191日目 ふゆっこ(1)

ログイン191日目


 ログインした私は、店舗に品物を補充したり、お気に入りキャラの来店に心を癒されたりと、いつも通りのルーチンワークをこなしていく。

 それから持ち物等の準備を整えて、裏口から家を出た。本日もこれから、マグダライベントの続きをやる所存だ。

 すると扉のすぐ脇に、蹲る黒い人影が見えた。


「えっと……ふゆっこさん?」


 声をかけると、黒ローブの彼女はゆっくりと頭をもたげ、水色の瞳はぼんやりと私を捉えた。

 やっぱここで待ってたかー……。と、私は何とも言えない気持ちを抱く。


 いやね、昨日ログアウト時間になって別れるとき、ふゆっこさんたら最後の最後、家のすぐそばまで付いて来たんだ。

 けど、次の約束とかは取り付けなかったのね。一応フレンド登録だけは済ませたんだけど、日時も待ち合わせ場所もなんにも決めてないまま、私達は「お休みなさい」って言って別れた。

 私はそのことに気付いてたけど、別に向こうが何も言ってこないんならいっかー、って考えてた。


 あのかんじからしてふゆっこさんが困ってたのって、心境的な問題だと思うんだよね。

 道が分からないから案内してほしいっていうんじゃないみたいだし、どちらかというとただ気分が落ち込んでいて、それを何でもいいから紛らわせたかったのかなって。

 だから私に声をかけたのは、きっと一時の気の迷いみたいなもの。時間が経過して心がリセットされれば、通りすがりの私のことなんかけろっと忘れてけろっといつもの生活に戻ってるんだろうって、そう思ってた。


 けど、一応その懸念も、浮かんでなくはなかったんだ。今後の約束をしなかったのは、本人が約束する必要性を感じていなかったからでは?って。

 脳裏を過ぎったのは、二日連続で路地裏の同じ場所に同じ格好で蹲っていた彼女の姿だ。

 約束なんてせずとも、ただ待っていればよい。あのふゆっこさんなら、そう考えていてもおかしくはない。

 そして当たったのは、私の大方の楽観的予想のほうではなく、一抹の懸念のほうなのだった。


「もしかしてずっとここで待ってたんですか? 大丈夫ですか? あの、ちゃんとログアウトしてご飯とか食べてます、よね?」


 私の問いかけに、立ち上がったふゆっこさんはこっくりと頷く。う……どの質問に肯定を返したのか、それじゃあ分からないじゃないか。

 けど、霧雨の世界にこもっている彼女をさらに問い詰めるのは、何だか気が引けてしまう。


 昨日もそうだったんだよね。

 ぱっと華やいだ空気を纏ったのは少しの間だけで、すぐに彼女はぼんやりとした虚ろな表情に戻ってしまったの。凄い気まぐれ。


 でも不思議と、不躾な印象はないんだ。ただただ、この人の周りではいつも冷たくて静かな雨が降ってるんだろうなあ、一つ世界を隔てた場所に心が存在してるんだろうなあって、なんかそんな感覚なのだ。

 うん、それだけ“浮世離れしている”ってことなのかも。まるで自分に関係した事象とは思えないから、イライラしたりとかもしないんだ。

 もっとも普通に実生活とかのことは心配であるが……まあ、それこそ私が口だしすることじゃあないよな。


「じゃあ、行きましょうか」


 そう言うと、ふゆっこさんはこっくり頷いてパーティ申請を投げてきた。


 さて、気を取り直してストーリーイベントを進めましょうかね。

 ふゆっこさんが付いて来るのは自由だけれど、私も私のペースを乱すつもりはないよ。さくさくイベント終わらせて、そこで彼女のお守りは終わりにするつもり。

 それでもくっついてくるようなら、最悪ブロックって手もありますのでね。その時までに“帰り方”とやらを見つけられるかどうかは、彼女次第だ。




 まず私達が向かったのは、王都レスティンの貴族街。その一角にある【狩人】の賢人アンゼローラの屋敷である。

 アンゼローラは活動的な人で、出没する場所が結構まちまちらしい。けどふゆっこさんがスキル【地獄耳ヘルア】を所有していたため助かった。

 地獄耳は、NPCが今どこにいるのかを把握するのに役立つ能力なんだ。これにより今日は貴族街にある自宅にいるよって、教えてくれたのだ。


 因みに心の中でふゆっこさんについてあれこれ偉そうなこと言ってる私だけれど、何気に彼女には昨日も助けられていたり。

「故郷へ案内してくれ」って言ってるわけだから、そりゃじゃあまずは病める森にレッツラゴーでしょ。そう思い鬱蒼とした森に踏み込もうとしたところで、ふゆっこさんにちょいちょいと服の端を引っ張られたのだ。


「……ブティックさんは、ネタバレ嫌な人?」


 その言葉一つで、何となく察したよ。多分私、イベント進行に関することで何かしらミスってるんだろうなーって。


「えー……っと、最初から攻略情報見たりするのはあんまり好きくなくて、基本まずはあれこれ自分で試したい人だけど、そんなこだわりあるわけでもないですよ。普通にきまくら。実況観たりもするからそこで情報取り入れたりすることもあるし、よく分かんないなーって思うことはさくっと調べちゃうし。だからその、細かいとこは兎も角として、重大なプレミとかしそうになってたら普通に教えてほしい、かもです」

「じゃあ、そっちに行くのはあまりよくない、かもです」


 ふゆっこさんはこのイベントを既に攻略済みで、何でもどこを訪ねるか、どの順番で訪ねるかっていうのが大事なんだって。それによって報酬や貰える称号、関係するキャラクターの好感度が変わってくるらしい。


 で、私が真っ先にやろうとしていたマグダラを病める森に連れて行くっていう選択は、一番の悪手だったらしい……。

 朽ち果て最早跡形もない“故郷だった場所”を目にしたマグダラは、ショックで心を痛めてしまう。すると賢人達からの好感度は駄々下がりになるんだとか。

 故郷に連れてけって言ってるのにそりゃないよって思うけど、運営に用意された分かりやすーいミスリードだったっぽいね。まんまと嵌まるところでしたよ、はい。


 詳しく話を聞くに、このイベントの主旨はマグダラがレスティーナの各地を回り、かつての友たちと交流し、自分を見つめ直すということにあるらしい。


「なのでとりあえずまずは、アンゼローラとクリフェウス、それからテファーナ、最後にギルトア。この順番で回れば、間違いはないのです」


 ふゆっこさんはそう教えてくれた。

 昨日は結局そこでログアウト時間が来ちゃって、イベントは進められてないんだよね。よって今からアンゼローラさんに会って、そこでようやっとお話が展開していくんだろうってところ。


 さて、屋敷に入るとそこから個別モードが始まる。

 こういうイベントは大抵、パーティを組んでる仲間も一緒に体験できるみたい。勿論報酬などを貰えるのは一回きりのようだけど。

 そんなわけで私の斜め後ろには、相変わらずふゆっこさんがしずしずと付き従っている。


 広いお屋敷の中では子どもから大人まで、様々な年齢層の女性が忙しく立ち働いているようだった。その内の一人のメイドさんが私達に気付いて、声をかけてくる。


「こちらはレスティーナ四賢が一人、“帝都に立ちし女傑”ことアンゼローラ様のお住まいにございます。主様に何か御用でしょうか? ……なるほど、ご友人、そしてテファーナ様のお弟子様にあらせられますか。ではこちらへお越しくださいませ。主様のもとにご案内いたします」


 そうして、私達はメイドさんの後に付いて屋敷内を歩いていくことになった。

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