◆20 ~ 蠢くものたち

「久しぶり、二人とも」


 しばらく呆然としていた二人――エニャとトールは、その声にはっとしたように動きを取り戻す。


「お、おおお! アイーゼじゃねぇか! 久々だな!」


「ん。トールも元気そうで何より」


 アイーゼがそう言って頷き、そして、こてんと首を傾げた。


「……なんで裸?」


「あ」


 興奮していた様子のトールだったが、自分がどういう恰好をしていたのかを思い出し、「シャワー浴び直すわ」と壊れた扉の向こうへと引っ込んでいった。


 アイーゼはそれを見送って、そしてエニャへと視線を送る。


「エニャも。久しぶり。元気だった?」


「……あ、うん」


 しばらく……微妙な沈黙が流れた。

 それは奇妙な静けさだった。何かを言わなければならない――そう思いながら、エニャはうまく口を動かすことが出来ない。

 さっきまで、トールと話していたせいだ。そんな風に責任転嫁しつつ、気まずい沈黙の中で立ち尽くしていると、ふと、室内を見回したアイーゼが口を開いた。


「ここが駐屯所? 意外と整理……されてる?」


「これで整理されてるって思うのはアンタぐらいよ」


 口をついて出た軽口。

 それに、ふっと肩の重さが取れるのを感じて、エニャは続けて口を開いた。


「アンタ、昔から整理整頓とかできないもんね……向こうじゃちゃんとやってる?」


「失礼。ちゃんとやってる。……友達が」


「自分でやりなさいよ、もう」


 ふっと、思わず笑みがこぼれる。

 何も変わっていない。きっと一生変わりはしないのだろう。たとえ、どれほど距離が離れても。


「――おかえり、アイーゼ」


「ん。ただいま」


 エニャがそう言うと、アイーゼの顔にわずかな笑みが浮かんだ。



「……なるほどね」


 アイーゼの事情を一通り聞いたエニャがそう呟く。


 ミミが結婚させられようとしていること。

 相手の男が、自分が貴族になるのを妨害し、それを理由にミミを脅したこと……。


 隣のソファーに座っていたトールが、顔を赤く怒りに染めて立ち上がった。


「ちょっと、どこ行くのよ?」


「決まってるだろうが!」


 静止したエニャに、トールが叫ぶ。


「殴り込みに行くんだよ! あの腐れ男爵、今日という今日は許せねぇ!」


「あのね……そんな簡単な話じゃないでしょ」


「ああ? じゃあどんな話だってんだ」


「あんたが一人で男爵邸に乗り込んで大暴れしたって、何も解決しないってこと」


「エニャの言う通り」


 アイーゼもまた、エニャの言葉にこくりと頷いた。


「暗殺は最終手段。それに、やるならわたしがやる」


「……アイーゼ、あんた」


「……冗談。そんなことをしても、ミミを悲しませるだけ」


 エニャには、とてもそれが冗談とは思えなかった。

 それほどの重みが、覚悟が、言葉に乗っているように思えた。


「二人に、お願いがある」


 重苦しくなった空気の中で、アイーゼがそんなことを切り出した。


「最近、村に出入りしている怪しい連中がいると聞いた。それについて調べたい」


 その言葉に、エニャとトールのふたりが目を見合わせる。


「……心当たり、ある?」


「ある、というか、だから巡回を強化してる最中だ」


 トールの言葉に、エニャもこくりと頷いた。


 曰く――彼らが姿を現しはじめたのはおよそ半年前。

 アルナスはこれといって見どころもない村だ。特産物といえるのは、この村にしか咲いていない花ぐらいのものだ。それだって、観光の対象になるものでもない。


 そんな田舎で、見覚えのない人物というのはひどく目立つ。

 最初はごく少人数。ごくたまに見かける、見覚えのない人というだけだった。それ自体、田舎とはいえまるでないことでもない。

 だがやがて人数を増やし、今では集団で行動しているようだ。


「年齢や服装はバラバラだが、どうも男だけみてぇだ。そのせいか、村の女連中が怯えちまって……」


「彼らが何かする、ってことは今のところ無いんだけどね」


 話しかけても、曖昧な返事をするばかりで、要領がえない。

 この村に来ている目的も、彼らがどこに住んでいる誰なのかも。


「ただ、雰囲気というか……ちょっと危なそうな感じがする」


「武装してるってこと?」


 エニャは、静かに首を振った。


「そういうわけでもない、と思う。ただ……」


「ありゃ、訓練されてる連中だと思うぜ」


 視線が、トールへと集まった。


「筋肉の付き方とか、歩き方とか……そんな感じがすんだよ。マルコのとこのじいちゃんみたいに」


 マルコのところのじいちゃん、というのは、いわゆる元軍人だ。しかも従軍経験を持つ。


(訓練された人間……それも複数……銃器メーカーのフラヴァルト社……)

 

 はっとする。

 アイーゼには、思い当たる節があった。


(……民間軍事会社PMC?)


 民間軍事会社――プライベート・ミリタリー・カンパニー。

 彼らは、金によって雇われる『戦争屋』だ。


 彼らが台頭をはじめたのは、つい近年のことだ。

 傭兵国家でもある大国、イザーニフ王国――現在で言うイザーニフ連邦が民主革命で崩壊、分裂した後、流出した人材や軍事技術が企業をなした。

 さらに当時、各国で急速に進んだ軍縮によって、数多の人材と技術が流れ、その規模を拡大させていったという。


 それが、現在の民間軍事会社PMCのおこりだ、と言われている。


 数多の偶然と必然によって生じた彼らの業務は、極めて多岐にわたる。戦場での戦闘、後方支援、だけではなく、金銭で雇われての警護や軍事教育もその一環だ。

 そう、例えば――金さえあれば、一民間人であっても、彼らを使うことはできる。警護という名目で。


「そんな連中が、うちの村で何を?」


「……それは分からない」


 ただ、軍や警察が、こんな村でこそこそ何かをしているとは考えづらい。

 また帝国における軍需産業――こと武器商人は、自衛を超える戦力の保持を固く禁じられ、その運用を細かく国に報告する必要がある。

 もしランドさんの言う通り、この件にミハイル・フラヴァルトが絡んでいるとすれば、民間軍事会社PMCの可能性が高い。


「詳しいわね……」


「これでも士官学院の生徒だから」


 特にアイーゼのような四回生は、就職先となりうる軍需企業の情報は必修の範囲だ。


「その、ぴーえむしー? とやらが、この村で何を企んでるにせよ、今の段階じゃどうも出来ねぇんだろ?」


 それまで腕を組んでじっと目を閉じていたトールが、ふとそんなことを言った。

 話の内容を理解できているかは怪しかったが、確かに、その言葉は正しい。こくりとアイーゼは頷いた。


「なら、知ってるやつに話を聞いたほうがいいだろ」


「知ってるやつ?」


「ジェイだよ」


 アイーゼは、トールの告げた名前に思わず目を見開いた。

 ジェイは、彼らの幼馴染のもう一人。本名はジェイスという。


「ジェイの親父さんが、どうやら連中と話をしたらしい」


「話? どんな?」


「わかんねぇ」


「今日、これから聞きに行く予定なのよ。アイーゼも来る?」


 勿論、とアイーゼは頷いた。

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