◆16 ~ たとえ弱くとも
「……ふッ」
屋敷の庭で、わずかな呼気と、鋭く空気を裂く音が連続した。
突きから薙ぎ、薙ぎから突き、連撃からフェイント――息をもつかせぬほどの速度で、舞うように。
やがてその中に、炎が躍る。
それはひとつの美しい演舞に思えた。炎を纏う槍、舞い散る火の粉、そしてその中に翻る銀髪。
庭の草木、その一本すらも燃えない様は、どこか現実離れしていて。
だがその一撃一撃に、まさしく必殺の威力が込められていることは、素人であっても一目でわかるだろう。
――やがて。
カン、と槍の柄が地面を叩くと、まるですべてが嘘だったかのように、炎も火の粉も消え、後には静寂だけが残る。
その静寂の中で――ふう、とアイーゼは息を吐いた。
(……うん、悪くない)
いつもの感覚。ほっとする、という言い方はおかしいのかもしれない。けれど、もうそれほどにこの槍の感触が手に滲んでいる。
武器は己の半身とは、こういう感覚を言うのかもしれない。
槍を下ろすと、パチパチという拍手の音が、屋敷の庭に響いた。
「ミミ」
「凄い! 凄いね、お姉ちゃん!」
拍手の主である妹の名を呼ぶと、彼女は興奮に頬を染めて、勢いよく手を叩く。
「もう槍を振る速度なんて、全然見えなかったよ! いやぁ、これは大会も優勝しちゃうわけだな~」
「ん。頑張った」
でも、と、かぶりを振る。
「私の先生はもっとすごい」
「お姉ちゃんの先生?」
「うん。達人っていうのは、ああいうこと」
それに比べればまだまだ、と首を振った。
世の中には、想像もつかないような強者、達人がいる。
彼と出会って、それを知れたことはあまりにも大きい。これは自分だけではなく、あの学院にいる全員がだ。
「でも、それって比べることかな?」
と、ミミが首を傾げた。
「その先生がどれだけ凄くても、お姉ちゃんが凄いことは変わらないよ。だって物凄く努力したんだなって、分かったもん」
その言葉に……ふっと笑みがこぼれて、アイーゼはミミの頭を撫でる。
比べる意味は――ある。
強さとは戦うためにある。強いほうが生き残り、弱いほうが死ぬ。努力の多寡など関係ない。
関係ないが……それは妹の心遣いを無にしてまで主張することではなかった。
(努力……か)
確かに、これまで必死に槍を鍛え続けた。それしか道はないと信じて。
でも、その努力の結果が今で――今この瞬間も、ミミを苦しめ続けている。
ここにもし、先生がいてくれたら。
全てをぶち壊して、妹を救ってくれたのかもしれない。
――そんな愚かな考えが、一瞬、頭をよぎった。
それじゃただの犯罪だ。他人に全部押し付けて、自分だけのうのうと生きていくなんて、そんなことが許されるはずがない。
自分の弱さが、嫌になる。
「大丈夫」
それでも――たとえ弱くても。この子にだけは、胸を張れる自分でありたい。この子だけは、私が守るのだ。何があっても。
「んぅ?」
頭を撫でられっぱなしになっていたミミが、わたしの言葉に首を傾げる。
小さく笑みをこぼし、手を下ろした。
「もーお姉ちゃん。髪がぐちゃぐちゃ……」
「ん」
「ん、じゃないから。もー」
手櫛で髪を整えるミミに目を細め……そしてふと、庭にもう一人、気配があるのに気が付いた。
「ランドさん」
執事服に身を包んだランドさんが、タオルを手に、深く腰を折った。
歩み寄ってタオルを手に取ると、彼はわたしの眼を見て、はっきりと告げた。
「旦那様がお呼びでございます。お二方とも、執務室に来るようにと」
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