#43 ~ 失踪と過去
伯爵邸に到着した俺を出迎えたのは、グラフィオスさんとシルトさん、そして見覚えのある女性が一人。
確か戦技大会のとき、解説席に座っていた女性だ。
「おう、来たか」
「すみません、遅れてしまって」
「気にすんな。正直、今ようやく情報が集まりだしたところだ」
「……気にするなって、アンタが酒飲ませたせいでしょうが」
横にいた女性が、グラフィオスさんの言葉に半眼で割って入る。
鞭に短剣。装いからして、戦闘者であることは間違いない。燃えるような赤い髪を後ろで束ね、胸元が開いたとても大胆な服を着ているが、それでいて上品にも見える女性だ。
彼女もハンターなのだろうか?
俺に気づいた彼女は、どうも、と俺に手を挙げる。
「一応自己紹介ね。A級ハンターのエミリー・スティラノールよ。よろしく」
「あ、はじめまして。ユキトです」
「初めましてじゃないわよ。昨日の居酒屋に私もいたし」
え、マジで。記憶がまったくないんだが。
「お前相当、コイツに絡んでたからなぁ。胸に顔埋めたりして」
マジで!? 何でその記憶がないんだ俺は!?
……じゃなかった。そんな話をしている場合じゃない。
「えっと、状況は……?」
「おっと。……まぁ簡単に言うと、その後の足取りは少しだが掴めた。恐らく北区に向かったってことと、街からは出てないってだけだがな」
「北? 北って――」
「ええ。暗黒街方面です」
……マジか。
イリアさんは腕も立つ。無事だと信じたいが……。
「いや、暗黒街には入ってねぇよ」
「え?」
どうして断言できるのだろう。
グラフィオスさんの言葉に首を傾げる。
「暗黒街ってのは、警察にとっちゃ最大の警戒対象だ。その出入りは徹底的に監視されてんだよ、実のところな」
「そうなんですか!?」
「監視カメラの数は百を超えてるし、出入りしたら当然わかる。だがその痕跡はない。暗黒街に入ってないのはまず間違いないだろ」
なるほどな。そういうことなら、イリアさんがいるのはバス停から暗黒街までのどこか……ということになるのか。
「今も警察が全力で捜索中だ。伯爵令嬢の、下手したら誘拐だからな。連中が手を抜くことは絶対にない。問題は――」
「なぜ端末がつながらないか、ですか……」
「そういうことだ。エーテル通信網から考えて、街の中にいるのに繋がらないなんてことはまずねぇ」
それだけでも最悪の想像が脳裏をよぎる。
「……ただな、どうも話を聞いてて思うんだが、多分自分で端末の電源を切ってる可能性が高いぜ」
「どういうことですか?」
「俺のカンだがな。どうやら、伯爵は誘拐よりも、そっちの可能性が高いと考えているように見える。イリア嬢が男を追った理由に心当たりがありそうだ」
その理由に関して、伯爵は口をつぐんでいる。
グラフィオスさんはわずかに顔を歪め、親指の爪を噛んだ。
「どうもな……ソイツを知っておかないとマズイ気がするんだよ」
それは、俺も同感だった。
自分で端末を切ったということは、つまり、イリアさんは自分自身の意思で姿を隠していることになる。
しかも、戦技大会の当日。あれほど拘っていたのに、それを捨ててまで、だ。
「ただ、本当に誘拐されてる可能性もある。俺たちはもう一度捜索に出るが、お前は――」
「……俺は、伯爵に話を聞いてきます」
「頼めるか。お前が一番、伯爵サマには近いだろうからな」
ええ、と首肯する。
これから彼らは、また市街の探索に戻るらしい。
本当なら俺も、今すぐイリアさんを追いたいところだ。だが闇雲に探したところで、古都は広い。
俺はグラフィオスさんたちに頭を下げ、伯爵邸に足を踏み入れる。
不意に、俺は思った。
俺が触れずにいた、イリアさんの過去。
きっと何かがあるのだろうと思っていた。
もしそれを、もっと強引に聞き出していれば……こんなことにはならなかったのかもしれないと。
執事さんに案内され、伯爵の執務室にまっすぐ通された。
見慣れた執務室には、庭に向かって茫洋とした視線を送る伯爵の姿があった。
「ユキト様が参られました」
「……ああ」
「伯爵さま。遅れて大変申し訳ありません」
「……いや。こんなことになるなど、誰も想像できなかった。君を責めるつもりはない」
その言葉に、いつもの覇気は影もない。
こんなことになるなんて分かっていれば……どれほど悔いても時は元に戻ってくれない。俺はもう一度頭を下げた。
「これから、俺もイリアさんの捜索に加わります。ですがその前に、その不審な男について情報を――」
「分かっている」
伯爵は俺に背を向けたまま目を閉じ、そして振り向いた。
その表情は、どう見ても、疲れに満ちていた。
「過去とは……たとえ忘れ去ろうとしても、忘れたくても、いつしか目の前に現れる。そういうものなのかもしれん」
「……忘れたい過去、ですか」
「ああ――」
疲れた笑みを浮かべて、伯爵は、滔々と語り始めた。
彼らの過去。
かつて、オーランド家にいた――もう一人の家族についてを。
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