かくれんぼ

第1話 友達

「始まり」

まだ少し肌寒さが残っている。

夕方になると、空気がまた冷たく冷え込む。

僕(山本京一郎)。小学5年生だ。

年齢にすると11才になる。

専業主婦である母の宏美(ひろみ)と、会社員の父の光太(こうた)の間に生まれ、これまで何不自由のない生活をしてきた。

両親共に健在である。

僕は毎日のように小言を聞かされ、毎日のように怒られてもいる。だけど、そんな環境であっても、僕は不幸だとは思った事がない。

なぜならば、父や母の愛情をちゃんと感じているからだ。

夕食の時間になって、お父さんとお母さんと三人でご飯を食べながら、僕は聞いた。

「ねぇ、お母さん。あのね、明日僕の友達がここに遊びに来たいって言うんだけど、呼んでもいいかなぁ??」

「何人ぐらい??」

「うーん、三人くらいだと思うよ??」

お母さんは優しくニッコリと笑って、僕の頭を撫でて言った。

「いいわよ!!楽しく遊びなさい」

「はーい」

急いで僕は明日来たいと言っている友達に連絡をした。

「明日学校が終わったら、僕の家で遊ぼう」

「うん。分かった」

明日、僕の家に初めて友達が訪れる。

家に友達がくるってどんな感じだろう？

楽しくなりそうだ。

そんなことを考えては、ワクワクしている。

※

朝日が差し込んでくる。

僅か四畳半の僕の部屋にはカーテンがない。だから、暗くなったら寝て、朝日が差し込んできたら起きる。

それが僕の昔からの日課になっていた。

今日はこの部屋に、普段は僕しか入らないこの部屋に友達がくる。

これまでに僕は、こんなにもわくわくする朝を迎えた事があっただろうか？

用意された朝食はスクランブルエッグに納豆と味噌汁だ。

バランスとかはよくわからない。

いつもより早くそれを流し込むように食べて、僕はダッシュで学校に向かった。

「いってきまーす！お母さん、今日は友達がくるからよろしくね！」

「はいはい、わかってるわよ！気をつけるのよ！」

お母さんは笑って手を振る。

いつもと同じ朝がそこにあった。

ここから、僕の初体験！！

つまり、友達が――その事にドキドキワクワクしている。

「こんにちは。京一郎くんいますか？」

聞き慣れた声。僕が約束していた友達だ。

僕が家に呼んだのは、笹原裕太(ささはらゆうた)と、中島誠(なかじままこと)と、栗原圭(くりはらけい)の三人だ。

インターフォン越しに聞こえる声。

急いで階段を降りる。

そんなに長くもない階段の途中で、足を踏み外して僕は盛大に転げ落ちた。

その音は玄関の向こうの友達にも聞こえているのかも知れない。

何事もなかったかのように、僕は玄関のドアを開ける。

ーー痛い。痛い。絶対、これ足首挫いた。

「いらっしゃい！！三人ともよく来たね」

あえて、何もなかったように僕はそう言った。

「今すごい音がしたけど、何かあったの？」

そう言ったのはクラスメートで、僕が僕らしくいられる場所をいつも作ってくれる笹原裕太(ささはらゆうた)だ。

裕太はとても人気者だ。

クラスの中でも、あっちから誘われ、こっちから誘われ――忙しそうだ。　

裕太が一人で過ごす時間を僕は知らない。

それくらい裕太はいつも誰かと一緒に遊んでいる。僕にはそれがとてもうらやましかった。

そんな僕の気持ちはともかくーー。

「じゃ遊ぼうよ！何して遊ぶ？」

僕は聞いた。

「かくれんぼなんてどう？」

そう切り出したのは、人気者の裕太だ。

「いいね！いいね。かくれんぼやろう。ただし、この家の中でしか隠れちゃダメだよ？」

僕はそう言った。

今日は僕にとって最高の日――初めて友達が家に来てくれた記念日なのだから、その記念日を大変な日にしたくなかった。

だが、僕の記念日は僕の手によって汚される事など、この時の僕はまだ知らなかった。

そうして隠れんぼが始まり、三時間ほどの時間が流れた頃――。

※

警察介入

俺は笹原裕太。

今日は友達の京一郎の家に、初めて遊びに来た。京一郎と誠、それと圭。

俺を含む四人で、かくれんぼをして遊んでいた。だが、京一郎が見つからない。

「ーー京一郎、もう降参するよ。出てきてくれー！」

俺は両手を挙げ、降参のポーズをとったが、今にも泣き出しそうな顔をしているだろう。

「ーーなぁ、裕太くん、これだけ呼びかけても出て来ないって、少しやばい気がするんだけど、、どう思う？」

俺に圭が言った。

かくれんぼをしていると、おばさんが階段を上がってきた。

俺たちにジュースとお菓子を持ってきてくれたのだ。

「おばさん、、大変だよ！大変！」

おそらく血相を変えているだろう俺は、今にもおばさんに掴みかかりそうな勢いで、おばさんに駆け寄る。

「裕太くん、どうしたの？そんなに慌てて――？」

俺の必死な様子を見て、おばさんも一体何が起きたのか？ーーおばさんは俺の目の前で、俺に目線を合わせてから言った。

「落ち着いて！ーー裕太君、どうしたの？一体、何があったの？」

「――京一郎がいないんだ！」

「いないって、、一体どういうことなの？」

「今まで俺たちはかくれんぼをして遊んでたの」

「うん。それで？？」

おばさんは俺の言葉を待った。

「俺が鬼だったんだけど、見つけられなくて降参したんだ。だから、出てきて！って呼びかけてるんだけど、出てきてくれなくて、それでずっとさがしてるのに、見つからないんだ」

見る見るうちに、おばさんの顔色が変わる。

「もう一度、みんなで探しましょう」

おばさんが言う。

そうして、四人で探し始めたが、更に一時間が経過しても京一郎はみつからなかった。

そんなに広い家じゃないのに――どこにいってしまったんだろう？

「――京一郎くん、京一郎くん」

おばさんを含む四人の声が悲しげに響いている。

だが、彼は出て来ないまま――。

ピーポーピーポーピーポー。

派手なサイレンを鳴らしながら、パトカーが到着した。

この頃は子供の行方不明が増えているのだろうか？おばさんの相談を受け、警察までが俺たちのかくれんぼに参加した。

俺がおばさんに伝えた情報だけを頼りにしながら、おばさんは警察官にこれまでの状況を伝える。

「もう少し、様子を見てみましょう」

それが詳細を聞いた後の警察官の判断だった。

しかし、数名の警察官と俺たち、そしておばさんで再度、京一郎を呼びながら、家の中を探す事になったが、それでも京一郎は出て来なかった。

※回想

いつもの通り、10を数えると大きな声で聞く。

「もういいかい？」

「もういいよ！」

かくれている三人がほぼ同時に答える。

それを聞いて俺は得意げに言う。

「よしっ！すぐに見つけてやるー！！」

そしてわずか数分のうちに、机の下に隠れていた誠と、トイレの中に隠れていた圭を見つけた。

――あと一人。

――あとは京一郎だけだ。

すぐに見つけられると思って、いろいろな場所を探していく。

しかし、彼は見つからない。

――落ち着いて。もう一度ちゃんと探そう！！

狭い部屋の人が隠れられる場所は、全部、探したはずだけど、見つからない。そのうち、見つけた誠と圭も、京一郎を探すのを手伝い始めた。　

既にかくれんぼを初めて３時間程度の時間が流れていた。

これはひょっとして、まずいことなんじゃ……？

俺は子供ながらに危険を感じ、おばさんに伝える事にした。

どうして京一郎がいなくなったのか？説明をしたすぐ後で、おばさんは警察に相談をする。

かくれんぼで３時間も見つからないなんて事は、この部屋ではあり得ない。

広い家ならともかくーー。

一緒に探してくれた後、警察官は言った。

「万が一の事があるといけないので、行方不明届けを提出して下さい！！」

警察官が出したその書類に、日付と名前を記入しようとしたその時だった。

トントントントン。

小さな足音が聞こえてくる。

ーーふわぁぁ。

「お母さん！どうしたの？」

何事もなかったかのように、生あくびをしながら、京一郎が階段を降りてきたのだ。

「京一郎、今まで一体どこにいってたの？」

お母さんが聞いた。

「僕ね……かくれんぼしてて、ベッドの下に隠れてたんだ。そうしたら眠くなっちゃって……寝ちゃってたんだ。それでお母さん、、この騒ぎはなに！？どうしたの？」

まるで他人事のように、京一郎が周りを見渡しながら言った。

「――どうしたのじゃないわよ！あんたがいないから、探してもらってたんじゃない？ーーこんなに大騒ぎになってるのよ。でも、無事で良かった」

お母さんが僕を抱きしめる。

その目は大粒の涙で溢れていた。

「みんな、心配かけてごめんね！」

僕は頭を下げて謝った。

「お巡りさんにも謝って！一緒に探してくれたんだから」

「お巡りさん、ごめんなさい」

お巡りさんは優しく笑って言った。

「とにかく、何もなくて良かった！次からは、お母さんに心配かけるんじゃないぞ？」

お巡りさんが僕の頭をふわっとなでて言った。

僕は少しだけ照れくさくて、無意識に小鼻をかいた。

終わり😄