77日目 お祭り(3)
スキル【散傘倍返し】を発動してから数秒後。
世界は静寂に包まれた。
はい、ゲームオーバー。
お疲れ様でした~。
一つ息を吐き、私は閉じていた瞼をゆっくり上げる。けれども――――――。
「……あれ?」
――――――目にした状況は、私が予想していたものとは違った。
てっきり私は、散傘倍返しは不発、ビビアは数々のダメージスキルに見舞われ行動不能、ホームに強制送還ってな具合に事が進んでると思ってたんだ。
けど見慣れたアトリエはそこにはなく、代わりに先ほどまでと同じ、病める森の景色が広がっているではないか。
まあ正確に言えば、全く同じというわけでもないのだけれど。寧ろ変わった部分は随分とあるのだけれど。
まず冒頭で述べたように、いやに静かだ。枝葉が揺れる音や獣の息遣いなんかは聞こえるものの、さっきみたいなプレイヤーモブスキルSEと、入り乱れた騒々しさが皆無なのだ。
理由も明白で、それがそこにいたプレイヤー達の驚異的な減少、そして圧倒的な存在感を放っていた【タイガーオウルMUT】の消失に起因することは、言うまでもない。一体彼等はいずこへ……?
さらにもう一つはっきりと目で分かる変化が、地面や茂みの中、
しかし見慣れたマークとはいえ、どう考えてもこの数は異常だ。
そこで私の思考はようやく、一つの可能性に行き着く。
もしかしてこれ、壮絶な攻防を繰り広げていたMUT体からのドロップなんじゃなかろうか。大人数での協力処理を前提としたあの強敵なら、このアイコンの数も頷ける。
つまり私が観念して目を閉じていた数秒間で、どこかの誰かが撃破を果たしたらしい。
そっか、だからさっきとは打って変わって、こんな静かで平和な風が吹いているんだ。
だから私も、瀕死すれすれの耐久ながら生きている、ってところなのかな? 脅威が去ったということで、あの大量の範囲ダメスキもキャンセルしてくれたのかもしれない。
いきなり人が減った理由はよく分かんないけど……まあ、みんな次の獲物を探してどこかに行ってしまったのかな。血の気が多いものだ。
ただ残念なのが、私は【解体】スキルを所持していない――――――つまりこんなにわんさと落ちているアイテムを、一切入手できないということだ。
ミコトかディルカが無事ならよかったんだけどねえ。ちょっと勿体ない気分。
ま、今は命拾いしたことのほうを喜ぶということで、気持ちを収めますかね。あのときMUT撃破が一秒でも遅れていたなら、これまで入手してきた素材すら失ってたわけだし。
けど不思議なんだよね。周囲に僅かに残っている数人のプレイヤーもみんな、ドロップ品を回収せずその場に立ち尽くしてるの。
能力的に不可能な私は兎も角として、ここの人達あれだけの強幻獣や強プレイヤーとまともに張り合える遠征ガチ勢なわけだから、誰も解体を持ってないなんてこと、有り得ないと思うんだけど。
それに気のせいかな、皆散らばるドロップアイコンに物欲しそうな視線を送りつつも、周囲に気を配っているような素振りを見せている。
もしかして遠慮し合ってるのかな? 日本人だねー!
いずれにせよ私にはもう、早々に引き上げるくらいしかやることがない。一難去ったとはいえ体はぼろぼろなわけで、のんびりしてたらMUTじゃなくても普通に幻獣に襲われて、全部おじゃんになってしまうかもしれない。
というわけで膠着状態にある皆を置いて踵を返すと――――――予期せず、一人のプレイヤーと対面してしまった。私は今まで気付かなかったのだけれど、彼は以前から私を見ていたようで、それはもうばっちりと目が合う。
そして息を呑む。
その人が、私の作った市女笠の和装セットを身に着けていたからだ。
鋭くシャープな顔立ちに、ミステリアスな衣装はとてもよく似合っていた。
はえー、ふつくし。最近私メイドの服を着ている人はよく見かけるようになっていたけれど、やっぱこんなふうに似合う人が似合うものを身に着けているのを見るのは、格別に嬉しいなあ。
え、誰なんだろ誰なんだろ。常連さんで時々メッセージを送ってくれる人なんかは、私も幾らか名前を覚えてるんだけど。
と、興味本位で普段は非表示にしているネームプレートを表示すると、[ササ]と書かれていた。
ササさんって……ああ、あの人! 正に丁度、この衣装をリクエストしてくれた人じゃんね。
へ~こういうプレイヤーさんだったんだ~。リクエスト内容がシンプルだったものであのときは自分の趣味のままにデザインしちゃったけど、ばっちりはまっててよかったよ~。
なんてことを思いつつ、ついつい鑑賞してしまっていると、ふと彼の口元が動いた。もしかして私に話しかけてる?
リクエスト主さんだということに勝手に親近感を覚えていたもので、私は特に躊躇いもなくセミアクティブモードを解除した。
すると――――――。
「……たがい牽制し合っているこの現状を考慮に含めたとき、おまえに余計な時間を割いている暇はないと俺は判断する」
――――――淡々とした、けれどやけに周りに響く声音で、彼はよく分からない言葉を発していた。
何だろ。この人、ちょっと、普通じゃないかも。
背中がすっと、冷えていく感覚。
彼は私のそんな心中を構うこともなく、抑揚のない声で語り続けた。
「加えて俺は変異種狩りにより消耗の激しい状態にある。故におまえにはこの一撃でケリを付ける。外れた場合は――――――貴様はここに存在しなかったものとする」
意味は分からなかったけれど、その発言に危険な響きがあることは私でも察せた。
一撃? 私を存在しなかったものとする?
つまりこの人、私を亡き者にしようとしている……!?
咄嗟に私は、半歩後ずさった。けれどその合間にササとやらは、三、四歩で一気に距離を詰めてきた。
そして彼は、悪魔の構えを取った。私の眼前に向けて腕を突き出し、親指と人差し指を丸めたのだ。
【デコピンスマッシュ】――――――且つて自らの手で生み出してしまった非人道的スキルの名前が、私の脳裏を過ぎった。
不幸中の幸いだったのは、“溜め”の時間があまりなかったこと。それが彼からのせめてもの情けだったのかどうかは分からない。
いずれにせよ、人差し指に込められたエネルギーは残酷に放たれた。ぎゅっと目を瞑る。
ぱすっと、空気砲のような乾いた音が響いた。と同時に僅かな振動も。
恐る恐る目を開けると、先と変わらずササの姿がそこにあった。どうやらデコピンスマッシュは不発――――[持久]に20のダメージを入れるだけで終わったらしい。
ササはなぜかうむ、と満足気に頷いて、踵を返した。
逃げなければ。奴の気が逸れたこの瞬間に、すぐさま逃げなければ。
このときの私の脳内は、それ一色だった。デコピンを怖がる余り腰が引けていることだったり、足に力が入っていないことなんて、全然考えが及ばなかった。
それゆえ身を翻して走り出そうとした瞬間盛大にすっ転び、茂みに倒れ込んだのは、最早当然にして必然なのであった。
私はフィールドギミック[茨]によりダメージを受け、ホームに強制送還された。
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