238日目 クイーンビー(2)

 関門を潜り、大樹フィールドのスタート地点にやって来た私達三人は、早速【クイーンビーKING】の眷属【ナイトビーBIG】を探すことにする。

 因みに大樹の遠征ゲームは、NPパーティ含む個人での参加とプレイヤーどうしで組むPパーティ参加でそれぞれ分かれているらしい。よって今私は初のPパーティ部屋にいることになる。


 なぜか私達には物珍しそうな、或いは怪訝そうな視線がちくちくと刺さってくる。

 あ、そっか。きっとレア幻獣ストービーの嵐丸君がいるからだね。

 ふふふ、可愛いだろう、どやあ。まあ私のペットではないんですけど。


 しかしいくら嵐丸君が興味深かろうとも、やはりこの部屋にいるそれぞれのパーティはライバルどうし。そして我々以外のプレイヤー達には、樹上の宝箱を誰よりも早く開けるという揺らがぬ目的がある。

 彼等はすぐに散開していった。


 まあそちらがそちらならこちらもこちらでマイペースにやらせてもらいますかね。

 というわけで、私達はナイトビーを求めててくてく歩いていく。


 因みに虫嫌いの竹氏、ストービーもそうだし虫がわんさか出てくる大樹フィールドに来てて平気なの? そも、今回の目的だって蜂幻獣に会いに行くというものだし……。

 って思ってたんだけど、彼はばっちり“チャイルドパッチ”とかいうアプリを装備済みだそうだ。これを起動することによって、すべての幻蟲は幼児向けデザインなちょうちょさんに変換されて視えるらしい。

 この抜かりなさ、どうやらほんとのほんとに虫が嫌いな人のようだ。


 そんな会話をしつつ五分ほど探したところで、盾と剣を手にしたハチさんを見つけることに成功した。

 すかさず竹中氏が【八方美人オルサイズビューティ】を発動してくれる。これで幻獣学を持っていない私達も、幻獣の言葉を理解することができるようになった。


 かくしてナイトビーとストービー、二人の会話が始まった。

 蜂達が「びーびー」鳴くのに合わせて、視界スクリーンの下のほうには翻訳された文章が表示される。一昨日来たときはあんなに素っ気なかったナイトビーが、今回は別の反応を見せてくれたようだった。


『おお、おまえは山を越えた先の密林の国の同胞か……! 嵐を呼ぶ兄弟、会えて嬉しいよ』

『主を守る忠実なる兄弟よ、健勝そうで何よりだ。女王陛下の具合はいかがか』

『何、体はすこぶる元気なのさ。今年もお子を沢山出産なされた。しかし浅ましい人間どもに巣を穢されて以来、すっかり気持ちが参っちまってる。あれから引きこもってばかりさ』


 と、朗らかな雰囲気で邂逅を喜ぶ二匹。しかしナイトビーのほうはふと私達のほうを見遣り、一瞬口を噤んだ。


『おいおまえ、この汚らわしい奴等は誰だ? おまえ、こんなのと行動を共にしているのか?』

『まあそう言うな。マトゥは良い奴で気に入ったから、一緒にいることにしたんだ。あの事件のことは俺も聞き及んでいる。気の毒なことだとは思うが、人間だからって全部一緒くたに敵視するのは間違ってると思うぜ。それに鹿のあいつは地の底の王の使いだそうだ、滅多なことは言っちゃいけねえ。女王陛下の外聞にも関わる』

『何? 地の底の王だと?』

『ああそうさ。今日俺等は彼のお方から女王陛下への手紙を預かってきたんだ』

『なんと、それは真か』

『だから兄弟よ、どうか俺達を陛下に会わせてくれやしないか?』


 しばし押し黙るナイトビー氏。彼は迷う素振りを見せつつも、やがて慎重に口を開いた。


『……分かった、伝えよう。ただし謁見を許すかどうかは、女王陛下次第だ』

『恩に着るよ兄弟』


 お~っ、新展開きた~っ。

 私と竹氏とマト氏は互いに顔を見合わせ、にやにやする。


 程なくして景色が変わった。個別イベントモードに入ったようだ。

 或いは、ハチさんどうしの会話が始まった時点で既に個別モードだったのかもしれないけど。周りに他のプレイヤーがいないから分かんないんだよね。


 恐らくここは大樹の洞のどこかなのだろう、薄暗い空間だった。ぼんやりと光を放つキノコがそこら中に生えていて、広い空洞内を照らしている。

 壁にはところどころ、六角形を象った穴が規則的な模様を成して並んでいた。まさに蜂の巣のあれだ。

 そして奥には一際大きな、紫色のキノコ。その傘を屋根にした天然素材の玉座に、ナイトビーの女の子バージョンみたいなハチさんが座っていた。


 綺麗とか優雅というよりかは、かなり可愛い寄りのキャラデザだ。

 ぽてっとしててぷくっとしてて、サイズもナイトビービッグと同じ50センチくらいの背丈に見える。長い髪と長い睫毛、頭に載った大きなティアラが特徴的で、虫と獣と人間を足して三で割ったような見た目をしていた。

 キュートだけど、きらきらと輝くパーティクルを放つ姿は神秘的でもある。


 間違いなくあの子が女王様なんだろう。どうやら私達は謁見を許されたようだ。


 私は手紙を差し出そうと彼女に近付く。しかし途中でナイトビーに阻まれてしまった。


『女王陛下はまだお主等に心を開いてはおらぬ。まずは貴殿が本当に地の底の王の使いなのか、証拠となる手紙を渡してもらおう』


 よってモグマからの手紙は、ナイトビーを介してクイーンビーさんのもとに届く。それまで一切私達と目を合わせなかった女王様だったが、手紙を読むとふいに顔を上げ、「びーびびー」とやや高い声で鳴いた。


『なるほど、どうやらあなた方は本当に地の底の王モグマの使いのようです。これまでの無礼をお許しください。……とはいえ、やはりわたくしは人間は苦手。客人よ、できればその場にとどまり、わたくしの話をお聞きください』


 まあ仕方ないよね。女王様の不興を無闇に買いたいとも思わないし、私は彼女と一定の距離を空けたところに立った。


『この手紙の内容を、あなた方は知っていて?』

「いえ、知らないです」

『そう。どうやら地の底の王モグマは、外の世界に強い好奇心を持っているようです。しかし彼の瞳は日光に弱い。彼は地上で長時間活動することができません。そこで彼は考えたようです。この世界に地下通路を張り巡らせて、自らの世界を広げてしまおうと』


 へえ!? モグマさん、あんなフィジカルだけ強そうなゆるい外見しておいて、色々ちゃんと考えてるひとだったんだね。


『この書簡は、彼の住処【銀河坑道】からここ【ヒメカゲタイジュ】に至る地下道を開通させてもよいか、その許可を求めるものでした。わたくしは彼の野望には共感いたしませんが、彼の探求心と行動力には敬意を覚えます。よってあなたに、地下道の開通を許可する書簡を託しましょう』


 そう言うと、女王様はナイトビーに文机ふづくえの用意をさせ、そこでさらさらと手紙をしたためる。白い封筒に収められたその書簡は、ナイトビーを通して私の手に渡った。


『さあお行きなさい、地の底の王の使いよ。地底の王は気性が荒いですが、一度その懐に入ることができたならば、情が深く頼もしい存在となるでしょう。きっとあなた方を遥か彼方まで導いてくれるはずです』


 クイーンビーのそんな言葉を最後に、私達は元のきまくら。ワールド――――人で賑わう関門前まで戻ってきた。

 私達は口々に、試みが上手くいったことを喜ぶ。


「すごーい! ほんとのほんとにストービー君でいけちゃうなんて!」

「いやブティックさん、あなたさすがですよ。正直最初はそんな上手くいくとも思ってなかったんですけど、ブティックさんならワンチャン面白いことありそうくらいなテンションで付いて来たら……」

「まさかうちの嵐丸がこんな形で活躍するとはねえ。クイーンビーと嵐丸の絡みも見れてよかったよ。ああいうの若い人は何て言うんだっけ? ほら、けだかい? みたいな?」


 えっと……多分“とうとい”、かな……?



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