#02 ~ ゆえに、ただ美しく


 自分の状況をようやっと整理して認められたのは、一年が経ってからだった。


(俺の身体は、どうやら赤子になってしまったらしい)


 そして森の中に捨てられていた?のを老人に拾われたというわけだ。


 もちろんどこで生まれて、なぜ捨てられたのかはわからない。

 ただギリギリ離乳食が食べられたのは助かった。


 なぜなら老人に連れられて山の小屋に住むことになった俺に、乳を与えてくれる存在などいるはずがない。

 老人――じいさんが母乳を出せるワケがない。

 前世で言うところの粉ミルクなんてもちろんなかった。


 俺を拾ったジジイは、なぜか山奥に小屋を建てて住んでいた。

 世捨て人、というやつなのかもしれない。

 ものすごく寡黙なジジイで、俺に話しかけてくることは少ない。ただ黙々と、老人は毎日ルーティーンを繰り返していた。


 朝起きる。湯を沸かす。飯を食う。俺に食わせる。外に出る。そのうち帰ってきて、また飯を食う。湯で濡らしたタオルで身体を拭き、そして寝る。


(このジジイ、赤子の面倒の見方なんて知らないだろ)


 ぶっちゃけ、一日の半分も家にいないのだ。勝手に漏れ出す排泄物も、俺は自分でなんとかしなくてはならなかった。

 俺に与えられる飯は豆を潰した謎のペーストだけで、クソマズイ。

 多分コレ、俺じゃなかったらヤバかったんではないだろうか。


 ただまあ、このジジイが助けてくれなければ、俺は死んでいただろう。

 だから俺はジジイを恨んだりしなかったし、「仕方ないなあ」で済ませていた。


 前世の人生において、俺は悪いことを大抵人のせいにしていたから。

 そういう人生は、もう二度と歩みたくない。その想いも大きかった。


 ジジイは俺を助けてくれた。まがりなりにも面倒を見てくれている。

 それに、これが異世界基準かもしれないしな。


 ――そう。俺は異世界に転生していたのだ。

 それを悟ったのは、ジジイに連れられて小屋の外を歩いていたときのことだ。


 遠くにデカいトカゲ――ドラゴンが飛んでいたのである。


(ドラゴンでけぇ! すげぇ! そして怖っ!?)


 赤子。異世界転生。

 そういう小説も、まあ読んだことがあるし、正直心が躍った。この世界でなら俺は何かを為せるのではないかと、根拠もなくそう思った。


(ステータスとかはなさそうですけどね)


 そんな便利なものはない。以上。


 あともうひとつ、最近になって知ったことがある。

 朝のうちに出掛けて夕方かえってくるジジイだが、何をしているのかと思えば、剣の修行をしていたのだ。

 日が昇るうちから沈むまで、ずっと剣を振っていた。


 ――そしてその剣は、美しかった。


 時間も忘れて見とれてしまうほどに。


 だから、これは必然だったに違いない。


「じいさん、俺も剣をやりたい」


 何年か経って、ようやく言葉を話せるようになった俺が、真っ先に言ったのがそれだった。

 ジジイはぎろりとした鋭い目で俺を見て、そして無言で外した。

 無視かよと思ったが、違ったらしい。


 数日後、どこかから持ってきた――後になってじいさんが自分で作ったのだと知った――木刀を、俺に放り投げてきた。

 やたらと重い木刀だった。頭に当たったらどうする!


「行くぞ」


 じいさんはそう言って、俺を外に連れ出した。


 ――そこからは、ひたすらに剣を振る日々が続いた。

 朝から晩まで、俺のルーティーンはじいさんと全く同じものになった。


 剣を振る。ただ振るのではない。じいさんの見様見真似で。


 じいさんの教え方は――まあ、俺の育て方と同レベルだった。

 下手くそに振ったら、頭をコツンとやられる。それだけ。口に出しての指導なんてしなかった。

 でも。それは、見て学べということなのだと、俺は悟った。


(俺も、あんな風に)


 一振りを、ただじいさんに近づけていく。それがひたすらに難しかった。

 そして俺はその完成度を、じいさんに『コツン』とやられる回数で把握することも出来た。


 そんな毎日に慣れて、どれほどが経ったか。

 ついに一度も『コツン』とやられることなく一日を終えたその日、じいさんが言った。


「明日は遠出する」

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