#20 ~ 春来たる
ついに、というべきか。
めでたく都市に来てから一か月が過ぎ、初めて講師として学院に向かう日を迎えた。
ちなみに講師としての服には決まりがない。そのため、俺の服はカジュアルスタイルだ。
白のリネンシャツの上に、黒の防刃ジャケットを羽織る。このジャケットはシルトさんの紹介で買ったもので、内側の素材を変えることで季節問わずにも着れるスグレモノだ。
なお、かっこいいからという理由で買った黒いコートがあるのだが、一週間もしないうちにお蔵入りしてしまった。
なぜなら、古都の春はとても暖かかったから。山と町の気候が違うのは当然である。
そして手には魔物の皮繊維で作った黒のグローブ。
これは剣のグリップをよくするほかに、甲の側にはひっそり黒竜の鱗を加工したものが仕込んである。
見た目はごく普通の手袋なのだが、場合によっては攻撃を受け流せるだけの耐久力もあり、また、十分に凶器にもなる。
ただこのグローブをすると、俺の中の中二病が疼いて仕方がない。
でも使いやすいからしょうがないんだ……。
「学院もでけぇな……」
もっとこじんまりしていたものを想像していたが、日本の大学よりも立派な気がする。城かよってレベルで壁が高い。
なんでも、いざという時の籠城先としての機能もあるらしい。さすが軍学校。
面積もクソでかく、しかし校舎は敷地面積の二割ほどしかないという話だ。学院の奥側はほぼ訓練用のフィールドみたいだ。
そりゃ魔法をどっかんどっかん撃ったり、銃や爆弾を使った演習までもあるらしい。でかい敷地が必要だというのも頷ける話だ。
「ユキトさんですね、お待ちしておりました」
門を通り、坂をのぼって学院の前までたどり着いた俺を、ぴしっとスーツを着こなした女性が待っていた。
あれっ、と思う。まさかスーツで来るべきだったのか。
だがその女性は一ミリも表情を動かすことなく、俺を促した。
「学長がお会いになるそうです。こちらへどうぞ」
「あ、どうも」
大丈夫かなコレ? と思いながら、案内されるまま学院を進んでいく。
学院の校舎は、写真で見るお城に似ていた。確かイギリスのケンブリッジ大学がこんな感じだったな。天井は高く、廊下も石畳で、どこか年季を感じさせた。
窓から見えたカフェなんかは新しい感じの建物だったから、校舎だけが古いのか、それともわざとこうしているのかもしれない。
学院は二階建てで、東棟と西棟に分かれている。
東棟の一階が下級生である一・二回生、二階が上級生である三・四回生の教室となっているらしい。
そして今俺がいる西棟には、教職員室や専門科目のための教室や実験室、さらに学内クラブの部室もあるらしい。
また外にも、訓練棟や実験棟、食堂や大型の体育館なども併設されている。
東京ドーム何個分だっていうデカさも納得である。東京ドーム知らないだろうから聞けないけどね。
「こちらです」
案内された部屋は、広く落ち着いた部屋だった。
その奥に、落ち着いた雰囲気の老婦人が立っていて、目が合うと、握手を求めて手を差し出してきた。
「はじめまして、ユキト先生。学長のミレーユです」
「はじめまして。よろしくお願いします、ミレーユ学長」
握手をかわすと、老婦人は俺の思っているよりも力が強かった。
背もすっとしていて……ただ唯一、見逃せない特徴があった。耳が長いのだ。
すわエルフか、老エルフなのか、千年ぐらい生きてそうと思ったが、年齢を探るなといわんばかりにミレーユ学長はにっこり笑った。スミマセン。
「伯爵さまからは噂を聞いておりますよ。なんでも、オーランドさんに稽古をつけておられるそうで」
「ええ、まあ」
そう、あれから一か月、イリアさんには剣を教えている。
彼女の成長は早く、じきに俺の教えることなんてなくなるんじゃないかと思っているが。
伯爵さまからは少なくないお給料頂いてますからね。なんと月に三十万フラウだ。真剣に教えさせていただきましたとも。
ちなみにフラウというのはこの国の通貨単位だ。価値は円とほぼ変わらないか少し高い。月に二十万もあれば十分暮らせるぐらい。
学院の講師としての授業料は四十万フラウ。合計七十万――というわけではなく、イリアさんとの訓練は今日で終わりだ。
他の生徒と不公平になっちゃうし、自分の訓練の時間もなくなってしまうからな。
「たった一か月だというのに、彼女の腕はずいぶん伸びたと担任の先生から聞いております。期待させていただきますね」
「ははは……そこはまあ、イリアさんに才能があるからだと思いますが」
「才能があることと、それを伸ばすことは別のことですよ。私たちはそれを使命としておりますから、特に」
いやあ参ったなアハハ。
なんかミレーユ学長からものすごい熱視線を向けられている気がして、俺としては乾いた笑みしか出ない。
「さて――ではまず、本学院の説明をさせていただきます」
「お願いします」
一応ある程度は聞いているが、断る理由はなかった。
「ここ、ヴィスキネル士官学院では、主に三つのクラスが存在しています。それが戦術科、学術科、工術科の三つです」
それは聞いている。
たとえばイリアさんとレーヴ君は戦術科、シェリー生徒会長は学術科だ。
「剣技教官を専任して頂くわけですから、教えるのは当然戦術科、それも剣術のコースを選んでいる生徒のみということになります」
「なるほど」
全員ではない、ということだ。俺は即座に頷いた。
たとえば槍を使う者が剣を習うことは、無意味ではない。触ってこそ初めて気づくこともあり、もしも剣と戦うことになった場合、それは活きるかもしれない。
しかしそれはあくまで熟練者の話である。
まず自分の得物に集中すべきだ。
「ところでユキト先生は、戦技大会というものをご存知ですか?」
「いえ……」
首を振ると、「そうですか」と学長はうなずく。
「まあそういうものがあり、生徒たちはみな、その大会を目指して研鑽しているということだけ覚えておいて頂ければ」
大会は夏にあるという。
甲子園みたいなやつだろうか?
そんな話、伯爵さまからもイリアさんからも聞いてないが……。
その後、詳しい契約――たとえば守秘義務とかだ――について話をしたり、今月の授業日程をもらったりなどして、話が進んでいく。
一日の勤務時間は長くない。いや短いと言っていい。
ほぼ毎日授業こそ入っているが、剣術しか教えないんだから当然である。
朝と夕方の離れたコマに入っていたりもして、暇の潰し方を考えないとな、と俺は思った。
「それで早速、今日から授業に入っていただきたいと思っているのですが」
「ええ、それはもちろん」
せいぜい給料泥棒と呼ばれないようにしなければ……。
俺が先生と呼ばれるなんて、やっぱり変な気分しかしないが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます