212日目 同盟(10)

 今後の方向性が決まったところで、私は身を翻し、砦の内部へ舞い戻る。


 いずれにせよ今私とバレッタさんにできるのは、“なるべく現状を維持しつつ味方の到着を待つ”ということだ。

 味方というのにはチームメンバーは勿論のこと、まことちゃん達も含まれる。彼等が来てさえくれれば、この流れは変わるだろう。

 それまでの間敵がチェスピースのある部屋を突き止めるのをどうにか阻止する、或いは奪われてしまったとしてもチェスピースを所持するプレイヤーが遠くへ行かないよう、何としてでも茶々を入れなければ。


 しかし現場へ走る途上――――敵の話し声や破壊音がいよいよ近付いてきて、物陰に隠れるバレッタさんの背中を見つけたその時、ワールドアナウンスが入る。



ルイーセチームがテファーナ領の第六エリアを攻略しました!



 ぐ、と私は唇を噛む。

 ルイーセチームというのは、イーフィさんがリーダーを務める陣営だ。やられてしまった。

 やっぱり、覚悟していたとはいえ、自分のいる砦のピースを奪われてしまうというのは結構な精神的ダメージが入るなあ。


 でもまだまだ。さっきうちのピースを盗んだちょんさんがその直後あっさりピースを失ってしまったように、ここからだって巻き返すチャンスはいくらでもあるんだから。


 自分を奮い立たせるという意味も込めて、私はまずは一発、物陰から【レオニドブリッツ】をお見舞いしてやった。

 此度の試合はチームメンバーへのフレンドリーファイアは無効と設定されてるんだけど、オルカチームのまことちゃん達はシステム上味方としてカウントされないからね。彼等が近付いてくるその前に、打てるものはさっさと打っておこうという考えだ。

 どうせ一回使ったらしばらくはクールタイム上がらないわけだし。


 もっとも【マグネティック・フィールド】による効果上乗せはしていないので、威力はそこそこといった程度だろう。敢えてバフ掛けをしなかったのは、バレッタさんのプレーに影響がでるのを防ぐためだ。

 彼女は自身の所持するスキル【ローブ・ドゥ・マリエ】――――自分に光属性を付与するスキルだ。私が作った服に付いてたやつだね――――に合わせた立ち回りを構築しているようだし、彼女の眷属獣の中には水属性の子もいる。

 みだりにフィールド属性を変えてしまうと逆に味方の足を引っ張ってしまうので、マグネティック・フィールドの使用は控えた。


 とはいえこのスキルは見た目が派手なのでね。ご挨拶された敵陣営からは少なからず動揺が窺えた。


「これは……雷帝の顕現か!?」

「やはり姿が見えなかっただけで近くにいたか!」

「落ち着け、雷帝は遠征能力は実質大したことないと聞くぞ」

「いや、油断は禁物だ。舐めてかかったやつが今まで何人痛い目を見てきたと思ってんだ……!」


 バレッタさんのそばで様子を探りつつ、私ははて、と首を傾げる。

 連中どうやら、『雷帝』とかいうツワモノプレイヤーがやって来たと勘違いしているらしい。多分その人もレオニドブリッツの使い手で、だから雷帝なんぞというゴツいあだ名が付いてるんだろう。


 因みに私の持ってるこの傘にも【雷帝の美煮炒傘】なんて名前が付いていて、騒いでる敵チームには何気に名付け親たるビス子さんも混じってるんだけど……いや、ないない。まさか私のこと言ってるなんてそんなわけ。

 私にあんなふうに恐れられる謂れはないし、舐めてかかってきた奴を痛い目に遭わせた覚えもないもの。っていうか私にそんな一目置かれるほどの力があったなら、この事態をもっと早くどうにかできていただろうしね。


 と、ニヒルな気持ちになりつつも、とにかくこれはチャンスだ。混乱を誘えたということは、隙が生まれたということ。

 バレッタさんはすぐさま眷属獣に指示をだし、攻撃を開始する。

 私も傘で援護射撃したいところだけど、それだと位置が即ばれてしまう。こんな状況なので特攻覚悟もまあアリだろうけど、その前にできること、何かないだろうか?

 ……そうだ、陽動作戦としては、あれ・・もいけるかもしれない。


 私はこちらから見て一番近くにいたプレイヤー――――図らずもそれはビス子さんだった――――を指定して、スキルを発動した。


 ――――――【グラウンドナッツ】……!!


 ……ん? 私がスキルを発動するその直前、彼が仲間を攻撃していたように見えたのは気のせいだったろうか?


 妙な違和感は兎も角として、思惑は上手く嵌まった。

 敵チームの間にどよめきが走る。彼等の目線は、ビス子さんの頭の真上だ。


 ところでみんな、『グラウンドナッツ』って何のことか知ってる?

 和訳すると『落花生』らしいよ。つまりずばりそれは、“ピーナッツ”!

 そう、スキル発動によりビス子さんの頭上に現れたのは、巨大なひょうたん型の殻にくるまれたピーナッツ。人の体ほどの大きさがあるそれは真っ直ぐにビス子さんの頭に落ちてきて、ぱっかーん!と景気よく二つに割れた。


 このスキルの効果は『装着効果・アビリティで加算されている』分の[耐久]を削るというもの。

 そもそも何も装備していない幻獣には使っても意味ないし、準備フェーズ中ちょっかいかけてきたプレイヤーに試し打ちしたときも、あんまダメージを与えられてるかんじはなかった。

 だから効果そのものには然程期待してなかったんだけど、この派手で意味分からんエフェクトは視線を集めずにはいられないでしょ?


 案の定ビス子氏を見つめる敵陣営の頭上には、軒並み「?」マークが浮かんでいる。その一瞬の隙を突いて、バレッタさんが攻撃を仕掛け――――――るその前に、声が響いた。


「――――――【アンブラ・アンブレラ】」


 直後、今度はビス子さんのみならずもっと広い範囲を黒い影が覆う。そしてぼたぼたと、天井から禍々しい黒い雨が降り注いできたではないか……!

 黒い雨は敵チームのみならず私やバレッタさんにも効果を及ぼす。ひい~、これが噂に聞く凶悪なる広範囲ダメージサブスキル!

 げっ、しかも[火傷]状態になっちゃった! これ一定時間スキルが使えなくなるし、定期的にダメージ入るしで、なかなか厄介な異常効果なんだよね。


 あれ、っていうかいつの間にかビス子さんいなくなってる。

 今の黒い雨でないなっちゃったか! 恐ろしや~。


 さてはて、予期せぬスキルの連発にすっかり落ち着きを失ってしまったらしき敵チーム。ざわめく彼等の視線の先には、私も見知った顔があった。


「かかかか、環奈さん!?」

「黒雨は打たないって約束やったやないですか!」

「それ、俺等にまでダメージ入るんですから! ビス子の奴かわいそうに送還されちまったよ!」


 味方からの糾弾を浴びる黒衣の娘――――環奈さんは、けれど動じず、冷めた目で彼等を見回す。


「見ていましたよ、ちゃんと。先に我々を攻撃しようとしたのはあなた方です」

「ふむ。まずはルイーセ軍に一つ目のピースを。それを以て信頼に足る者の証としようとそう言いだしたのは貴様等のほうだったというに、こうも安易に誓いを違えるか。まったく嘆かわしいことだ」


 環奈さんの隣に進み出たイーフィさんも、周囲に睨みを利かせ、芝居がかった動作で溜め息を吐く。

 気付けば、団結してうちの拠点を制圧していた連合軍は、もはや一つのチームではなくなっていた。

 イーフィさんの側と、エルネギーさんの側。今、両陣営の間には、物理的にも心理的にも、はっきりと溝が生まれている。

 この状況はつまり――――――。


「おいおい、言いがかりはよせよ。うちがおまえらを攻撃したって? どこにそんな証拠があるよ」

「証拠は後で提示しよう。ミナシゴが録画しているから、そちらでな」

「へへ、状況は常に変化してんだ、柔軟に対応してかにゃならんのよ。おめーらが存外に仕事のできない連中だったせいで、一個の拠点制圧するのにもこんな時間がかかっちまった。これじゃあもう二個目を攻めに行く時間はねえ。そのピースは俺等に寄越せ」

「……おまえを信じた俺が馬鹿だった」

「ああその通り。ばーかばーか!」


 ――――――仲間割れ……!


 そうして勝手に二つのチームがうちで喧嘩を始めたところに、まことちゃんチームが到着する。

 あとはもう、お祭であった。



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