249日目 エルネギー(1)

ログイン249日目


 エルネギーさんの秘境拠点は、昨日まで私が所有していたネビュラツリー区画の随分近くにあった。

 ゾエ君曰くネビュラツリーへの行き来をスムーズにするため、近い場所を占有するプレイヤーが多くいるんだって。だからこの辺の海域、こんなに大人気だったんだな。

 そしてエルネギー氏もまた、ネビュラガチャの効率化を図った者の一人なのだろう。


 ボートでネギ氏の占有地まで漕ぎつけたゾエ君は、後ろに乗る私に視線を向ける。それに頷くと、彼は虚空に指を滑らせた。

 きっと今、【宣戦布告】の手続きをしてくれてるんだと思う。

 っていうのも、宣戦布告に必要な2,000GPを私が持ち合わせていなかったから、ゾエ君が代わりに払ってくれることになったんだ。ほんといつもお世話になってます。


 ……いや違いますよ? さすがに安易に仕返ししに来たとか、そんなんじゃありませんよ?

 私はただ、“お話し合い”にやって来ただけなのです。


 ゾエ君がネギさんとはオトモダチだっていうから、ほんとは彼を通してやり取りすれば済む話だったんだけどね。なんか、交渉を持ちかけようとしたらフレ解除されちゃったらしくって。

 私としてはその時点で、「あーこれはもうどうしようもないのかなー」って諦めモードだった。でもゾエ君は「あいつ性根捩じれまくってるんできっとヤケクソになってるだけですよ」って言うの。


 ……うん、なんかゾエ君は多分「だからちゃんと向き合えば分かり合えますよ」みたいなノリで言ってくれてるんだけど、『性根捩じれまくってる』って口にしてる時点で不安しか感じないよね。

 性根捩じれまくっててヤケクソになってる人に期待できることなんて何もないのでは? そう突っ込みたくなる私は心が狭いんでしょうか。


 しかしフレンド解除までされたにも拘わらず、彼はネギさんのことをこうも高く買っているらしい。何だか水を差すのもなあと思った私は、結果何も言えずここまで来てしまったのであった。


「残すコミュニケーションツールは一つ。宣戦布告しかありませんね」


 それもまたどうなのって思ったけど、以下同文である。


 ゾエ君て話しやすいし基本大らかな性格なんだけど、スイッチ入ると妙な圧があるんよ。きっと彼はばりばりのオタクだと周囲に認知されつつも、なぜか常にカースト上位を保持できるカリスマ性を持ち合わせてるんだろうな。

 我、ここに陽キャと陰キャの壁を感ずる。訳、逆らえない。


 とはいえ、ここまで来てしまったからには私も腹を決めている。やるべきことは分かっている。

 私は相手から姿が見えるよう、ボートの上に立った。


 因みに一夜明けた本日決行に至ったのは、昨日お伺いしようとした時点でエルネギー氏がお留守ログアウトになってしまったためである。彼がいないんじゃ訪ねる意味がないし、そもそも宣戦布告って相手がログインしてなきゃできないっぽい。


 まあそりゃそうか。リアル仕事中に宣戦布告されてて全く気付かぬ間に拠点乗っ取られてた、とかなったらさすがに理不尽過ぎるもの。

 逆のパターンで占有したきりログインしない、なんてのも迷惑行為となり得るのだけど、こっちはひと月以上ログインしてないと自動的に占有地取り上げっていうルールで対策しているようだ。


 ネギ氏の占有地は、昨日まで私の拠点だった区画と似たような構成になっている。小さな島の一角と浜辺、そしてそこから広がる海域の幾らかが、彼のテリトリーのようだ。

 やがて島の奥の茂みから、人影がぬらりと現れた。

 青のメッシュを入れた黒髪に、背中に差した大太刀と脇差。

 間違いない。この土地の主、エルネギーさんだ。


 鷹揚に浜辺へ歩いてきた彼は、ご丁寧に【流離い傭兵の衣装セット】を身に着けていた。

 もうさ~、この時点でイイ性格してるのが諸に出てるよね~。盗んでった服をちゃっかり堂々着ちゃってさ。

 装着アイテムは見た目だけ違うものに変えることもできるんだから、こんなの煽り以外の何物でもないよね。


「ひははっ、ネギの奴意地になってら」


 ゾエ君が金色の瞳を怪しく光らせてにやにや笑っている。君はいつも楽しそうでいいよねー。


 でもエルネギーさんの姿は、私の胸に小さな期待を灯らせるものでもあった。

 結社の人達曰く、昨日は【走馬灯】の発動はあれど、【ヴィラネル】が発動した形跡は視認でもログでも見られなかったそうだ。

 つまりヴィラネルが付いているほうの服、今ネギ氏が身に着けていないほうの服――――【異邦人の衣装セット】は、まだ未使用の可能性がある。

 仕返しなどに興味はない。私は今日、あれを取りにやって来た。


 あと三分。ゾエ君がそう呟いたのと、ネギさんが挑発的な笑みを浮かべて首を傾けたのは同時だった。


「よく来たな。雷帝」


 そんな呼びかけに、後ろを振り返ってしまったワタクシ。

 あ、それ私のあだ名か。一拍遅れて思い出し、慌ててネギ氏に向き直る。

『ブティック』はさすがに慣れてきたけど、この呼ばれ方はまだ慣れない。いや、別に慣れたくもないんだけど。

 うーん、イメージを雷で固定されないよう、別属性のスキルでも取ろうかな~。そんなことを頭の片隅で考えつつ、私は今日来た目的を単刀直入に告げることにした。


「エルネギーさん、宣戦布告なんて形を取らせてはいただきましたが、私はあなたと戦うつもりはありません。私は話がしたくて来ました」

「てめえらと話すことなんてねえよ」

「それがこちらにはあるんです。エルネギーさん、あなたが今着ている流離い傭兵の衣装セットの隣に飾ってあった服――――異邦人の衣装セットを知りませんか」

「さあなあ。どうだろうなあ。俺は馬鹿なんで、昔のことはすぐ忘れちまうんだ」

「もしあなたがあれを所持していて、まだ未使用なのであれば……返していただけませんか? その代わりと言っては何ですが、流離い傭兵の衣装についてはとやかく言わないことにします。というのも、元々それはエルネギーさんのために作ったアイテムなので」


 すると、エルネギー氏は一瞬不遜な笑みを引っ込め、怪訝そうに片眉を上げた。お、ちょっとは話をまともに聞いてくれるようになったかな?


「『雷ダメージ無効若しくは雷ダメージ吸収の服』、そんなリクエストを以前くださいましたよね? それにお応えしたものが、そちらの衣装になります。デザインもエルネギーさんをイメージして仕立てたんですよ。エルネギーさん、ファンタジーにアジアっぽいテイストを混ぜたものが好きなのかなと思って。でもあなたは納品を綺麗に無視してくれましたけど」

「納品? 知らねーな。確かに雷無効のアイテム依頼を出しはしたよ。あんたの【レオニドブリッツ】がウザかったからなあ!」

「え!? あれ私対策だったの!? それを私自身に頼むとかめっちゃ嫌味じゃん!」

「ったりめえだろ嫌味なんだから!」


 がーん、と私は軽く落ち込む。ショックのあまりつい口調を乱してしまった。

 何だよそれ……私そんな嫌味リクエストに対して素直に真剣に取り組んでしまったのか……。


「とにかく流離い傭兵の衣装はそのまま差し上げます。だからエルネギーさん、異邦人の衣装のほうを返してください。あれは他の人のリクエストで仕立てた、プレゼント用のものなんです」

「ごちゃごちゃごちゃごちゃうるせーな。どんな御託を並べようと、あんたの意図は分かってんだよブティック。宣戦布告と、そこにいるゾエがすべてだ。どうせ他のお仲間も隠れてんだろ? ったく、ちょっとオトモダチが多いってだけで調子に乗りやがって」


 ああ、やっぱそこ引っかかっちゃうか……、と私は悩ましい気持ちになる。

 いやそうなんだよねー。私はゾエ君と一緒にここへ来ていて、しかも相手を引っ張り出す方法が宣戦布告、その宣戦布告の名義もゾエ君なんだよねー。



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