297日目 ピアノ渋滞(後編)

「私のササ様を、返してくださいいいい~~~~」


 カウンターに顔を突っ伏しおいおいと泣き崩れてしまった赤黒角子さんを前に、私はひたすら困惑していた。

 えっと、『ササ様』って、あのササのことだよね。なんで彼の名前がここで出てくるんだろう。

『返して』って言われても、奪った覚えはないんですが……。


 と、色んな疑問が浮かんではくるものの、赤黒角子さんは泣くことに夢中で話にならない。

 彼女に代わって、説明はバレッタさんが引き受けてくれた。


 まず、赤黒角子さんの名前は[ピアノ渋滞]さんというらしい。何がどうしてそんな名前にしたの?って甚だ謎だけど、まあまあ、オンゲ然りSNS然り、よくあることっちゃよくあることである。


 で、ピア渋さんはササさんの熱心なファンなんだって。プレイヤーにもファンとか付いたりするんだね、びっくり!

 彼女のササ推し歴は、遡ること半年ほど前から始まる。


 ピア渋さんはササの存在は知っていたものの、それまでは全くの無関心、っていうか寧ろ嫌いなタイプのプレイヤーですらあったらしい。


 でもそんなササが、ある日突然和風ファンタジーなイケメンにイメチェンしてきた。そう、私の作った【菖蒲霞あやめがすみの衣装セット】を着るようになり、それがピア渋さんの乙女心にぶっ刺さったのだ。

 以来ササは今までの彼女の推しマティエルをも退け、堂々一位の最推しに昇段することになったんだそうな。


 おお~、これはあの衣装の作り手としては最大の賛辞ってやつだなあ。

 ササにくだんのアイテムを売ったことに関しては、あんなむごいスキルをあんな躊躇なく使える人間に渡してしまったってことで、後悔のほうが大きかったワタクシ。でもそんなふうに感じてくれる人がいたとなると、幾分慰められるというものだ。


 と、一人気持ち良くなっていた私だったのだが、どうやら話はこれでお終い、めでたしめでたしとはいかないようで。


「でも最近ササは、もう一度イメチェンしやがったの。それも、ピア渋にとって最悪の仕方で」


 バレッタさんの鋭利な言葉で、私は瞬時に事情を察した。

「最近のイメチェン」って、だってもう、あれ・・だよね。あれ・・しかないもんね。

 脳裏に浮かぶは勿論、パンダの着ぐるみを纏ってタケノコを生やしまくるササの姿である。

 直近で言えば「この店で買い物をするササ/着ぐるみVer」も更新されている。ニュー!


 いやその、別に悪いことじゃないと思うのよ。だって私、強制したわけじゃないし。

 タケノコ動画の件は確かに、私の頼みでゾエ君に着てくれる人を探してもらってるわけだから、私の意思も介在してると言えばしている。でもそれだって、相手の快い同意があってのことだと思うし。

 ゾエ君も無理矢理あれを着せてあんな動画撮るなんて真似は……あれ? するか? あの子ワンチャンやりかねないか?

 ……まあまあまあまあ、その辺は私の与り知らぬところなのでね。当方に責任はないのですよ。


 それに一昨日彼が、店に入るなり着ぐるみ姿に変じた件に関して言えば、あれこそササの意思で勝手にやってることに違いないですからね。私は頼んでないですよ、一切。


 寧ろ手口としては痴漢と同じと言ったってよい。春先にたまに現れる、女の子の前で猥褻物晒すだけ晒して満足する変な人と大差ないわけですよ。

 つまり私の立ち位置は被害者。偶然私の笑いのツボとササの身勝手な振る舞いの需要と供給が一致したからよかったものの、もし私がピア渋さんみたいな趣味の人だったらば訴えることも辞さないだろう。


 何が言いたいかというと、えー、だから着ぐるみを作ったのは確かに私だけど、あれを着てるのはササの自主的な決定だから。

 私は悪くない。私は悪くなーい!


「別にあんたを責めてるわけじゃない」

「あ、そうですか? ……にしては切れ味バツグンな視線を感じるんですが」

「なに。私の目付きが悪いって言うの」

「そ、そんなそんな」


 とはいえ、私はカーストトップの学級クイーン的オーラを遺憾なく纏うバレッタさんに、強く出ることができない。

 本人は「責めてない」とか言ってるけれど、威圧的なバレッタさんとしくしく泣きじゃくるピア渋さんを前にしては、「責任取れよ」と迫られているようにしか感じられなかった。だから私は、バレッタさんの続く言葉を黙って待つ。


「そこでブティックに、依頼を引き受けてほしいの。渡した金で」

「い、依頼……ですか?」

「そう。作ってほしいの。新たなササの衣装を」

「ササの……?」


 ……なるほど。

 言いたいことは何となーくは分かった。何となーくは。

 つまり二人は、ササにもう一度イメチェンさせたい、と? 確認すると、バレッタさんは「そゆこと」と頷き、ピア渋さんは「お願いしますうううう」と再びカウンターに突っ伏した。


 で、でもさあ、新たな衣装をササ用に仕立てたとして、彼が着ぐるみを二度と着ない保証にはならないと思うのね?

 っていうかそれで言うなら、そもそもササって別に常に【パンダスーツ】着てるわけじゃないよね。だって一昨日うちに来たときも、最初は普通に市女笠の和装姿だったもの。

 ササのことよく目にするわけじゃないから知らないけど、雰囲気的に和装のほうをスタンダードにしてる可能性が高そうだよ。


 ってことはだ、仮に新たにまともな衣装を仕立てても、彼の気分次第で時々着ぐるみになることだって全然有り得ると思うんだ。衣装を作るのは楽しそうだしいいけども、なんかそれって根本的な解決にはならない気がするんだよねえ。


 そう予防線を張る私に対し、しかしピア渋さんは涙を拭い、決意を秘めた眼差しを向けてきた。


「それでもいいんです。っていうか、それならもう、そこまでの話だったんだなって、さすがに諦めが付きますから」

「え? ササが一回でも着ぐるみ着ちゃったらゲームオーバーってこと?」

「じゃなくて、ブティックさんの新衣装でササ様のイメージ更新を再び試みたとして、それでもなお着ぐるみパワーに私の心が負けてしまうようなら、結局そこまでの想いだったんだろうなって。つまりササは私の推しではなかったと、やはりただの害悪きまくら。廃人だったと、納得できるってことなんです」


 ……いいのかそれで。色んな意味で。


「でももしかしたらブティックさんの素敵なプロデュースにより、万が一にでもササ様の麗しさを再確認できるかもしれません。私の乙女ハートが、蘇るかもしれないのです……!」

「責任重大だなあ……」

「いいえ、ブティックさんが気負う必要は全くありません。何せササが私の推しじゃなくなったからといって困ることなんて基本ありませんからね」

「なるほど。確かに」

「何言ってんの、ピア渋と固定パ組んでる私らとしては困るんだってば。ササが推しなのか否かで、ピア渋の遠征へのモチベは大きく変わるんだからね。ブティック、頼んだよ。私らのクラン[ツイストファミリー]の未来はあんたにかかってる。あとこの一千万キマはクランのメンバーから集めたカンパだから。みんなあんたの仕事に期待してるってこと」

「責任重大だあ……」


 バレッタさんの圧に精神を削られつつも、私は頭の隅で算段を付けていた。結論を出すのに時間はかからなかった。

 リクエストを受けるときの、私の基準、優先順位第一位。楽しそうであること、面白そうであること、作ってみたいって思えること。


「じゃあまずご留意いただきたい点として、ササが新たに作った衣装を着るかどうかの保証はこちらでは持てませんので。プレゼントの形にするのかも分かりませんが、衣装を着てもらうための交渉などもそちらでお願いします」

「分かった」

「まあブティックさんの新作だよって言って、受け取らない奴はいないでしょう」

「あと仕立てた衣装がピア渋さんのお目に適うかどうかの保証もできませんので。最悪返金には応じますけど、基本デザインに関する文句は一切受け付けません」

「分かった。文句は言わせない」

「文句は言いません!」


 これは私への新たな挑戦状。

 一度萎えてしまった乙女心を私の仕事で復活させることは、果たして可能だろうか? この命題に対する答えにも、純粋に興味がある。

 リスクを負わないお約束も取り付けられたことだし、さあ、ネクストゲームの始まりだあ~。



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