#28 ~ 千夜

「銃より剣が強いと聞いたんだが、試したことがないんだ。ぜひやってみたい」


「イカれ野郎が……!」


 言いながら、俺は自分がバカなのかと思った。

 だが止められない。止めたくない。ぜひ試したい。


「……シルトさんは離れててください」


「……無茶だ!」


 ああ、ダメだな。もう止まらない。

 思えば俺が山を下りた理由は。

 異世界を見て回りたいというのもあったけど――それ以上に、磨いた剣の腕を試してみたいと思っていたのだ。


 でもどいつもこいつも弱かった。

 一撫でするだけで簡単に死んでしまいそうだった。

 久々の感覚。だから俺は、こんなに興奮しているのか。


「さっさとしろ――殺すぞ」


 一言と同時、剣気を叩きつける。

 シルトさんが飛びのき、デス・パピオンの連中がガタガタと震え出した。


「くそっ……くそがあああああ!」


 ラギが叫ぶと同時。

 稼働音。二台の自動機銃オートタレットの銃口から、俺を囲うように、無数の銃弾が吐き出された。


(ああ――)


 沼のような無限の中で。

 俺は笑っていた。


 ――斬形、千夜せんや

 俺の定義した間合いの結界、そこに踏み入れたすべてを切り捨てる。


 この技の根幹は、気配察知と取捨選択にある。何から斬るか、その選択がただの間合いを結界に変える。

 俺は俺に当たる弾丸だけを取捨選択し――鞘から刃を抜き放った。


 カカカキカキカ――! という硬質な音が連続し、その全てを斬り払っていく。まるで星の瞬きを見るように、虚空にいくつもの火花が瞬いた。

 ああ、これは難しいな。だが。


(いける)


 刃を振るう。いかに小さく、いかに無駄なく。


 最速とは、刀を振るう速さではない。

 そこに至る無駄がどれほどないかということだ。

 この一瞬一瞬、一振りずつに、濁りのように残っていた無駄をさらに最小化、最適化していく。


「はは、ハハハハハハ――!!」


 気がつけば笑っていた。


 こんな訓練は考えたことがなかった!

 学院の授業に取り入れるのはどうだろう!?


 白熱していく思考の中で。

 弾丸を撃ち尽くし、機械が空回りするような音が聞こえた。


(すぐに終わるのが欠点だなぁ)


 でも、何事にも終わりがある。

 今は別件が控えてるしな。終わりにしよう。


 斬形、千夜せんや――接続、断紡たちつむぎ

 刀身を伸長することによって、一気に拡大する千夜の間合い。

 もはや俺の結界まあいは、二階のタレットにまで届く。


 音もなく、一閃。

 スクラップとなった二台のタレットが、轟音を立てて一階に落ちた。


「あっ、訓練用に貰って帰れば良かったじゃないか。しまったなぁ」


 埃が舞い上がり霧のように覆い尽くされた部屋の中で、うっかりという俺の言葉が、呑気そうに残響した。



 その後。シルトさんに「訓練用!? まさか学院の訓練に使うとか言いませんよね?」と言われ、一瞬それを考えていた俺は言葉に詰まり、めちゃくちゃ説教されてしまった。


 いやさすがにそのままはないですよ!? もっと怪我のないように改造して、だからその、完全にイカれたヤツを見る目はやめてください。


(修行が足りないな……)


 説教が終わり、そして完全に熱くなっていた自分に反省する。

 実際のところ、最初から断紡たちつむぎを出していたら発射される前に片づけられていた。それをやらなかった時点で、完全に熱くなっていた。


 銃相手だろうが問題なく立ち回れるだろうというのが確信になったのは良かったが。


 剣士は常に己を律するべし。

 数少ないじいさんの教えだ。


 未熟者、と。コツンとまた、頭を叩かれた気がした。



 これは完全に余談だが。

 その後、デス・パピオンの連中は警察にしょっ引かれ、今では牢にいるらしい。


 黒楼竜の庇護を完全に失っていた彼らはあえなく御用。

 ――しかし残念というべきか、幸いというべきか、彼らの罪はあまり重くなりそうにないらしい。


 半グレと言っても所詮は半グレ、人を殺すような真似はしていなかったそうだ。

 盗んだモノがモノではあるが、それで死刑になんてことにはならない。帝国は法治国家なのだ。

 警察への襲撃もスモークグレネードを使った奇襲で、怪我人もほとんど出ていないらしい。


「その罪の大半もラギという男の指示で、それ以外は罪も軽くなる可能性が高いでしょうね」


 しかし出てきたところで、もう彼らに戻る先はない。

 今さら黒楼竜がわざわざ消しになど来ないだろうが、その庇護を失った彼らが暗黒街に戻ることはないだろう。


 これから先の人生、どう罪を贖い、そして生きるのか。

 それは彼ら次第だ。


「今回は、本当にありがとうございました」


 全てを終え、ようやくギルドに帰ってきたところで、シルトさんが頭を下げた。


「もしもあの場にいたのが私だけだったなら、彼らを殺さなければ止められませんでした。今回、死者が一人も出なかったのはユキト君のお陰です」


 その言葉を聞いた俺は、ただ一言。


「また敬語に戻ってますよ、シルトさん」


 シルトさんは、ぽかんと口を開けたまま固まって――そして、意外なほどに大きな声で笑った。

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