297日目 ピアノ渋滞(前編)

ログイン297日目


 本日もショップフロアに顔を出すとすぐ、カランコロンと来客を告げるベルが鳴る。さあ、この日最初のお客様NPCは誰かしら?

 扉のほうへ目を向けると、現れたのはほわほわとした銀髪の女の子、テレジアちゃんだった。大きなウサ耳と、耳に引っかけた花冠が可愛いお洒落な女の子だ。


 ……なんだけど、中身は恋多き肉食系女子っていうね。

 その食指は婚約者のいるこの国の王子様にまで伸びているらしい。あな恐ろしや。

 もっとも、こうやって店主とお客の関係で付き合ってる分には普通に可愛いキャラクターである。


 何はさておき今日のテレジアは、カウンターの私のもとまで真っ直ぐに歩を進めてきた。


「こんにちは。ねえビビア。最近シエルとシャンタがかぶってるあのお帽子、私にも譲ってくださらない?」


 シエルちゃんとシャンタちゃんがかぶってる帽子……? え、もしかして【モーモーフード】のこと?

 ヴィティと同じく、テレジアちゃんもあのアイテムに興味を示してくれたんだ。これもシエシャンの新ミッションに連なるものなのかな。


 っていうかこんなふうに、プレイヤーズメイドの生産品がNPCの間で話題になることもあるんだね。

 勿論これはイベントの一環で、実際裏でNPC達が会話してたりっていうのとは違うんだろう。でも想像すると楽しいなあ。

 テレジアちゃん、街中でモーモーフードをかぶるツインズを偶然目撃したのかな? 「あらラブリー! あてくしも同じものが欲しくってよ!」ってなったのかなあ。


 早速アニマルシリーズの棚に彼女を案内すると、テレジアちゃんは真っ白な【ウサギフード】を嬉しそうに手に取った。そしてお会計を済ませ、ほくほく顔で帰って行く。


 そういえばテレジアちゃんって、シエシャンにきつく当たってるアントワーナってキャラの取り巻きなんだよね。だからツインズとは敵対陣営とも言える。

 でもそんな彼女も、双子のファッションセンスは認めざるを得なかったというわけか。

 ふっふっふ、どうよ、モーモーフードによりシエルちゃん達の輝きにさらに磨きをかけたこのワタクシの仕事ぶり。仕立屋冥利に尽きるというものだね。


 と、悦に入っていたらば――――――。


 カランコロンッ。


 ――――――いつもよりやや急いた鈴の音と共に、ショップの扉が乱暴に開け放たれた。


 入ってきたのは二人のプレイヤーだった。

 うち一人は、見覚えのある女の子だ。アイボリーカラーのツインテールとトンボのような翅が特徴的な彼女は、バレッタさん。


 そして彼女の背後に緊張した面持ちで控えるもう一人の女の子は、知らない顔だった。

 真っ直ぐ上へと伸びた赤と黒の角に、豊かな白い髪。朱色の瞳は、所在なさげにあっちへ行ったりこっちへ行ったりしている。

 なんだか外見の迫力と仕草のたどたどしさがちぐはぐな人である。


 そんな彼女はふとアニマルシリーズの棚に目を留めるや否や、どういうわけか呻くような声を上げて顔を背けた。

 え、こんなにキュートなコーナーに対してその拒否反応って、どゆこと? 嫌いな動物でもいたのかなあ。


 それはさておきバレッタさんはというと、私のいるカウンター目がけ、つかつかと威圧的なかんじで歩いてきた。そしてばんっとテーブルに手を置くと、私を鋭く睨み据える。


「あんたに、お願いがある」


 ……ぜ、全然お願いする態度じゃないんですけどおぉー……。


 しかして間を置かず、私と彼女の間にダイアログが出現した。



[バレッタ]さんがプレゼントを差し出しています

→・受け取る

 ・受け取らない


[バレッタ]さんから1,000万キマを受け取りました!



 うええええっ!? 訳も分からず勢いのまま『受け取る』を選択すると、とんでもない大金が無条件に懐に飛び込んできてしまったではないか。

 いやまあ高額スキル付きアイテムを売りに出してる身としては実はそんなに怯えるような額でもないんだけど、大多数のプレイヤーからすればびっくりな数字であるはず。

 バレッタさんバレッタさん、これ絶対何か間違えてるよ! と、私はトレード申請返しにより1,000万を戻そうとするのだが、彼女は受け付けてくれず、そのまま話を進めてしまう。


「もしあんたが引き受けてくれないと言うのなら……今後私は、あんたのことを“ぶーちゃん”と呼ぶ」

「絶対嫌だあぁぁ!」

「……私のことは“ばれちゃん”と呼んでもいい」

「あっ、狡い、自分だけ可愛くして! 私のパターンを適用するなら“ばーちゃん”でしょばーちゃん!」

「ばれちゃんと呼びなさい」


 えーん、酷いよおー。せんせー、カーストトップのギャルが無害な陰キャ女子を虐めてきますうー。

 ……まあ、それは兎も角として。


「『お願い』っていうのは、何なのですか……?」


 この問答を続けていても埒が明かなそうなので、一旦私はトレード申請も引っ込め、話を聞く態勢に入る。

 バレッタさんは小さく頷くと、脇に避けた。そして後ろに控えていた赤黒角子さんを、顎で促す。

 赤黒角子さんはおずおずとカウンター前に進み出、俯きがちに声を絞り出した。


「……さ様を……、私のササ様を、返してくださいいいい~~~~」


 ………………はい?



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