78日目 リスクマネジメント(後編)

 さて、天才少年が今までの人生でたった一つ答えを出せなかった問題とは、これいかに。

 私が無言で耳を澄ましていると、もも君は再び口を開いた。


「僕には時々、どうしても勝てない人間がいるんだ」


 ふむふむ。


「別に僕は、自分がどんな場面でもいつも一番でなきゃならない、なんてことは思ってない。そこまで自惚れてるつもりはない。世界の王様になりたいわけでもない」


 うんうん。


「ただ一つ納得がいかないのは――――――僕が勝てない相手、そいつは……いつだって僕より馬鹿なんだ」


 ……成る程。


「僕は、自分より頭がよくて能力のある人間が沢山いるのを知ってる。彼等に負けるんであれば、僕には何の異論もない。悔しくは思うけど、そういった事態にどう対処していけばいいのかは分かってる。彼等と自分を比較して、自分の足りなかったところを見つけ出して、また再び挑戦していけばそれでいい。けど僕は時々、明らかに僕より拙くて考えなしの人間に負けるんだ。僕にはそれがどうしてなのか、理解できない。理解できないから、改善しようがない」


 ねえブティックさん、あなたはどう思う? あなただったらどうする?


 もも君は真っ直ぐ前を見つめたまま、そう問うた。

 ふうむ。私は彼の白い横顔を視界の端に収めつつ、しばし黙考する。


 右脳から直に意見を提出するとしたら、答えは「しゃあない」になる。


 世の中そういうもんだ。すべての物事に真っ当な理由があるわけじゃない。

 全部論理で解決できたら、この国から犯罪は消えて経済は常に一定の水準を保ち政治家は全員聖人君子の完璧超人、飲み会の唐揚げは最初から小皿で各人に提供され、私の預金通帳に表示される数字は未来永劫増え続けるはずなのである。

 けどそうはいかないのが世の摂理。

 だからどうしようもない。割り切って、諦めて、受け入れるしかない。


 でもこれをそのまま言って隣の悩める少年の力になるかと言えば、そうはならない気がしている。

 だって彼の琥珀色の瞳は、まだ炎を絶やしていなかったから。その顔つきは無機質のように見せかけて、ファイティングポーズを解いてはいない。

 彼は未だ不条理に対して闘うつもりでいるのだ。

 彼が抱えている感情は嘆きではない。怒りだ。


「トランプのゲームでさ、大富豪ってあるじゃない」


 考えた末、私は口を開いた。


「ジョーカーって最強のカードかと思いきや、スペードの3には負けちゃうんだ。スペードの3なんて、本来なら最弱のカードなはずなのにね。でも、そういうことって人生の中で、往々にして起こるもんなんだよ」

「……つまり僕は、永遠にスペードの3には勝てないと?」


 切り返しの速いこと。いやこの人はほんとに凄いよ。

 だからさ。


「もも君は、自分がジョーカーだと思ってるの?」


 君ならこの話の意味、分かるよね。


 彼が口を噤んでから三秒。ある程度噛み砕けたかな、と思えるところで、私は次の言葉を発するべく息を吸う。

 けど――――――。


「いいや、僕はちっぽけな一枚のカードなんかじゃない。僕は“プレイヤー”だ」


 ――――――その横顔に映る笑みは、もう“答え”を欲している者のそれではなかった。私が感心してる間に、さっさと結論を出してしまったらしきもも太郎氏は、余裕に満ちた動きで立ち上がる。


「分かったよブティックさん。ジョーカーもスぺ3に負ける。そういうルールなんだ」

「うん、うん」

「だから僕はそういうルールがあると把握した上で、対策を練る。馬鹿が事故を起こすこともある。この可能性を考慮した上でのリスクマネジメントが、どうやら僕は甘かったようだ。いずれにせよ」


 次はもっと上手くやるよ。


 もも君は一度だけこちらを振り返り、口角を上げた。

 私は去って行く彼の背中に向けて、心の中でエールを送る。


 うん、うん、それでいい。それでいいよもも君。

 そうやって君は、躓いて立ち上がってを繰り返して、どこまでも進んでいけばいいさ。


 因みにひとりの大人として言わせてもらいますけど、当方、発言には一切の責任を負いません。




******




【きまくらゆーとぴあ。トークルーム(個人用)】



[ポワレ]

…ごめん、もっかい言って


[陰キャ中です]

だからあ、モモタロの奴にクランどうしで提携しないかって持ちかけられたんだってば


[ポワレ]

はああああ~~~~?

昨日の今日で何がどうしてそうなったわけ?

てかあんなことがあった後でうちがそれ呑むと思ってんの?

あいつマジで頭オカシイわ


[陰キャ中です]

それだけめめこちゃん一派の分離が痛かったんじゃないの


[ポワレ]

いやいやいやいやだからって普通うちに…

待ってあんたそれで何て答えたの?


[陰キャ中です]

もう、ちゃんと先にメンバーに相談してから返事するって言ってあるよ

ポワレには迂闊にクランのこと独りで決めるなって、耳が痛いほど叱られてるからね


[ポワレ]

…え、もしかして前向きに検討しちゃったりとかしてる?


[陰キャ中です]

だって悪い条件じゃないんだよ

基本的には遠征イベントのときとかに協力して立ち回るってかんじで、

代わりにアイテムの売買において優遇してくれるっぽいの


[陰キャ中です]

まあうちはわいわい交流を目的としたクランだから実利に拘る人もそんないないだろうけど、

それにしたって他クランとの関わりが増えるのはそれはそれで楽しいんじゃないかなって


[陰キャ中です]

私としてはそりゃ、主要メンバー二人も抜かれたっていう、恨みがあるよ

でも実際あるかるの他の子達にとっては、別にそんなあっちへのマイナスな気持ちがあるわけでもないと思うんだ

言ってしまえば、メンバー二人抜かれたっていう、ただそれだけだから

だからメンバー達の意見がもし提携するほうに傾くんであれば、

私個人としてもつまんない私怨を捨てるにやぶさかではないかなって


[ポワレ]

うそうそ絶対嘘

根っからのパッション人間であるあんたが自分の感情犠牲にして動くとか絶対ないから

一体どうやって誑かされたっていうのよ


[陰キャ中です]

人聞き悪いなあ

まあでも、そうね

強いて言うなら一人のオトナ女子として、弱き者に手を差し伸べんとする思いやりの気持ちが溢れてきちゃったっていうか

もしかしたらこれが母性ってやつなのかも


[ポワレ]

バカなの?

日本語でおk


[陰キャ中です]

バカって言うな!


[陰キャ中です]

あの、モモタロが、よ

生意気で中身どう考えても中学生で憎たらしくて無駄に頭デッカチで屁理屈しか言わないあの、モモタロが!


[陰キャ中です]

ようやく認めたの!

私の凄さを! 実力を! 人間としての魅力、素晴らしさを!


[陰キャ中です]

そこまで言われちゃっちゃあ、こちとらいい歳した大人ですからね

少しくらい手助けしてやってもよくってよっていう、そういう塩梅なワケよ


[陰キャ中です]

え、ちょっとなんか言ってよポワレ


[陰キャ中です]

ポワレ?


[陰キャ中です]

ぽ~~わ~~れ~~!!

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