第22話

 カーテンは黒光りするビロード。太陽光は入ってこない。真っ暗かというとそうではない。光源は低い天井にあるシャンデリアのレプリカ! ちゃんとオレンジに電気が点いているけど、どちらかというとネオンみたい。

 ぼやあぁっと浮かび上がる白い仮面が壁をぐるっと一周するように取り囲んでいる。あれは、配信で被る用かな。視線を感じて息苦しい。

 それからガラスケースに入れられたフランス人形の細い首に乗った大きな頭がこっち見てる! 綺麗な状態だけど不気味に口角が上がっている。目は青くパッチリ開いて、それがかえって不気味。絶対曰くつきの代物じゃん! 


 ほかにも、ビロードカーテンの内側にニンニク吊り下げてるし、近くの本棚の上は十字架と杭も。狼男の被り物に、本物のはく製の鹿の頭もある! ホラー映画のロッジとかに飾ってあるやつだ! 

 開けっ放しのクローゼットには防護服が入っている。となりに何故かドラム缶。貼られているバイオハザードマーク。感染する廃棄物につけられる黄色いマークだ。そんなもの一般家庭に置いていいはずがない! 


 偽物だと思うけど、怖い。この人、普段、何と戦ってるつもりなのよ。ゾンビ映画でしか見ないような釘つきバットのレプリカもあるし。もっと美術の先生らしくして下さい。いや、これが芸術なのかな?


 そして、先生はひときわ目立つ、壁の中央に吊るされている剣を手に取る。

本物じゃないよね?

 それを鞘に入れて、おうっと手に力を込めている。なに、なにが始まるの?


「思ったより重い」


 重さを知らなかったのかいっ。てか、そんな重いものどうするの?


「先生、本物ですかそれ?」


「まさか。本物は銃刀法にひっかかる。重さ二千七百グラムの五万円の模造品だ!」


 うわー高い。レプリカでもそれぐらいするんだー。


「じゃ、俺はこっちの釘バッドで」


 って、レイン! それは本物じゃなくても捕まりそう!


「大丈夫だって。お巡りは今口裂け男だ」


 それもそうか。


 バタバタタ!


 誰かの走って来る音。それに、どすどすどすと、この部屋へと続く階段を誰かが駆け上がってくる音もする。もう来たんだ! 相手は四人ほどだ。誰が来たのかは知らないけれど、私たちは無意識にドアの前を塞ぐべく部屋を駆けずり回る。


「先生! 本棚倒していいですか!」


「馬鹿いうな! そこには黒魔術書や現代日本に残る『全国魔除けの呪符図鑑』や、『狼男を生け捕りにしたと主張する外国人の怪物ハンター記』とか、『今日から十字架一本で誰でもなれるヴァンパイアハンター入門書』など、貴重な本しかないんだぞ!」


 狼男を生け捕りにしたと主張する外国人が、その中じゃ一番まともかも? てか、ヴァンパイアハンターは十字架一本でそんなにお手軽になれるんだね?


 レインは手近にあった怪物フィギュアが収納されている衣装ケースを運んでドアを塞ぐ。軽そうだから一時的な足止めにしかならないかも。


 でも、急にはほかにバリケードに使えそうなものを見つけられない。ドア一枚隔てた向こうでドンドンドンドン叩かれるなんて生まれて初めてのことだし。


「窓から出るぞ」


「嘘でしょ先生!」


 少なからずこの段階になって悪夢だと思った。遅いけど。

 二階の窓から縁に足をかける。先生が先に小さな屋根に足をかける裏庭にも門扉が見える。この家、裏口もあるんだ。一階の裏口の上にいるみたい。


「うわっ」


「急ぎつつ、気をつけろ!」


 そんなこと言われたって! 瓦の上に足を乗せることなんて人生でお初なんだから。お赤飯でも食べて祝ってもらいたい!


 滑り落ちそうになりながら一階へ飛び降りる! 


 ふんぬっ! って女子らしからぬ声が出ちゃった。以前、足を捻ったときにもこんな声出たことあるけど、今日は捻挫なし! 無事一階に生還。


 先生とレインは西洋剣のレプリカと釘バットレプリカを護身用に持って走る。


「僕の駐車場に行くぞ」


 先生の家の庭は狭くて車が置けないから、駐車スペースを借りてるらしい。


 近くの駐車場は車庫が五つ並ぶだけのシンプルなもの。周りに住宅もないので見晴らしがよく、ここなら口裂け女たちが来てもすぐに逃げられそう。って、もう走ってきた。何でここにいるって分かるの?


 車庫から出てきた先生のプリウスに乗せてもらう。走って来る口裂け女と口裂け男。合わせて合計六人。あれ? また増えてる???


 誰か知らないけれど、おじいさんと、おばあさんが増えてる! 


 一人は麦わら帽子をかぶり、マスクしている。軍手をしている手で動き出した車のボンネットをばんばん叩く。この攻撃性。間違いなく口裂けおじいさん! 一番乗りで到着したのがおじいさんってやばすぎる! 口裂け男になると、足が速くなるなんて聞いたことがないよう! ほら、マスクを外して綺麗な歯を見せて来た! 入れ歯なしって逆にすごいね! ぴっかぴかじゃん! 


 ほどなくおばあさんが到着。おばあさんははじめからマスクをしていない。裂けた唇はまだ肌の色そのままだけど、耳までくっきり裂けている。


 先生は容赦なく車のハンドルを切り、二人を弾き飛ばした。これは、ほんとに事件だ! ひき逃げとかで訴えられたくないよ!


 先生の慌てたハンドリングで、タイヤがキュルキュルと滑る音が鳴る。アスファルトから、あぜ道にタイヤを取られている


「もう、めちゃくちゃだよ……」


 これは夢かも? 今日一日で全部起こっていいできごとじゃない。もう、私の中で日常ってなんだっけ? ってなってる。


 先生はスピード違反覚悟で車を飛ばす飛ばす。住宅? 他人の家に上がって助けを求める暇はないとばかりに、メーターが60を普通に超えてくる。私、見なかったことにする! 


 国道に入って車が一気に増えた。先生はどこに向かうつもり? ほら、スピード違反でパトカーがサイレンを鳴らしながら後ろからついてきた。先生はミラーで確認するものの、私とレインに、「かがめ!」と、アクション映画さながらのセリフを言った。


「銃でも持ってるんですか?」


 日本のお巡りさんがいきなり撃ってくるはずなどない。そうだけど、お巡りさんが「そこの車止まりなさい」とも拡声器で言わない。追い越し車線で先生がハンドルを切ると遠心力で私とレインは身体をぶつけた。


「うわ、ロエリすまん!」


「きゃあ! だ、大丈夫だけど、そっちもやばそう!」


 レインの左の窓にはパトカーがぴったりつけている。追い越し車線でこっちがスピードを上げたにも関わらずだ。だけど、お巡りさんの表情は無表情。日本の警察って、けっこう怖いイメージがある。怒るときは怒る。そんな感じ。なのに、気持ち悪いぐらいに無表情でしっかりマスクをしている。あれは、に、人間?

 お巡りさんと目が合うとお巡りさんはこっちを見て、眉をひそめた。だけど、目が笑っている。


 並走するそのパトカーは窓を開けた。パトカーが窓を開ける? 運転中であるにもかかわらずお巡りさんはマスクをゆっくり外した。その唇は耳までつり上がっている。


「なあ、俺ってかっこいいかい?」


「ひいいいいいいいい!」


 口裂け男は「俺ってかっこいいか?」って聞いてくるんだ!


 なんつーナルシスト!


 レインは怪訝そうに「キッモ」の一言で一蹴した。つ、強い!

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