300日目 トレンド(1)

ログイン300日目


「もし、そこのお方。この店のご主人とお見受けします」


 ショップフロアに出て作業をしていると、耳慣れない、けれどどこか聞き覚えのある声が響いた。

 顔を上げた私は息を詰める。

 なんとそこに、絶世の美少女が立っていたからだ。しかも、ここにいるはずのない美少女が。


 波打ち輝くロングブロンドに、清らかで理知的な光を湛えた紺碧の瞳、柔和でありながらも凛とした面差し、佇まい――――――そう、リルステン嬢である。


 彼女は犬猿の仲であるという設定上の理由からか、シエルシャンタと懇意にあるプレイヤーの店には現れないと言われている。実際、私の店を訪れてくれたことは一度もなかった。

 しかしそんな彼女がなぜか今、ここにいる。

 驚きのあまり、私は店内から人の気配が絶えたことに気付くのに一拍遅れた。どうやらいつの間にか、個別イベントモードに移行したらしかった。


 度肝を抜かれて呆ける私に、このゲーム人気ナンバーワンキャラクターのリル様はそっと微笑む。


「今巷で評判のアニマルフードとやら、一つ私もいただきたいのです」


 ……ど、どええええ!? りりりリル様が、あのリル様までもが、アニマルフードをご所望とな!?


 リルステンはツインズのことを良く思っていないようだし、毅然とした性格の彼女がこのような俗っぽい流行に興味を示していることも若干解釈違いではある。

 だがしかーし!

 それもまたよし。このギャップがまたよし。


 NPC相手に奇妙なことではあるが、私は少し緊張しながら、リルステンをアニマルシリーズの陳列棚に案内した。

 いやあ、やっぱ人気ナンバーワンなだけはあるなあって思う。なんかキラキラオーラが半端ないもん。

 さすがのきまくら。といえどキャラそれぞれの“におい”なんてものは用意されてないって分かってるのに、なぜか彼女が歩くたび良い匂いが漂ってる気がするもん。ふんすふんす。

 ……はっ、鼻息が荒くならないよう気を付けないと。


 くだんのメルヘンチックなコーナーにリルステンを連れて行くと、彼女はぱっと頬を染めた。そして白い【ネコフード】を手に取り、おもむろにかぽっと頭に嵌める。

 リルステンは照れ臭そうにはにかんだ。


「どうかな」


 似合ってます! 似合ってますとも!

 私は激しく首肯を繰り返しながら、花を飛ばすスタンプを連打した。


 実のところリルステンには正統派美少女にして真面目清楚なイメージが強いため、こんなファンシーな着ぐるみフードをかぶっているというのには少し違和感がある。

 でもね、そこにきての、この恥じらい顔ですよ。

 そう、品行方正で優等生な彼女がこの浮かれたファッションを憧れと躊躇いのもと勇気をだして挑戦してみるという、そのシチュエーションのもと、素晴らしい画が完成するのです……! これぞ隙のない芸術……!


「似合ってる? そ、そうか、それは良かった。実は、普段こんな格好をすることはあまりないんだ。でも周りの女子達は今みんなこれを着けてるし、可愛いから、私も少し真似をしてみたくって。君に褒めてもらえると、嬉しいな。ちょっと自信が付きます」


 ぃやっほおおおおーーーーい!

 リル様サイコーーーー! サイキョーーーー!


 と、テンション爆上がりの最中さなか。カランコロン、とベルが響く。

 店の入口に目を向けて、私は固まった。


「はあい、ビビア。元気してる?」

「ねービビア、最近あなたのお店、売れ行き良いでしょ」

「私達があの【モーモーフード】、みんなに宣伝しておいてあげたの」

「感謝しなさいよお。……って、」


 ツインズとリルステンの視線が、交錯する。

 私のお腹の底が、すっと冷えていく。唐突に、後ろめたい気持ちが肥大化していく。


 ちっ、違うんだよシエルちゃんシャンタちゃん! 決して、けっっっっして、浮気とかじゃないんだよ!

 確かにね、ちょっとだけ、ちょこおーーーーっとだけ、リル様も可愛いなあでへへ、とは思ったよ? でも、だからといってあなた達を最推しの座から退けるだなんてこと、絶対絶対ないんだからね!

 リル様とはこのとーり、ただの店主とお客様の関係ですんで! お客様にはねえ、そりゃ愛想良くしなきゃいけませんからねえ。

 そこんとこよろしく!


 などと心の中で二人への言い訳を並べ立てるワタクシ。

 そうこうしてる間に、双子の顔にははっきりと敵意が表れていった。但し、その眼差しに籠もっているのは怒りや苛立ちではなく、優越感や嘲笑の類である。

 要するに、とっても意地悪な顔をしていた。それはもう、にやにやと可愛らしく。



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