249日目 エルネギー(2)

 穏便な印象を与える方法では決してない、とは気付いていた。ギルドポイントが足りなかったから名義は仕方ないとしても、ゾエ君には宣戦布告の手続きだけしてもらって席を外してもらうこともできたわけだ。

 けどさすがに独りじゃ心細いからと、そのまま居てもらうことにしたのだが……、やっぱ裏目に出たかー。


 因みにこの会合へはリンちゃんも来たがっていて、何なら「圧加えるために他の仲間も呼んでおこうか」なんて申し出まであったんだけど、事前に断りを入れておいた。さすがにそれやっちゃうとね、恐喝じみたかんじになっちゃうのでね。

 まあリンちゃんが心配性なもので、いざというときのため今も彼女とトークは繋いでいたりする。でも、「私が頼まない限り絶対介入はしないで」とは口を酸っぱくして伝えてある。

 エルネギー氏の強硬な態度を前にして、つくづく妹や他の人がこの場にいなくてよかった、そう思う今日この頃である。


「いいぜ、俺は逃げも隠れもしないさ。纏めてかかってこいよ。使っちまったもんはしょうがねーんだ、もうこのスキルは俺のもんだ。だから俺をぼこすことでてめえらの気が晴れるっていうんなら、真正面から相手してやらあ」


 言って彼は挑発するように、大太刀を抜いてこちらに向ける。「三十秒」とゾエ君が呟いた。


 さて、どうしたものかと私は考える。このモードに突入してしまった人には、もう何を言っても届かなさそうである。

 とはいえ、これはゾエ君のアプローチを拒否された昨日の時点で、予想できてた事態でもあるんだよね。だから最初からそのつもりで来てはいるし、何ならささやかな仕込みもしてある。

 よって私は護身具――――【雷帝の美煮炒傘】をエルネギー氏に向けて構えた。


「……分かりました。では話を聞いてもらえるまで、私も真正面から行かせていただきます」


 もし彼のこの態度が、ゾエ君の言う通り、ヤケクソになっているゆえのものなのだとしたら。一回、その厄介なフィルタを外し、冷静になっていただく必要がある。


 じゃあどうしたら落ち着きを取り戻してもらえるか。

 向こうの気が済むまで、向こうのレベルに合わせてやり合うしかない。

 それも、私独りで、である。オプションにゾエ君なんか付けちゃっちゃあ、ネギ氏のヤケクソハートを逆撫でするだけだからね。

 私の拙い脳ミソではこれくらいしか思いつかなかった。


「ゾエ君、手出しはしないでね」

「うい」

「でも私が助けてって言ったら、助けに来てね」

「らじゃ」


 短くも頼もしい言葉ののち、ゾエ氏は舟を漕ぎ始めた。どうやら五分の準備時間が終了し、拠点が開放されたようだ。


 海岸で待ち伏せるネギ氏と、そこに向かってえっちらおっちらと舟を進ませる我々。俯瞰で想像するとちょっと間抜けだし、隙だらけだ。

 しかしまさか本当に二人で来ているだなどとは夢にも思わぬらしきネギ氏は、やたらぴりぴりと緊張した様子で周囲の気配を探っている。


 さあ行くぞ。

 生憎私のプレーイングに個人レベルはそこまで影響しないもので、死に戻りの覚悟なら余裕で決まってる。対人戦に全く自信はないけれど、私、服への執念には定評あるんだからね。


 かくして、一対一の拠点争奪戦が始まった。




「普通に強いですよ」


 エルネギーさんのバトル力について事前に尋ねたところ、ゾエ君はそう語った。


「とにかく基本は押さえてますね。アビ・スキルの回し方とか上手いし、押し退き弁えてるし、バランスいいと思います。ケチ付けるとしたら華がないところっすかね。とにかくその時ティアワンとされる戦術に忠実ってかんじです。あんま変なことはしてこないんで俺的にはやりやすいですけど、ビビアさんからしたら……まあ、雲上人っすかね」


 説明の大部分は何を言っているのやらさっぱりだったのだが、最後の一言のみはとても容易く理解できた。そして実際に勝負を挑んでいる今も、その意味をひしひしと感じているところである。


 襲撃者サイドにとって、この十五分の試合の本来の意義は、拠点のチェスピースを壊すことにある。その目的を果たせれば試合は終了となるので、私も一応はそこを目指す気持ちでゲームに臨んでいた。

 しかし、すぐにそんな甘っちょろいこころざしは捨てざるを得ないことに気付かされた。


 チェスピースを壊すにはまず、ピースの隠し場所を探し当てなければならない。防衛側は場所を知っているが、攻撃側は知らない。

 その時点で大分防衛側に利のあるルールだ。これを補うには多勢で攻めるのが有力手なのだが、私はネギ氏のヤケクソハートに配慮を示すがゆえそこに縛りを設けている。

 どうやったって彼の妨害に対処するので手一杯。チェスピを探してる余裕だなんて一秒足りともなかった。


 そして当然ながら、マンツーマンで対峙するネギさんの強いこと強いこと。且つ私の弱いこと弱いこと。

 雷帝だのピーナツ女だの恐れられたことも確かにあった。けど基本私のプレーが上手く嵌まったのって、能力スキルが知られてなくて対策されてなかったイコール運が良かったか、他の人のサポートがあったかのどちらかだからね。

 今回は新技とかなーんも用意してきてないし、手の内もエルネギー氏には把握されているかんじがある。


 そもそも私の作った流離い衣装のせいで、まず雷技レオニドブリッツは通んないでしょ。

 んで彼は【老獪ろうかいなる花板】なんていう料理人ナンバーワンの老師でありながらも、本職はばりばりの狩人だという。つまり基礎となる遠征ステータスが高いので、ザコガリに打ってつけの【グラウンドナッツ】も大して刺さらない。

 究極の運ゲースキル【散傘倍返し】は成功しないし、これらを削がれた私なんてね、ネギ氏にとっては一匹の仔猫ちゃんブーツキティに過ぎませんよ。


 必然的に私の目標は、「チェスピの破壊」から「ネギ氏の[耐久]に一撃でもダメージを加えること」にシフトしていった。ダウンしてはリスポーンして再挑戦、ダウンしてはリスポーンして再挑戦の繰り返し。


 因みに先に述べた『ささやかな仕込み』というのは、このリスポーン地点に関することであったりする。

 秘境エリアで行動不能になり、且つそのエリアにプレイヤーが拠点を持っていると、リスポーン場所が自分の秘境拠点になるんだ。

 それで昨日、急ぎで追加のチェスピース&チェスボードを取りに行って、ネギ氏の秘境拠点に近い場所を占有したの。こうすればダウンしてもすぐゲームに復帰できるからね。


 それは本当にささやかな・・・・・工夫。

 とはいえ繰り返し挑戦できるお陰で、次第にこの試合への私の観察は研がれていった。ゾエ君の解説に対する理解が深まった、とも言える。



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