122日目 舞踏会(16)

 石壁に凭れて、シエルちゃんは起爆装置を見つめた。その眼差しは虚ろで、どこか悲しみが滲んでいる。


「はじめはね、カードを残すつもりはなかったの」


 美しい星空の下、シエルちゃんは語る。


「けど、ママが来れなくなったって聞いて、何だかどうでもよくなっちゃった。むかつく貴族達を混乱に陥れてやろうと思ったんだけど、あっさりフェルケに見つかっちゃうし……。今日は何もかも、上手くいかないわ。私達はただ、ママに伝えたかったの。私の、本当の願いはただ――――――」


 彼女が言い終わらぬ間に、光が閃く。屋上の中心――――――起爆装置からだ。

 時計の針はいつの間にやら、22時を通り越している。上を向いた筒から次々に、光のたまが空に向かって放たれていく。

 そして弾は――――――夜空に花と、言葉を咲かせた。


「ただ、ママに会いたかった」


 色とりどりの花火が、レスティンの夜空を美しく彩った。

 花火はここ西の塔だけじゃなく、東の塔からも打ち上がっているようだ。多分あっち側にシャンタちゃん達がいるんだと思う。


 下方の舞踏会会場からどよめきが聞こえてくる。拍手と口笛と笑い声。

 集った貴族達はきっとこれを、主催者の粋な計らいとでも思ってるんだろうな。


 そんな喧騒を他所に、私は夜空に目を凝らす。

 光で作られた文字は、アルファベットを変形させたきまくら。語ってやつ。それをアルファベットに戻すと、こんなかんじ。


 西の塔から、『We love you mom!』。


 東の塔から、『We always wanna see you mom!』。


 それらをさらに日本語に訳した文章が、視界に浮かんだ。


『ママ、大好き! いつも会いたいって思ってる!』


 私の目から涙がちょちょぎれた。

 思い返せばこの一連のイベントの最初から、シエルちゃんは大好きなお母さんへの想いを口にしていた。きっとシャンタちゃんのほうもそうだったんだろう。


 苦手なパーティー。でもママのためなら頑張れるって。

 この起爆装置はなびは、最愛のお母さんのために用意したサプライズだったんだね。

 でも結局お母さんはストレスで体調を崩し、来れなくなって。双子は言いようのない不安と寂しさと苛立ちを、ささやか――――と言ってはいけないのだろうけど――――な悪戯で紛らわせることしかできなかったんだ……。


 やがて花火の打ち上げは終了し、屋上には静けさが戻ってきた。


「計画は無事成功。さあ帰りましょうか」


 少しすっきりした顔になって、シエルちゃんは笑う。でも彼女を追って塔を降りる私の胸には、無力感が残っている。


 だってボーナスミッションの三つ目、達成できなかった。シエルちゃんの真の願い――――――ママに会いたいっていう彼女の願い、叶えてあげられなかった。

 ミッションとして取り上げられてるからには、きっと再会できるルートもあったんだろう。


 せめて他のサーバーで成功できてる人がいればいいな、と思う。そしたら迷わずその卓のエンディングに投票するつもりだよ。

 でもやっぱり、私が叶えてあげたかったなあ。


 そんなことをもやもや考えている内に、王宮の美しい庭園に差しかかった。前方から、シャンタちゃんとゾエ君が歩いてくるのが見える。

 そこでふとシエルちゃんは立ち止まり、こちらを振り返った。


「リルには悪いことをしたと思ってるわ。彼女にもフェルケにも、全部白状するつもり。パパに迷惑かけちゃうのはさすがにちょっと心苦しいわね。でもねビビア。私今夜のこと、無駄だとは思ってないのよ」


 彼女は大きな灰色の瞳をきらきらさせて、私の顔を覗き込む。


「私のこと信じてるって言ってくれて、とっても嬉しかった。不思議だわ。あの時何だか、勇気が湧いてきたの。あなたのような親友がそばにいるのなら、たとえ茨の道だとしても、胸を張って歩いていけるのかもしれないって、そう思えたの」


 シエルちゃんの笑顔と言葉は、私の心にじーんと染み入ってくる。と同時に、奇妙な感覚を抱いた。

 なんか最近、同じような台詞、どっかの誰かが言ってたよね……? 誰だっけなあ。

 と、記憶を探っていると、突然静かな夜に女性の声が響き渡った。


「シエル! シャンタ!」


 シエルちゃんとシャンタちゃんは、弾かれたように声のしたほうを振り返る。そして二人とも、拍子抜けした顔になる。


「なんだ、ルフィナじゃない」

「どうしたの? あ、もしかして、ばれちゃった?」


 双子は顔を見合わせる。シエルちゃんは肩を竦め、シャンタちゃんは舌をだす。


 息せき切って現れたのは、エドヴィーシュ家のメイドさん、ルフィナさんだった。

 私は息を呑んだ。すべてが繋がった瞬間だった。

 月明かりの下で、ルフィナさんの潤んだ灰色の瞳が煌めいている。ツインズと同じ、優しげな灰色の瞳が。


 そう、大広間で彼女の顔を見たとき、何となく違和感があったんだよね。

 答えはここにあったんだ。この、瞳の色に。

「コンタクトを失くしてしまった」と言っていたルフィナさんはけれど、視力に問題を抱えているようには見えなかった。じゃあ何のためにコンタクトを付けていたのか。

 瞳の色を変えるためだ。彼女は血縁であることを隠すために、娘達とは違う青灰色の瞳を装っていたのだ。


「あなた達は本当に……馬鹿な子達ね。でも、それも仕様がないわ。実の母親がこんなふうに……嘘吐きで意気地なしなんですもの……」


 ママを貶されたツインズはちょっとむっとしたようだけれども、それより、ルフィナさんがいきなりこんなことを言いだしたことへの懸念が勝ったようだ。きっとそれだけ、ルフィナさんとの絆が強いからなんだろう。

 シエルちゃん達は静かに、次の言葉を待っている。ルフィナさんはそんな賢い娘達を見て微笑み、溢れた涙をハンカチで拭った。


「遅れてしまってごめんなさいね。ママが・・・来たわよ」


 双子は真っ直ぐにルフィナさんを見つめながらも、言葉を失っている。

 その意味を、理解できていないわけではないだろう。けどあまりにも唐突過ぎて、衝撃過ぎて、飲み込むことができないのだ。


「本当はちゃんとおめかしして、メイドのルフィナではなく、男爵夫人セルフィーナとして出席しようと思ったのよ? でも、髪を結ってお化粧を済ませたところで、お腹が痛くなってしまって……。臆病なママを許して。結局、ママは仮面を被らないと勇気をだせなかったのよ……」


 初めに言葉を発したのは、シャンタちゃんだった。「ママなの……?」と掠れた声で呟き、一歩、足を進める。


「本当に、ママなの?」


 ルフィナさんは眉尻を下げ、頷いた。


「隠していてごめんなさい。ママはね、貴族として生活するのが嫌で嫌で、でも同じくらい、可愛い娘二人と素敵なパパのことが大好きで大好きで、堪らなかったの。本当、我が侭でどうしようもない人間だわね。あなた達とそっくり。だからこうして身分を偽りつつも、ずっと家族のそばで暮らすことを選んだのよ。あなた達がちゃんと秘密事を胸に仕舞える素敵なレディになったら、すべてを明かすつもりだった。それが今日。シエル、シャンタ。成人、おめでとう。私、とっても誇らしいわ」


 ルフィナさんが頬を涙で濡らしつつも満面の笑みを浮かべると、シエルちゃんが駆け出した。それを追ってシャンタちゃんも。

 双子は一斉に、ルフィナさんにひしとしがみつく。ルフィナさんも、二人をしっかりと抱き止めた。


「バカ、バカ。ママのバカ。来るのが遅いわよ」

「大遅刻だわ。ううん、それでもあとほんの少し、来るのが早かったら」

「ごめんなさい。でも、花火でしょう? 私、ちゃんと中庭から見ていたわ。王様も王妃様もびっくりしてらして、私すぐに犯人が誰だか分かったわ。花火職人のお店から請求書が届いていたもの。また変な悪戯思いついていなければいいけどって、はらはらしていたわ」


 尊過ぎる口喧嘩を繰り広げるエドヴィーシュ母子おやこを横目に、私とゾエ君は顔を見合わせた。

 ゾエ君は号泣スタンプを連打して、私にサムズアップを向けてきた。私もそれに倣い、親指を立てる。

 でもスタンプは必要ないかな。だってリアルに絶賛ぼろ泣き中だからね。


 月明かりのもと抱き合う三人を、私達はいつまでも眺めていた。

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