174日目 賢者ビスマルクの息子

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 本日の私はダナマスの街をふらふらと散策中。

 ここのところ蚤の市の準備やらバレッタさんのリクエスト製作やらで生産三昧の日々だったからね。仕事で頭が疲れていることもあり、今日はきまくら。でものんびりぼんやり過ごそうって思って。


 NPCに話しかけたり、【アプリコットランド】でメリーゴーランドに乗ってみたり、麻雀東風とんぷう戦を一試合だけ打ってみたり、気の向くままにあっちをぷらぷらこっちをぷらぷら。

 因みに麻雀は三着という微妙な成績でした……。麻雀は向きになってやり込むとガチ凹みしそうだから、さくっとお暇しとくが吉なのですよ……。


 で、そんなふうにVR小旅行を楽しんでいると、ふと一軒のお店が目に付いた。

 年季の感じられる二階建ての白い建物は、ガレージや倉庫っぽさが感じられるジャンクな風合い。入口は大きく開放されていて、でも外には数人の行列ができていた。

 なんか人気のお店っぽい?

 ちらっと見える売り物を見るに、鍛冶屋さんぽいな。カーソルを合わせると、[賢者ビスマルクの店]って書いてある。


 特に用はないんだけど、私は何となく列に並んでみることにした。今日は暇を楽しむ日なので。

 それに、初めて入るプレイヤーズショップってちょっと気合がいるんだけど、こんなふうに人が集まってると逆に入りやすいというのもある。店主さんと二人きりになってしまって気まずい、なんてことがないから。


 行列といってもやはりリアル飲食店の行列などよりかは全然流れがスムーズで、数分待ったのち、すぐに入店することができた。


 売られているのはハサミに斧、剣に鎧といった、様々な作業道具や武器防具。

 鍛冶アイテムを真剣に集めたことはないからあんまり詳しくはないけれど、やはり人気店だけあってそんじょそこらのプレイヤーズショップとは一味違う気がする。

 効果も品質もお値段もグレードが高いものが揃ってるし、お店の雰囲気がそもそも新鮮なかんじ。ってことは多分、オリデザ物を多数扱ってるショップなんじゃないかなあって思ってる。


 そこそこきまくら。やってると、公式が出してるレシピデザインなんかは結構見慣れてきちゃうんだよね。それで大体のプレイヤーズショップは、みんな似たようなアイテム扱ってるなあって印象になってくるの。

 でもこのお店は違うって、鍛冶アイテムに詳しくない私でも何となく分かる。それはきっと売り物にはっきりと、製作者さんの個性が反映されているからなんだろうな。


 とはいえやっぱり服とか雑貨ほどの興味はないもので、ざっと歩きながら眺める程度で満足だなあ。まだお店の外で待ってる人もいるだろうし、ささっと出るか。

 そう思っていたんだけど、ふと私は店の一角で足を止めることになる。


「おお……」


 大きな樽の中に、無造作に数本放り込まれていたそれは、確かに私の心を掴んだ。

 ――――――傘だ。それも、柄や骨が金属製の洋傘。

 私が今使ってる工芸アイテムの和傘とは違い、リアル生活で使ってても何も違和感はないようなごくごく普通の傘である。でもきまくら。では逆に見慣れないかんじ。


 こういうの丁度欲しかったんだよねー。と、私は一本手に取り、開いたり閉じたりして眺めてみる。

 和服には和傘でしょうってことで何となく使ってた傘なんだけど、今じゃ護身具としてもすっかりお気に入りになっている。

 特にマッチクエストでちょんさんに傘の立ち回りを教えてもらえたのが大きい。傘花火で脳死ぱしゅぱしゅしてるだけでもよしって知って、アクション音痴な私にはぴったりなことに気付けたのだ。

 見た目も華やかで可愛いしね。


 けどね、木製の工芸アイテムってことで、あんまり[力]値上昇効果が入らないことがこの護身具のネックだったんだ。

 つまり威力が出ないの。元より非力な私じゃあ尚更ね。

 けどこの傘は金属製だから――――――おお! [力+570]! 凄い凄い!

 で、装着条件が基礎ステの[力100~]。うん、私でも持てる。


 今まで使ってた番傘が[力+210]だったことを考えると、このアイテムの強さがお分かりいただけるだろう。

 あ、因みに今使ってるやつも私が自分で作った当初の傘とは違うよ。あれなんか[力+70]だもんね。

 さすがに舐めてるって思われたら不味いよねって、老師戦のときに他作家さんのアイテムで新調しました。それでも初マッチクエストのときは勢いで参加してたもんでヨワヨワ傘なままだった件は、私の中で黒歴史として後代まで語り継がれそうである。


 いやほんと「誰でもよかった」とは言ってたものの、あの三人よく最後まで付き合ってくれたものだ。

 狂々さんとか「あんま人のこと気にしないタイプなんだろうなー」って上から目線で考えてた自分が恥ずかしい。こんなちんちくりん、不平も言わず加えてくれた時点で十分親切な人だったよね……。


 とまあそんなわけで、樽の中の傘にすっかり夢中なワタクシ。

 値段はどれも100万超えとなかなかな数字。

 まあまあさすがにね。これだけ強くてしかも他の店ではあまりお目にかかれない珍しい品ってなると、それくらいするよね。

 素材もいいもの使ってるんだろうし。


 っていうかお金は余ってますのでおほほ、それはいいんだけど、うーん、欲を言うとデザインがなあ。しっくりこないんだよなあ。

 別にダサいってほどではないものの、ちょっと地味っていうか。全部布張りで、青一色とか赤一色とかそんなかんじなの。

 確かに私の一番好きな麻雀役は清一色チンイツだけどそれとこれとはまた別っていうか、あ、ヤバい、私今とんでもなくくだらんこと心の中で言ってしまった、さっき麻雀やってただけに思考も親父化してるかもしれんまずいまずい。


 などと内心冷や汗掻きながら謎の後ろめたさを感じていたところだったので、背後から響いた声に、私は大袈裟に肩を竦めてしまった。


「そちらがお気に召しましたかあ?」


 胸中の独り言なんて誰に聞こえるはずもないのに、何となくびくびくしながら振り返る。

 そこには、黒いアイマスクを付けたなっがい角――――アイベックスかなあ――――の青年が立っていた。かなり威圧的な容姿の上、口元は人を小馬鹿にしたように緩んでいるので、どことなくアニメの悪役感がある。


 ネームプレートには[賢者ビスマルクの息子]だって。どっかで聞いた名前である。

 あ、このお店の名前、そんなかんじだっけ。ってことは店主さん?

 でも『息子』ってあるし別人なのかな。ファミリー経営?


 混乱しつつも、とりあえず投げかけられた質問に言葉を返すことにする。


「は、はい。金属製の傘って今まで見かけなくて、素敵だなって」

「はーん。ブティックさんってそういや傘使いでしたっけ。どうです、うちの品。お宅と比べちゃあ見劣りするかもしれませんが、そこそこいいもん揃えてるでしょう」

「はい、その、いえいえ?」


 なんかちょっとやりにくい人だなあって感想。斜に構えてるというか、卑屈っぽいと見せて高圧的というか。

 これは真面目に喋ろうとするだけ無駄なタイプの人だなーと感じ取り、私は肩の力を抜く。


「こちらのショップの店主さんですか?」

「そうですよ? ビス子でどーぞ」

「ビス子さん。傘の種類は、こちらに出ているので全部でしょうか」


 そう尋ねると、彼は一瞬真顔になってから、指を虚空に躍らせる。在庫など確認してくれているようだ。


「あー、今んとこそれが全部ですねえ。なんか要望、ありました?」

「あ、リクエストとか受け付けてらっしゃるんですか」

「いや、うちは基本してませんが」


 してないんかい。ちぇー、そっか、ザンネン。


「まあ聞くだけ聞いてみますよ。聞くだけ」


 そうは言われても急な話だからなあ。私だって今ここにある傘達を見て「ちょっと地味だな」って思ったばっかだったし、具体的にじゃあどんなものが欲しいのかってことまでは考えていない。

 この曖昧な感覚、どう説明したものか。

 ……ああでも、待って。とっても分かりやすく一個、これなら欲しいって思いつくものがある。


「ビニール傘とか、作れません?」


 そう、ビニール傘。その単語で誰もが頭に浮かべるような、コンビニで500円で売ってそうなイメージのシンプルなやつで構わない。

 これなら一言で伝わるでしょ。


 それにこういう洋傘に合わせるんだったら次の自分用衣装は絶対現代風だなー、とは思ってたんだ。ビニール傘ならどんなファッションにも合わなくはないだろうから、打ってつけだなって。

 きまくら。で使ってる人は見たことないし、もし製作が可能なら新鮮でユニークじゃない? ビニール傘が護身具のプレイヤー。


 ビス子さんにとってもそのアイディアは予想外だったようで、きょとんとしている。けど彼はすぐに口元を緩め、ゆらゆらと首を横に振った。


「面白い注文ですけど、無理ですねえ。ビニール素材なんて、きまくら。じゃ見たことありませんよ。スケスケの薄い布とか、あーゆーんじゃ違うわけでしょ?」


 うーんそっか、ないのか。ないんじゃあどうしようもないね。

 まあこのかんじ、あったとしてもビス子さんが注文受けてくれる可能性は低そう。


 でもすっかり金属製の傘、欲しくなっちゃった。

 それじゃあビニールは無理としても、いつか自分で作ってみようかな。【鍛冶】スキルがあればきっとどうにかなるよね。

 と、私は既に頭を切り替えかけていたのだけれど、そこでビス子さんはこんな提案をしてきた。


「でも、そうですねえ、ここはきまくら。・・・・・ですからねえ。ないことはないかもしれません。そうだ。もしブティックさんが素材を見つけてきたというんであれば、作ってもいいですよ。ビニール傘」

「ほんとですか?」

「ええ。その際はオーダーメイドの形で、できるだけデザインの注文も承りましょう。ただし、ビニール素材でないのであれば注文はお受けしません」


 一瞬「え、いい人じゃん」って思いかけたけど、意地悪そうに歪んだ口元を見てすぐに考え直す。

 これはあれだ、端から無理だと思ってるからこそ持ちかけた提案っぽい。まあ一種の断り文句みたいなものなのかな。


 でもそうよね。向こうがどういう算段で言いだしたにせよ、あるかどうかも分からない素材に期待をかけるとか、元より雲を掴むような話よね。

 言質を取れただけいいとしよう。


 そうして私は[賢者ビスマルクの店]を後にし、帰途についた。

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