#21 ~ 完璧でないもの

「というわけで、今日から剣技教官を担当してもらう、ユキト先生だ」


「ご紹介にあずかりましたユキトです。よろしく」


 学院のグラウンド、だだっ広いその真ん中で、俺はぺこりと頭を下げる。


「先生、それじゃお願いします」


「任されました」


 そう言って俺を紹介してくれたのは、俺の前に剣術クラスを教えていた先生で、ダニエル先生というそうだ。

 今日は見学していくとのことだ。うーん、プレッシャーだ。


 生徒たちを見回す。

 綺麗に整列した生徒たち、だいたい三十人ぐらいか。皆、俺と同じぐらいの歳だ。そのせいか、全員の目がなんとなく困惑している気がする。

 そりゃいきなり自分と同じ年ぐらいのやつが先生って言われても困るよな。誰だお前ってなるわ俺でも。


「さて、そんじゃまずは――」


 ふと人ごみの中にイリアさんを見つけた。

 相変わらず美人だなあなんて感想を抱いていると、彼女がふっと笑った。分かってますよ、頑張りますとも。


「――素振りからいこうか。二千本で」


 えっ、と全員がざわめいた。


 ここで熱血教師ものなら反発した生徒が「俺と戦って実力を示せ!」とか言いそうだが、もちろんそんなことはなかった。

 さすが軍学校というか、ハミ出し者とかいなさそうで何よりである。……しかし。


「五十一、五十二――ダメだなやり直し。一からで」


「せ、先生!」


 六回目のやり直しに至って、ようやく生徒の中に手を挙げるものが現れた。ちなみに見学している担当の先生は既に苦笑いだ。


「ダメというのは、一体だれが――いえ、何がダメなのでしょう」


「全部。誰がと言われると、そこのイリアさん以外かな」


 彼女を見習え。いい素振りしてるよ?

 まぁもっとも、彼女も最初はまったくダメだったが。

 俺の答えにむっとしたその生徒――緑髪の男子生徒は、「具体的にお願いします。これでは鍛錬になりません」と反論した。


 確かに、言葉で説明するのも大事か……。

 じいさんはその辺がかなり適当だったから、俺も言葉で説明するのは苦手だ。


「簡単に言うと、その素振りは単に棒を振っているのと変わらない」


「……どういう意味ですか?」


「君は今、何のために剣を振ったんだ?」


 俺の言葉に、彼はやはりわからないという顔をした。


「素振りというのは、実戦において、その型を迷いなく、滞りなく、完璧に行うための訓練だ。君のその素振りで、相手を斬れるのか? 斬るとして、どんな相手を斬れるんだ?」


「……それは」


「素振りの一本は相手を斬るための一本。その一本に本気になれないようでは、永遠に強くはなれない」


 ああ、やっぱりうまく伝えられた気はしない。

 俺は彼の手にあった木刀を貸してもらい、前に出た。


 全員の前に出て静かに木刀を構える。いつものように。

 浅く息を吐く。俺が思い描くのは――いつも同じだ。じいさんの姿。俺の一本は、じいさんを斬るための一本で、じいさんを超えるための一本。


 静かに上げ、振り下ろす。

 円を描き、螺旋を描き、回るように、落ちるように。

 力はいらない。速さもいらない。

 ただ落ち、ただ断つ。


 俺が生まれてどれほどの月日が流れたか。

 剣だけはいつも傍にあった。

 これだけが、俺とじいさんを繋ぐすべてだった。


 今日もまた、繰り返す。問い、答え、終わりのない道程いつもを。


 十本を振り終え、こんなものかと没頭しすぎないうちに素振りを終了させた。

 生徒たちを見ると、ぽかんとした顔で俺を見ていた。


「まあこんな感じで。相手が居る想定で、いかに斬るか、どうすれば斬れるか、それを自分に問うのが素振りだ。型は自由にやってよし。でははじめ」


 俺の言葉に、慌てたように木刀を握りなおす生徒たち。

 木刀を男子生徒に返すと、彼もまた慌てて頭を下げ、素振りに戻っていった。


 ……結局、この日は一日素振りだけで終わってしまった。しょうがない。みんな基本それが出来てないんだから。


「ユキト殿」


 二時間に及んだ授業が終わり、全員が疲労困憊で校舎に戻るのを見送っていると、見守っていたダニエル先生に声をかけられた。

 あ、これ怒られるかな。だって素振りしかしてないもんな……。


「見事でした」


「え?」


「あ、いえ。ユキト殿の素振りが素晴らしかったなと」


 そっち!?


「はは、すみません。しかしつい見惚れてしまったのです。ユキト殿には完璧に出来て当然のことなのかもしれませんが……」


「いえ、剣に完璧などありません」


 完璧というのは完成されたということだ。

 じいさんは言った。剣に終わりなどないと。

 ならば完璧な剣もまたありえない。


「どんな訓練だって、一歩、またさらに一歩と進むためにするんです。たとえ進めなくなったって、いつだって道はある。俺はそう教わりました」


 声に出してではなく、その背中で。

 俺がかつて憧れた剣は、もっと、まだもっとと、貪欲に先を求めていた。きっと今こうしている間も。

 だから俺だって、一瞬たりと足を止める暇はない。


「……なるほど」


 ダニエル先生は、満足したように、それか呆れたように笑った。


「先生にはぜひ、剣だけでなく他の生徒も見て欲しいですな」


「すみません、他の武器は剣ほどには」


 俺がじじいから教わったのは剣と体術だけ。でも他の武器にも触れてみたいとは思っている。そこにさらなる成長があるはずだ。

 でも一番やりたいのは魔法かな。

 今は曖昧でしかない魔法を極めれば、俺の剣はもっともっと伸びる。その確信がある。


 それがじいさんと同じ方向かは分からないが……じいさんなら、そんなものを気にするぐらいなら腕を磨けと言いそうだ。

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