#34 ~ 容疑
帝都警察本部。帝都警察は定員にして三万人を抱える大所帯であるが、その内部は、数多くの局によって編成される。
その中のひとつ。刑事局第一課。
彼らは、特に凶悪な事件を扱う帝都警察の花形と言える。
帝都貴族連続殺人件……通称『A事件』も、そうした事件のひとつだ。
「……そろそろ、何か教えて欲しいんですけどねぇ」
「語るべきはすべて語ったと思いますが」
警察に逮捕されたユキトは、自分の行動とその理由を包み隠さずに喋った。そもそも隠す理由がない。
だが、拘束されてから既に半日以上。ユキトが釈放されることはなかった。
「……凶器は、窓から庭に投げ捨てられていた」
刑事の指が、机に並べられた写真のひとつを指さす。
「いわゆる刀剣。ユキトさん、あなたが得意とする武器も同じだ」
「先ほども言った通り、私のものではありません」
「……確かに、貴方は武器の類を屋敷に持ち込まなかった、という証言は取れています。だが、密かに屋敷を抜け出し、隠しておいた武器を回収して戻るのは不可能ではない」
「もし、本当に俺が犯人なら――」
ユキトの目線が、刑事に向く。
「警察にわざわざ拘束などされず、とっくにこの帝都を出てますよ」
「…………」
その言葉に、何も返さずに刑事は冷や汗を流す。
(何なんだ、これは?)
ユキトは、刑事の態度に首を傾げる。
ハメられた、と思った。
だがどうも、自分を拘束した警察側もそこまで真剣に調べていない気がするのだ。
ただ同じ質問を繰り返されるだけ。
まるで、別の犯人がいると分かっているかのように。
沈黙だけが流れる取調室に、唐突に、ノックの音が響く。
扉を開けて入ってきたのは、スーツ姿の、恐らく刑事。
「おい、何だ突然? あんた、ここの
「失礼。私はこういうものです」
差し出された名刺を受け取った刑事が、驚愕に顔を歪める。
「カラスだと? なんでアンタらが――」
「彼の身柄は、我々が引き取らせていただきます」
有無を言わせず言い放ち、口を半開きにした刑事を押しのけて、黒服の男は俺の目の前に立った。
「ユキト殿ですね。ご同行願います」
「……できれば、さっさとここから出して欲しいんですが」
「ええ、もちろん」
◆ ◇ ◆
警察を出たユキトを待っていたのは、黒塗りの車だった。
促されるまま乗り込み、案内されたのは、帝都の一角にある三階建てのビル。
その一室。広い会議室のような場所で俺を待っていたのは、柔和な笑みを浮かべた、スーツ姿の男だ。年齢は四十歳かそこらだろうか。
「よく来てくれた。君がユキト君だね。まず自己紹介といこう。私はラヴァロー・ケイヴス。中央情報調査室の者だ」
「中央情報調査室……?」
いわゆる、スパイってやつだろうか。
彼の笑顔はどこか伯爵にも似た……いや、それ以上の毒を持っているようにも見える。油断したら背中からぱっくり丸呑みされそうな。
「そう警戒しなくても良い。我々は、君と情報を共有したいと思ってここに呼ばせてもらった。君にとっても有益な情報をね」
「……良いんですか? 俺は一応、まだ容疑者だと思いますが」
「君が犯人というのはあり得ないな」
膝の上で組んだ指を組み換えて、彼は苦笑した。
そして机の上を滑らせるように、俺の手元に何かを投げた。
その写真に写っていたのは……血で描かれた『A』の文字。それも、どこか崩したような文字だ。
「その文字に見覚えは?」
「……宰相の死体のそばにあったのを見ましたね」
「その写真に写っているものは、今から五日前のものだ。同様の事件が、二週間前にも発生している。つまり、今回で三件目。いずれも貴族が殺害されている」
そんなとんでもない話、聞いたこともない。
「当然、情報は統制されているとも。事は貴族殺しだ。公になれば、双月祭どころではない」
「……さっき、車から外を見ましたが……」
「普通だっただろう?」
こくり、と頷いた。
宰相の殺人事件など、国家を揺るがすほどの大事件だ。だというのに、外はまだ祭り騒ぎが続いている。
「話を戻そう。宰相閣下の死体の傍に同じマークがあった。つまり、これは連続殺人ということになる。だが、君が帝都入りしたのは今から三日前。時期的に考えて、君が犯人というのはありえない」
なぜそれを、と問うつもりはなかった。
最初から気づいてはいた。いつもどこかから監視されていることを。
そしてその理由も、分かっていた。
この世界はあまりにアンバランスだ。
時に、個が群を圧倒する。個人の戦力差があまりに激しすぎる世界。
それは場合によっては、秩序の崩壊に直結する。
例えばの話、現代日本で個人が軍を圧倒するような力を得たとしたら、どうするだろう。
たとえその個人が善良だとしても、あまり良い結果は想像できない。
そしてもしその力を悪事に使おうとすれば、現代秩序など簡単に崩壊してしまう。
要は、歩く爆弾みたいなものだ。
だから、そうした個人は常に監視される。俺だけではない、恐らく戦技大会に出場するような選手の大半はそうだ。
それがこの世界の常識であることは、俺も理解していた。
「――そして、君が犯人ではないだろうことは、既に警察も把握している」
継いで語られた言葉に、俺は首を傾げた。
それなら、なぜ長期間に渡って拘留されたのか。何しろ夜に逮捕されてから朝までずっと取調室の中にいたのだ。
「なぜ警察が君を今まで拘留していたかは、少し理由がある」
そう言って彼は、もう一枚俺に写真を投げる。
そこに映っていたのは――
「その写真の人物は?」
「……ええ。知ってますよ」
じいさん。
剣聖、ジン・ライドウ。
「やはり君が、ジン・ライドウの弟子というわけか」
その言葉に、思わず目を見開く。
しばし逡巡し――そして「ええ」と頷いた。
「いやまったく。本来なら、国賓レベルで遇されるべきだというのに……まったくもって時期が悪いというべきか。あるいは、良いというべきか」
「どういう意味です?」
「今警察は、一人の人物を容疑者としてマークしている」
こつん、と彼の指先が机を叩く。
思わず――俺は机の上に置かれた写真に目を向けた。
「まさか……」
「老師は昨日まで、宰相閣下の屋敷に宿泊していた。だというのに、今彼は姿を消している。さて――彼への容疑はありえないことだと思うかね?」
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