だ。初対面である人間に命令されたセタグリスは当然反抗する。


――こんな奴と大事なツィツィを会わせたくない。なんだか嫌な予感がする。



「……どうしてお前に教えなきゃいけない」

「あぁ!? ――チッ、使えん餓鬼め。さっさとコイツも処分するか? どうせ新たな養分をストックから補充せねばならんしな。おい、人形。ぼさっとしていないで、早くこの男を殺せ」

「なにを……!?」


 ゼラーファが人形、と呼んだ途端。少女リージュの目に光がスゥと灯った。


 自身があれほど呼びかけても、反応すらしなかったはずの妹が。抱き寄せていた腕の中で、見上げたリージュと自分の顔が合った。



「リージュ……?」

「セタ……ゴメンなさい」


 右手の斧が床で引きられ、ガリッと音を立てる。今まで彼女から感じたことも無い殺気が、至近距離で放たれた。


 さすがに恐怖を感じだセタグリスは、咄嗟とっさに触れていた手を放し、後ずさって距離を取った。



「――ッ!?」


 だがそれも一瞬で、再び彼女に詰め寄られてしまう。


「や、やめっ」

「……」


 斧が重かったことが幸いし、最初の一撃は回避することができた。だが追撃の手は止まない。


 いったい彼女の細腕のどこにそんな力があるのだろうか。大振りながらも、嵐のような連撃がセタグリスを襲う。まるで死神が持つ鎌のように、一振りで命を刈り取る鋭い刃。



 セタグリスは混乱と恐怖で足が震える。

 これがただのダンスだったのなら、どれだけ華麗で優雅だろうか。自身を独楽コマの軸のように使いながら、紅眼の少女が美しく舞う。



 対するセタグリスも必死で逃げ回るが、彼は攻撃を防ぐ手立てがない。やがて、少しずつ追い詰められていく。


 ここまでやってくるのに疲労困憊していたのが祟ったのだろう。右手を落とされ、足を斬られ――ゴロゴロと床に転がった。



「うぎっ!? た、助け……」

「手こずらせやがって。さっさと殺して管理者の所へ行くぞ。……やれ」

「……はい」



 もはや彼女の心中には、大好きな兄は残ってなどいないのだろう。


 芋虫のようにのたうち回る兄を、無感情の眼で見下ろし――斧を振り上げた。

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