◆45 ~ 狭間に揺れる炎
どうして、剣を振るうのか。
どうして、強くなりたいのか。
何度も何度も繰り返された問い。誰かに、そして自分に。
騎士として、誰かを守れるように。
もう誰かが、無慈悲に涙を流さずに済むように。
けれど、自覚もしていた。
――それが、ただの建前であることを。
理由なんて、数えれば山ほどあった。
けどそのどれも、本当じゃない気がした。
剣を振っている時だけは、全てを忘れることができた。
それだけが、私にとっての救いだった――。
目を開く。
(……野宿なんて、はじめてね)
ふうと息を吐いて、男の入っていった一軒家を睨みつける。
森林公園の近くにある、古い一軒家だ。
空は既に明るみはじめていた。一体、どれほどの時間が経ったのだろうか?
(――蝶の入れ墨)
今思えば。
あの入れ墨が本当に、兄を殺した連中のものだとは限らない。
蝶のモチーフなんて珍しくもない。
入れ墨にしては少し変わった柄だったけれど、まったく無関係の、赤の他人という可能性もある。
何せ、実際には見たことはないのだ。
(でも……止まらない。声が……)
リフレインするのだ。何度も何度も何度も。
起きているのに、まるで夢の中にいるときのように。
盗み聞きした父と軍人の言葉が。
理性は、戻れと言っている。
先輩との約束はどうした。
会長の言葉を裏切るのか。
あのときの――ユキト先生の言葉も。
だけど、本能が叫んでいるのだ。
あれがお前の敵だと。
これが、最初で最後のチャンスだと。
震える手を押さえつける。
腰に手を伸ばし……やはり武器がないことを確かめ、舌打ちする。
なぜ私は剣を持ってこなかったのか。
冷静に考えれば当然だ。打ち上げに向かったのは繁華街のカフェで、武器を持って参加するなんてありえない。こんな事態なんて最初から想定していない。
「よう、お嬢さん」
不意に背後から声が聞こえて、飛び上がらんほどに驚いた。
……しまった。気配に集中できていなかった。
警戒しつつ振り向くと、そこには、いかにもガラの悪そうな男がいた。
「どうだい、俺と遊ばないか?」
(――こんな時にナンパ?)
ため息交じりに「悪いけど」と手を振って断る。
すると男は「そうかい」とあっさりと引き。
安堵もつかの間――腹部に、鋭い痛みが走った。
「え……?」
「おいおい、気を抜きすぎだろうがよぉ」
「っ」
ぐり、と腹の中を掻きまわされるような激痛に、思わず飛びのく。
(やられた……!)
刺された。
幸い服は実戦にも使える防刃仕様。深くは刺さらなかったから致命傷じゃない。
飛びのき、刺された腹を服ごと凍らせてひとまず止血する。
男を見ると、片手剣をブラブラとあそばせながらニヤニヤと笑っていた。その目には、いかにもな嗜虐が浮かんでいる。
「なんだぁ? 警察かハンターかと思ったが、お前、素人かよ」
「……あなたは?」
「さぁてねぇ」
ニヤリと笑って、男が舌を出す。
そこには……蝶の入れ墨。
かっと思考が白熱する。
「質問に答えて。さもないと――」
「さもないと?」
「……殺す」
徒手空拳を構え、殺気を飛ばす。
へぇと男は笑い、そして構えを取った。
剣を後ろに引き、片手を前に出すという奇妙な構えだ。
「ククッ、殺気だけ一丁前か? 足が震えてんぞ?」
「……答えなさい。五年前、イスリカで帝国軍を襲ったのは貴方たち?」
「あぁ?」
男は一瞬、戸惑うように首を傾げたが……やがて、「ああ」と笑った。
「あの仕事のことか。覚えてるぜぇ? 確かどこぞの貴族のボンボンを殺ってくれっていう派手な仕事だ」
「――ッ」
「あれは傑作だったなァ!! 特にあの金髪の、ああ……名前なんだっけ? 忘れたな。まあソイツが、みっともなく喚いて――」
「黙れッ!!!」
白く熱された思考が。
後先もなく、ただ足を前に進めた。
矢のように拳を放つ。何度も何度も、先生に教えてもらった格闘の技術。だがそれは見る影もない。
脱力しろ、常に間合いを保て、冷静に相手を観察しろ――無理だ。今この瞬間、この男を殺したくて仕方がなくて。
だが私の拳はあっさりと空を切り――
「クハッ」
男の笑い声と同時に。
何をされたのかも視認できず、衝撃と共に、私は意識を手放した。
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