#27 ~ ステゴロ

「ギン、お前は黙ってろ。コイツは交渉――」


「交渉? 寝ぼけたこと言うなよラギ。手ェ出したのはこいつだろ?」


 ずんずん進むギンとかいう筋骨隆々とした男は、俺の前で立ち止まり、見下ろしてニヤリと笑った。


「おいヒョロガリ。お前が強いってのは本当か?」


「誰がヒョロガリだクソデブが」


 おっと失礼、つい暴言が。

 そもそも俺がここに来ているのはシルトさんに槍を習うためなのだ。それがどうしてこんなスラムに来てガキどもの相手をしなければならないのだ……。


「へぇ……面白ぇ」


 ぴくぴくとこめかみを引き攣らせ、笑みをニヤリからニヤニヤに深化させた男は「立てよ」と言った。


「勝負だ。俺に勝ったらそのケースはあんたのもんでどうだ」


「……まあいいけど」


 俺はため息を吐いて、手に持った刀をシルトさんに預けた。

 シルトさんが「えっ」という顔をするが、喧嘩っていうんだから素手ステゴロでしょ普通に考えて。


「おいおい、武器を使ってくれていいんだぜ?」


「いらねぇよ。さっさとしてくれ」


「……面白ぇ」


 それしか言えないのかお前は。

 さらにピクピクするこめかみと筋肉。真っ赤に染まる顔。うわぁ。


「おいアンタ、やめとけ? ギンは素手で鉄筋も折るようなやつだぞ」


 ニヤニヤ笑う男たち。シルトさんは大丈夫ですか、って顔で見てくるし、周りのヤンキーどもはコイツ死んだなって顔で見てくる。


 男は正々堂々スタイルなのか、距離を取った俺と向かい合う。

 別に不意打ちでも構わないんだけどなぁ。なんか妙に憎めないキャラだな。


「合図は?」


「コイツで」


 コインを差し出したリーダーの男――ラギに、俺は頷く。


「死んでも恨むなよ?」


「大丈夫だ、殺しはしない」


 筋肉の挑発に肩をすくめ、すっと腰を落として半身を前に出す。

 徒手空拳。――じいさんとの訓練でさんざんとやった型。人との実戦はじいさんぶりかと、そう思い出しながら。

 俺の構えを見た筋肉が、すっと目を細める。


 ピン、という硬貨の弾いた音。

 瞬間、その筋肉が突っ込んできた。


 コインが床に転がってからスタートだろ普通。

 まあ、いいか。


「らぁ!」


 突進からの右ストレート。

 風が轟音をあげるような異常なスピードのストレートを、すっと半身をずらし右腕で受け、そして手首をつかんだ。


「えっ」


 男が困惑した声を置き去りに。

 腕を掴んだままの右手を引き、手首を捻り……斜め下から突いた拳が筋肉の隙間から腕の関節を砕く。

 バキィ! という嫌な音が響いたと同時。

 俺はもう、その懐に踏み込んでいた。


「フッ」


 わずかな呼気。

 脱力状態から身を絞り、ドンッと踏み抜いた床からの反動を螺旋に変える。

 打法、螺旋掌――立ち上る螺旋を収束させ、右の掌打が顎を撃ち抜いた。


 かちあげられて宙に浮いた男の身体。

 それを、くるりと宙を回った回転蹴りが床に叩き落とした。


 鈍い音で硬い床に叩きつけられ、そのまま滑っていく筋肉の巨体。

 頭からは落としていない。死んではいないだろうが、まず起き上がるのは無理だ。


 ピンとした沈黙が張り詰め――ぴくりとも動かないのを確かめてから、俺は構えを解いた。

 ギンとかいう筋肉男は、完全に気絶していた。


「じゃ、そのアタッシュケースはもらっていく。問題ないよな?」


 俺がそう言うと、リーダー含めて全員がぴくりと身を震わせた。


 何も返答がないのでシルトさんに目線を向けると、彼もまた頷いた。

 俺に刀を返し、アタッシュケースを手に取って、ソファーを立った。


「じゃ、そういうことで」


「――待てや」


 それは絞り出すような声だった。

 リーダー……ラギは、手に何やらリモコンを握っていた。

 その顔は完全に怒気に満ちている。


「このまま帰しちゃ、俺たち『デス・パピオン』の面子は終わりだ」


「……別に言いふらしやしないのに?」


「うるせぇ!」


 ラギが叫びスイッチを押すと同時。

 二階に隠されていたそれが姿を現す。


「――自動銃座オートタレット? そんなものまで」


 二階に囲うように配置されていた二つの機械。

 それはいくつもの銃口を連結させた、ガトリングガンのような代物だった。

 この世界の軍事技術はどこまで発展してんだ、と俺としては呆れざるをえない。そしてそれをなぜチンピラが持ってる。銃社会アメリカさんもびっくりだよ!

 シルトさんなどは完全に予想外だったのか、顔を青くしている。


「知ってたな、あの連中……」


 漏れた小さな呟きが、シルトさんの焦りと後悔を表しているようだった。

 あの連中とは、警察か。知ってるからハンターに依頼を出したわけだ。マジで捨て駒扱いじゃないか。


「ハハハ! アンタらでもこれは無理だろ!」


「いや」


 ぺろりと唇を舐める。

 ああ、これはいい機会かもしれない。

 不思議と焦りは微塵もわかなかった。


「どうせなら是非やってくれ」


「……なんだと?」


 腰を落とし、刀の鯉口を切る。

 男の唖然とした声が反響した。

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