212日目 同盟(3)
ねじコちゃん曰く、トッププレイヤーでもある彼等は試合そのものには本気で臨むであろうとのこと。つまりコスパの悪い動きはしない、わざわざ貴重な密談時間をライバルに嫌がらせするために消費するなんてことはしないだろうとのことだった。
「え、でもうちのトッププレイヤー達は嫌がらせするために準備フェーズ消費してたけど……」
「あれ、それもそうだな。……い、いやいや、ほら! 彼等は彼等であのやり方が効率的だと思ってたふしがありますから! つまり真面目バカなんですよあの人達! ……まあその真面目バカにノリで付いてってる人もいたみたいですけど」
「………………ヨシヲもバカだよ?」
「うっ……正論……!」
あっさり破綻!
しばし沈黙のまま、見つめ合う私達。ねじコちゃんは私を励ますことに失敗したようである。
しかし彼女はこほん、と咳払いをすると、まるで先のやり取りなどなかったかのような態度で切々と続ける。
「……まあ結局のところ他人の考えてることなんて分からないですけど。私から見れば、うちのチームは普通に協力を求める価値のある、人気なチームなんじゃないかなーって思います。だって考えてみてくださいよ、昨日のチンピラ達の活躍っぷり。あれだけでも、うちが強いってことは一目瞭然ですよ」
「……なるほど。それはまあ、確かに……」
「加えてそんなチームのリーダーは、なんとこのブティックさんなんですよ? 今後のこと色々加味するにせよそうじゃないにせよ、繋がり持っとくに越したことないじゃないですか。何ならパイプがあるって事実だけで余所への牽制になりますよ」
ねじコちゃんは何とか私を鼓舞したいらしい。透け透けなおべっかまで使いだした。
けどまあ、彼女の気持ちは伝わってきたよ。一旦深呼吸して、落ち着かなきゃね。
「とりあえず、取っつきやすそうなところをどこか選んで話してみたらどうですか? ヨシヲとかササとか、ブティックさんが嫌だなって思うところは放置でいいと思うし」
「うん。それはそうだね……」
ねじコちゃんの言葉によりちょっと頭の冷えた私は、改めて通知に並んだ名前を順番に確認していく。
とりまマユさんとササとヨシヲは除外ね。残りの面子で選ぼうと思うけど、知らない名前も多いし優劣は付けにくいなあ。
狂々さんは知ってるっちゃ知ってるんだけど、正直対等なコミュニケーションができる自信がない。
嫌いなわけじゃないんだよ。ただこういう交渉事にはあんまり選びたくないなって。
悩んだ私は単純に、除外した三名以外の内、一番最初に来た申請を受けることにした。
一応ねじコちゃんにも意見を聞いておこう。この[まことちゃん]て人、変な人じゃない?
「あー……関わりあるわけじゃないですけど、知ってはいますよ。そうねー、この中だと、んー……まっ、いいんじゃないですか?」
彼女の心中複雑そうな目の泳がせ方、からの開き直ったかのような笑顔で、なんか私すべてを悟っちゃったよ。
多分『変な人』じゃなくはないんだと思う。けど他のプレイヤーを頭の中で並べて比較して、「あっ、どいつもこいつも大差ねーな……」って結論に至ったんだろう、きっと。
まあいいでしょう。私の中でも大差なくて、ねじコちゃんの中でも大差ないんなら、この決定も間違ってはいないと思うから。
よし、じゃあ行ってくるか。私はねじコちゃんに挨拶して、密談用の部屋に飛んだ。
殺風景な部屋にて、その人は待っていた。
「ブティックさん、来てくれてありがとうございます。まことと申します、よろしく」
[まことちゃん]さんは褐色の肌の青年だった。黒髪に黒い獣耳、馬を模したアバターなんだろうか、長いふさふさの尻尾と、足には蹄が付いている。
雰囲気といい格好といいおっとりした優等生みたいな印象があって、褐色キャラとしてはちょっと新鮮だ。
あとなんだろ、整った顔立ちになぜか既視感がある。どこかで会ったことあったっけ?
……ま、いっか。今はとにかく、試合に関係する話をしないと。
しかし本題に入ろうとする私に、まこと氏は待ったをかける。
「もう一人密談に呼びたい人間がいるんですけど、いいですか?」
私は体を強張らせる。
そう、この密談ルーム、双方の同意があれば後から別のリーダーを招き入れることも可能なのである。ってことはこの流れは――――――やっぱり集団リンチ!?
背中に冷たい汗が滲むも「イヤです」とは言えず、曖昧な返事で流されてしまうワタクシ。
そうして現れた三人目は――――――。
「こんにちはー! ブティックさあ~ん、この衣装ほんとにありがとうございましたあ~! すっごい良い思い出が作れましたあ~!」
――――――【静かなる湖畔の淑女の衣装セット】を身に纏い、朗らかに笑うマユさんだった。
私は色んな意味でたじろぐ。
まことちゃんが呼び入れたプレイヤーが我がチーム屈指のヘイト買取先チームのリーダーマユさんだったってことは勿論焦るし、その彼女があっけらかんとした笑顔で接してくることにも困惑だ。
それに開口一番のこの感謝。デートイベントのダイジェスト視てきたけど、あの内容で『すっごい良い思い出』とか言われちゃうのも、反応に困る。
デートの件は私に非はないんだけど、こう、何となく気まずくって。
「えーっと……ど、どういたしまして。その、昨日は色々すみませんでした。うちのチームメイトがお宅に迷惑かけてしまったみたいで。
とりあえずデートイベントのことは触れ辛いので、さらっと流しておくことにする。
それからまずは一にも二にも謝罪からだね。私は責任の在処を強調しつつ、深く頭を下げた。
するとマユさんは慌てたように両手を振る。
「ああいや、全然気にしないでいいですよ! あんなん、
「そう、ですか?」
「はい。ゾエさんやら名無しやら相手にするって時点で、まともな対応なんて大して期待してないですから~。ゲームなんだし、ルールで禁じられてない限り何でもアリですよ。自由に気楽にいきましょ~」
『ゲームなんだし』。それは常日頃から私が意識している考えと一致したものである。
けど、私なんかよりとっぷりきまくら。に浸かってるであろうマユさんの口からその台詞が出るというのは、なんだか不思議だった。
ゲームって、ガチ勢であればあるほど、『ゲームなんだし』とは感じにくいものだと思うんだよね。真面目に取り組んでるんだからそれも当然で、つまりその人の中で小さくない部分を占めている、ってことなんだろう。
でも確かにきまくら。ユーザーって、他のゲームと比べてマユさんみたいな意識が浸透しているような気がする。
それは運営への諦めだったり、ゲーム内で時折降りかかる理不尽な状況への慣れから生じているものなのかもしれない。だけど私はきまくら。のこの空気感嫌いじゃないんだよねって、けろっと笑うマユさんを見ててつくづく思った。
「ありがとうございます。そう言ってもらえると助かります」
「だから今後逆にこっちが何しても、恨みっこなしですよ~」
「アッハイ」
「あはは、冗談ですってば」
笑うマユさんだけれど、目の奥が笑ってないように見えるのは気のせいではないだろう。
あれもきまくら。なればこれもきまくら。明日は我が身。
理不尽を許される日もあれば、こちらが理不尽を許さねばならない日もあるのだ。
そのことをしみじみ噛み締めながらも、話は進む。
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