第27話

 私は、口裂け女かどうだか分からない女の人の手を叩いて逃げた。同行のお姉さんもそれにならって、キンチョールを吹きつけてくれる。


 うぐっ。って、呻く女。やはり口裂け女か。コメリ一帯にキンチョールまいとくしかない? 


「先生、後ろの犬うう!」


 前方から走ってきた先生は長い箒で犬をバシバシ叩く。口裂け犬かどうかなんて見た目では全然分からないけど。


「ロエリくん。犬好きには悪いが、こいつらには死んでもらう!」


 物騒すぎ! 好きだけどさ。


 私はできるだけ犬が死ぬところを見ないように目を伏せた。先生を噛もうとする狂犬に変身してしまったんだもん、仕方がない。正当防衛だけど。犬はやっぱりかわいそう。きゃんって死ぬ間際の声が痛々しい。


「先生、箒なんて。キンチョールかゴキジェット取ってくればよかったじゃないですか」


「レジの場所で迷って」


 ちゃんと買うつもりだったのか。そういうところ、常識あったんだ。ん? じゃあ、今持ってるの?


「二階に行くぞ」


 先生に手を引かれたとき、私のすぐそばで悲鳴が上がる!


「きゃあああああああ」


 同行していたお姉さんがやられた! どこから湧いて来たのか男、女、少年の三人に噛みつかれている。か、家族連れ?


「口裂け一家だ!」


 一家そろって「口裂け」になるなんて。もう都市伝説もクソもないじゃない! そもそも口裂け女って、不審者目撃情報が憶測を生んで生まれたんだよね? スマホがない時代に。あと、塾に子供が通うようになった過渡期だったのかな。それで、子供たちが夜遅く塾帰りに水商売の大人とかを目撃して怖かったとかそんなだったような。もう、平日の夕方に普通にホームセンターで出現してしまったら怪異でもなんでもないじゃない!


「ぐっ、っあ、あなたは逃げて」


 そんなセリフ、映画でしか言わないものじゃないの? 死亡フラグ死亡フラグ!

 って、私が助ける方法はキンチョールぐらいしか……。先生がゴキジェットのトリガーをシュコシュコシュコーとガンマンのごとく引く。口裂け家族はむせるだけ。


「足止めにしかならないな。行くぞロエリくん!」


 口裂け一家に噛まれたお姉さんは、床に崩れた。あと少ししたらお姉さんも起き上がって来るのかな。口裂け女になって……。


 二階へ続くエスカレーターを駆け上がる。二階でも私達のほかに、大勢の人が逃げ惑っている。用品棚の間をすり抜けて走って行く。


「先生! 一階なら、スタッフ入口とか搬入口とかあったんじゃないですか?」


「もちろん逃げる時はそこからになるだろう。だが、僕の欲しい武器はここにある!」


 先生は園芸コーナーの床に購入予定の品々を買い物カートに入れて置いていた。


「レジが見つからなかったのって、本当なんだ」


「嘘をついてどうする」


 用意されていたのはゴキジェットだけではなかった。土のう袋、虫取り網、ガスコンロ、鍋。水のペットボトル、砂糖。


「先生、これって……」


「ああ、べっこう飴を作る!」


「今この状況でですか?」

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