全ては自分のために

シヨゥ

第1話

「どうやったら楽に仕事ができるんでしょうか?」

 指導している後輩とのミーティングの最後にそんな相談を受けた。

「いや! その! サボりたいとかそういうわけじゃなく」

「分かってる分かってる。お前がそういう奴じゃないってのはよく分かっている」

「理解してくれてうれしいです」

「っで、なんでそう思った?」

「ちょっと疲れちゃって。自分の仕事に専念したいんですけど、あちこちから声がかかって。新人ですから断るわけにもいかず。あっちへふらふら、こっちへふらふら。もうふらふらです」

 たしかに顔色はさえない。青いとまでは言わないが、血色は良くない。

「そうだな。まずいい顔をしないことだな」

「いい顔をしないですか?」

「キャパオーバーの場合はそれを伝えること。自分の仕事で手一杯とあえて伝えるんだ。そうしたら相手も別の奴を頼るか、仕方がなしに自分でやるかを選ぶだろう」

「そしたら新人のくせにとか思われるんじゃ」

「思わせとけばいい」

「えっ?」

「自分の仕事を自分でこなせない馬鹿にどう思われようが構わないと思え」

「それはちょっと性格的に無理かなと」

「それじゃあ社外に自分の所属するもう一つのコミュニティを作れ」

「社外にですか?」

「そうだ。そのコミュニティに参加するためには会社にいる時間は最小限にしなければならないだろ。そしたら理由が生まれて断りやすくなる」

「たしかに」

「別に会社での評価が悪くなったところで命がとられるわけじゃない。見て見ぬふりするのも自分のため。もっと気楽に励めばいいんだよ」

「分かりました。先輩と話せて少し気が楽になりました。ありがとうございます」

「これが先輩の仕事だからな。ただ気楽に仕事をするのは良いが、営業目標だけは守ってくれよ。俺が上から怒られちまう」

「見て見ぬふりのするのも自分のため、でしたよね?」

 少し明るくなった顔でそんなことを言う。自分の言ったことだけに何も言い返せずにいると、

「冗談ですって。努力します。もうちょっと働いてみたいと思えましたから」

 なんて言ってくる。

「先輩で遊ぶんじゃない」

「ごめんなさい」

 小突いてやると謝りながらも笑う。入社当初の明るさを取り戻せたようだ。

「そんじゃ外回り行ってこようか」

「はい。学ばせてもらいます」

 この後輩とのコンビはもうしばらく続けられそうな気がする。そんなミーティングだった。

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全ては自分のために シヨゥ @Shiyoxu

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