172日目 バレッタ(前編)


【きまくらゆーとぴあ。トークルーム(公式)・遠征クエストについて語る部屋】



[ヨシヲwww]

お宅のバレッタとかいうやつ動き単調過ぎでしょw

え、きまくら。サービス開始からいるとかマ?


[バレッタ]

そりゃプレー時間3000超えのニート様の目にはさぞかしゆっくり見えるんでしょうよ

ところで大学卒業まであと何年かける予定?


[ヨシヲwww]

はい論点のすり替えキターw

それってつまり敗北を認めたと同義だゾw


[バレッタ]

は?何と闘ってんの?

あんたなんか相手にしてる暇ないし

だいたい獣使いと狩人とじゃプレーイングの適解が全然違うってご存知?


[ヨシヲwww]

プレー時間3000超えなんで知ってまーすwww

知ってる上でおまえを煽ってまーすwww

やーいやーいドヘタクソwww


[バレッタ]

よくもまあそんな貧相な知性と社会経験で堂々人を煽れるよね、尊敬するわ

でもそうだよね、きまくら。にしか居場所ないんだから、きまくら。くらい必死こいて頑張んなきゃね

あ、涙でてきた


[ヨシヲwww]

彼氏もいなければきまくら。でさえ振るわず…www

俺もおまえの人生に泣けてきたよ…www


[のはな]

うるっせー


[ゆうへい]

公共の場でケンカすな


[名無しさん]

暇でいいよなおまいら


[ヨシヲwww]

もしもーし、バレッタちゃーん?

図星過ぎて凹んじゃった?w


[ヨシヲwww]

まあ次に来る言葉も大体予測できますけどw

お得意の論点すり替えで適当な屁理屈こねたあと、あれでしょ、キメ台詞

「因みに私は彼氏います☆」


[水銀]

バレッタならログアウトしたぞ

もう傷の抉り合いはやめるこったな


[スペード]

>>ヨシヲwww

>彼氏もいなければ

この言葉は今のあいつに刺さるからやめてさしあげろw


[ピアノ渋滞]

バレッタ本気で拗ねたじゃん

あの子最近別れて落ち込んでんだから


[ヨシヲwww]

え?


[Itachi]

えwww


[茶碗]

マジかよw


[まことちゃん]

>>ピアノ渋滞

それ言っていいの?w


[ピアノ渋滞]

あ、ダメだったかも


[ピアノ渋滞]

内緒にしろよなみんな


[陰キャ中です]

うん!


[千鶴]

わかった!(にこっ)


[ゾエベル]

ファミリーの口の軽さには涙を禁じ得ない


[おろろ曹長]

てか失恋で普通に落ち込める感性があいつにあったのな


[ヨシヲwww]

…え?

あいつ今までマジで彼氏いたの?


[めめこ]

そこ?w


[ロッタ]


[ee]

えっ、これはヨシヲ君完全敗北の流れですかwwww


[ヨシヲwww]

ウソだろおおおお!

ウソだと言ってくれええええ!


[檸檬無花果]

本人知らんとこでバレッタ勝利してんのおもろいなw




******




ログイン172日目


 それは昨日、大盛況の蚤の市を終え拠点ホームに帰ってきたときのこと。

 今日発表した新作を本店のほうにも納品しとこー。そう思ってショップエリアに出たら、一人のお客さんが目に留まった。


 アイボリーカラーの長い髪をツインテールにした、モッズコート姿の女の子。背中でふわふわしている虫っぽい翅が特徴的なその人は、見覚えがある。

 確かバレッタさんといったっけ。時々リクエストやメッセージを送ってくる常連さんだ。


 とはいえ、んー……、あんまりいいイメージは持ってない。別にはっきり悪く思ってるわけでもないんだけどね。

 記憶にあるこの人との関わりといえば、竹中氏と何か言い合いしていた場面に鉢合わせたことと、竹中氏にこの人の入店ブロックを解除してほしいと頼まれたこと。

 そもそもそういった思い出にプラスのイメージがないというのもあるし、時折届くメッセージもね、そんないい人感はないかな。


『ねーねー女船長の衣装セットの再販まだ? ずっと待ってるんだけど。色はエンジでジャケットだけばらで売ってね。ねーねーねーねー』

『クソダサパンが中二ダークヒーローになってたのわろたわwいい仕事すんじゃんw』

『ビップカードくれ』


 みたいな。なんかこう、別に大して親しくもないのに距離感近いし、そこはかとなく上から目線で、見方によっては不躾にも感じる歯に衣着せぬ物言いってかんじ。

 まあこういうノリ、別にバレッタさんだけに限らずきまくら。界隈では普通によくある。でもそういう空気にあまり馴染めない私としては、この手のコミュニケーションタイプの人、ちょっと口調がきつく感じてしまうこともあるのよね。


 要するに、普通に馬が合わなそうってことなんだと思う。

 雰囲気的に多分この人、学生時代はスクールカースト上位グループにいそうだよ。私とは見てる世界が違うんだろうなあ。


 蚤の市が注目を集めていたせいか、その時間、本店のお客さんはバレッタさん一人だった。向こうは私のことは気にせず自由に店内を物色しているようだけど、私は何となく意識してしまう。

 それで納品作業をしつつも、気だるそうな彼女の横顔をちらちら観察していると。


「あ」

「………………」


 目が合ってしまった。バレッタさんの吊り目がちな桃色の瞳は、「何見てんの。きも」と言わんばかりに私を射抜く。

 ひい、すみませんでした! 生きててすみませんでした!

 って、学生時分の私だったらば、何も言わず即視線を逸らしただろう。

 けどあれからそこそこ経験を積んできた今の私は、何も思ってなかったとしても何か言わなかったらもっと誤解されるってことを知っている。私はバレッタさんと目を合わせたまま、引きつる顔に無理矢理笑みを浮かべた。


「こ、こんばんは。何かお探しですか?」


 場を和ませようとそう話を振ったのに、バレッタさんは表情をぴくりとも動かさず、ハンガーラックの衣装を順番に確認する作業に戻った。


 これだから……! これだからカーストトップは……!

 そうやって自分に興味のないものを無下に扱ってるといつか痛い目に遭いますよ! って思うんだけど、大抵この手の人空気読めるから、なんか上手く世間を渡ってけるんだよね。

 そしてこんなふうに自由気ままに振る舞って下々の者どもがとばっちり食らうわりに、映画版シャイアンよろしく大事なところで情熱とか優しさとかちらつかせるものだから、下々の者としても憎むに憎みきれないんだよ。


 くそー、羨ましい! 私も気を遣わず自由気ままに振る舞っても一定数味方が付いてくる体質になりたい!

 と、世の中の不条理を嘆いているところで、ぽつり、声が響いた。


「あのさあ」


 バレッタさんは相変わらずハンガーラックの服を眺めているもので、それが彼女の声だと気付くまでには数秒かかってしまった。返事がないことを訝しく思ったのか、彼女は手を止め、私に顔を向ける。


「あ、はいっ。何でしょうか」

「………………」


 痛いほどの沈黙ののち、彼女はふいっと視線を逸らした。


「……なんでもない」


 蚊の鳴くような声で、そう一言。

 以降彼女が話しかけてくることはなく、何を買うでもなく無言で店を去って行った。


 え~、なんなの~? かんじ悪いな~も~。


 と、昨日の私はぴりぴりもやもやしてたんだけど。今になって思えば、あの時のバレッタさんは、元気がなかっただけなのかもしれない。

 だって本日、届いたリクエストメッセージをぱらぱら捲っていると、こんなページが目に付いたから。



[バレッタ]

フラれた元カレに会うときの服ってどんなの


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る