212日目 同盟(4)

 端的に言うと、まことちゃんとマユさん――――二人の目的は我がチームへの協力依頼だった。

 まことちゃん属するオルカチームの陣地は、テファーナ領の南東に位置する【喧噪の密林】全体。マユさん属するクリフェウスチームの陣地は、テファーナ領の南西に位置する【沈黙の都】と【レーチエ】の町。

 どちらもうちと縄張りが隣接している陣営である。


 協力依頼と言っても戦力を求めているわけではなく、要は停戦協定を結びたいみたい。

 両陣営は各々、まずは南側に攻撃を仕掛ける予定だそうだ。マユさんはヨシヲの縄張り【ヒメカゲタイジュ】方面を、まことちゃんはめめこさんの縄張り【ムラクモヤマ】方面を攻めたいとのこと。

 そうすると当然北側、つまりうちへの対応が手薄になる。それでテファーナチームにはさらに北側――――つまり狂々さんの縄張りである【静けさの丘】方面を狙ってもらって、一旦この三チームは喧嘩しないようにしようという、そういう提案だった。


 悪くないんじゃないかな、と私は思う。っていうか地図上から見た状況だけで言えば、理想的な同盟とも言える。


 うちの領地は全体から見ると真ん中左端に位置してるんだけど、横に長い形をしているので結構色んなところから狙われやすい場所なんだよね。

 隣接しているマユさん、まことちゃん、狂々さんとこの三陣営は勿論のこと、緩衝地帯を挟んでいるとはいえ東側からの攻撃も警戒せねばならない。


 実際私としても当初、北か南かどちらかとは手を組みたいと思っていたところだ。それを蛮族事件により諦めそうになってたところでの、この渡りに船。

 元よりどこから協力依頼が来たとしても全力で尻尾を振る予定だったし、乗らない手はない。


 まあね、これが策略で実はまことちゃんとマユさんが二人で組んでうちを陥れようとしていたとか普通にありそうだし、そうでなくともどうせこれからどっかのタイミングで裏切りは入るだろうけどね。

 でも、貴重な密談時間の最初の話し相手にわざわざうちを選んでくれたのだ。それなりに信頼に値する挙動だと思うし、こちらもとりあえずは誠実に応えようと思うよ。


 そうして一発目の話し合いは平和裏に終了し、マユさんはそそくさとその場を後にする。

 何でも既に他のところからお呼び出しがかかっているそうだ。その相手が狂々さんで、うちを挟み撃ちしようぜ、なんて同盟が結ばれることだって往々にしてあるんだろうなあ。

 悪い想像はいくらでも浮かぶけど、そういうところからしても、そもそもこのイベントって運ゲーなのよね。だからま、それならそれでドマってことで。


 開き直りつつ、私もまことちゃんにいとまを告げる。すると彼は「ブティックさん」と呼び止めてきた。

 彼は真っ直ぐに私を見つめると、おっとりした雰囲気にはそぐわぬ力強い口調で宣言する。


「僕のチーム、この試合中でブティックさんのところだけは裏切らないので、そこのところよろしくお願いします」

「え。あ、はあ……」


 ストレートな言葉に、けれど私は曖昧に言葉を濁す。

 そんなこと言ったって、このゲーム、勝ち負けがはっきり存在するもんなあ。

 一位を狙う限りは絶対どこかで敵対は必須だ。じゃなければ、勝利を放棄することになる。


「はい。僕は今回のイベント、一位は別に狙ってません。他に目的があります」

「そうなの? それならまあ、分からなくはないけど」

「その目的は今はまだ伝えないでおくことにします。……が、それを果たす上で是非、ブティックさんに協力してもらいたいと思ってるんです。よってまずは僕のほうから誠意を見せたいと思います。僕はあなたを裏切らない。これからの動きで、そこを判断してもらえればと思います」


 ふーん、そうなんだ。ってなると有り得そうなのは、最初から中位狙いであるとか、イベント最後まで生き残ることが目標であるとか、そんなところかしら。


 このイベント、一位が一番美味しいのは勿論なんだけど、それ以外の順位や最後まで生き残れるかどうかといった点でも報酬が大きく違う。

 チームの面子とかで「こりゃ優勝は無理だな」って最初から見切り付けてるんであれば、まことちゃんの発言も納得ではある。


 まあいずれにせよ、私のやることや心構えは変わらないけどね。

 ゲームという不確かな舞台でなされる不確かな約束事に頼りきることはできない。あまり他人の発言に振り回されず、自分で考えて自分で決定しなければ。


 とにかく密談部屋で虐めが発生しなかったのはよかった。私は安堵しつつ、元の拠点に戻ったのだった。




 その後私は二人のチームリーダーと軽い話し合いをして、密談フェーズを終えた。最後のお相手は狂々さんときーちゃんだ。


 まこマユさん達との密談を終えた時点で、既に時間は半分経過していた。

 一応申請のあったリーダー――――無論ヨシヲとササ以外である――――に順番に承諾を返していったんだけど、この時分だともう他のところと会話中ってところが多くって、辛うじて連絡取れたところが狂々さんだったわけ。


 まあ私の中でこことは敵対が決定してるんだけど、情報収集や牽制の意味も込めて接触しておくことは大事だと思っている。

 そこで成された会話がいかなるものであろうとも、余所から見たら「コンタクトを取っていた」っていうその事実だけでもちょっと怖いと思うから。


 実際の密談内容はというと、向こうも急いでいたようで、ほんとに表面的な会話ってかんじだった。

 狂々さんは「自分は北と西に攻めるつもりでいるからお互い干渉しない方向性でいこう」って言って、私も「はい分かりました」って答える、ただそれだけ。

 会話の終着点自体はまこマユと交わした協定と全く同じだ。けれど味気ない対応であるとか、この対話に時間を割こうとしていない姿勢であるとか、お互いお察しなんだろうな。


 シルヴェスト陣営のリーダーきーちゃんには、私から密談申請を送ってみました。もはやここにはあんまり求めるものとかなくて、時間が余ったから挨拶がてら情報収集ってかんじ。

 マップ北西端に位置するダナマスを有するきーちゃんチームは、ササ率いるアンゼローラ陣営、[ちゃり]さん率いるライリー陣営と手を組んで、三国に挟まれた[YTYT]さん率いるエリン陣営をぼこぼこにしに行く予定らしい。

 とりまエリン拠点を壊滅させて、三チームで美味しく三等分するんだってさ。こわ。


「うち端っこだから、駆け引きで強気に出ることができないんだよね。ちゃりさんとこもササのところもプレイヤーそのものが手強いっていうのがあって、敵に回せないの。生き延びるのだけで手いっぱい。わたさんには悪いけど犠牲になってもらうよ……」


 なるほど。真ん中は真ん中で気を回さなきゃならないことが多くて大変だけど、端っこは端っこで選択肢が少なくて大変なんだな……。

 けどこういう盤面で切り捨てるべきところをさくっと切り捨てる辺り、きーちゃんだなって思う。この子結構ドライなとこもあるし、ゲームというものには正面から取り組んでるのよね。

 きーちゃんが本気で楽しんでるっぽいし、私も本気で楽しもう。


 と、励みを得ると共に、こういったやり取りから得られたものがもう一つ。それは狂々さん、9割方うちに攻めてくるなっていう予感の強化である。


 なぜなら、きーちゃん達との三国同盟にササが混じってて、そこがYTYT拠点を狙っている、イコール、ササは自陣の南にある狂々領には手を付けない可能性が高いからね。

 うちとまこマユさんの間で停戦協定が結ばれているのと同じく、狂々さんとササの間で同様の協定が結ばれていたっておかしくない状況だ。

 こりゃ狂々さんとのバチバチバトルは免れられなさそうだなあ。



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