77日目 お祭り(1)

ログイン77日目


 強風を引き起こす巨大フクロウの羽ばたきに、狼の咆哮、カラスが騒ぐ声。


 光の雨に氷の雨、桜吹雪に水飛沫。


 とある蒸し暑き夏の夜、病める森にて、立ち尽くす今日この頃。


 ……えー、とまあ本日、パラディスラッシュ中の病める森に遠征に来ているのですがね。絶賛後悔中です、はい。


 事の発端は、いつものルーチンでキムチさんのお店をチェックしていたときに遡る。


 今まであんま気にしてなかったんだけど、『買取』っていう項目が目に付いたのね。

 これは希望するアイテムと値段、数量などを予め登録しておくと、該当する品を所持しているプレイヤーから買い取ることができるっていうシステムなんだ。基本的には、生産プレイヤーが素材回収に使ってることが多いかなあ。

 キムチさんのショップでこの項目が開放されていることは記憶の限りなかったので、私はちょっと興味が湧いた。どんな素材を欲しがってるのかなって。


 それでページを開いてみると、買取可能アイテムの欄には一種類だけ、『【ニトロフライ】★5』が登録してあった。蛍のように発光しながら飛ぶ小さな幻蟲、炎属性の素材、【フレイヤフライ】――――――その上位種がニトロフライである。


 私このアイテムに覚えがあったんだよね。っていうか今まさに所持している。

 丁度昨日、病める森を引き上げる際、中層で見つけたのだ。

 品質はまさしく星五つ。帰り道で入手できたってことはビギナーズフィルタが解除された後なので、ラッシュ中だからこそ得られた高級アイテムなんだと思う。


 そのことに思い至ると、何だか俄然遠征にやる気が出ちゃってさ。

 キムチさんにはいつも勝手にお世話になってるもので、いい機会だしちょっとでもお返しというか、応援がしたくなったんだよね。


 ほんとは裏クリの話を教えることによって支援してあげたいんだけど、現状コミュニケーションが取れない状況なもので。よよよ。

 それならキムチさんが必要としている素材を積極的に持っていってあげることにより、少しでも力になれたらいいなあと、そう思った次第だ。


 ま、言ってもそんなのは切っ掛けに過ぎなくて、ただ単に私が挑戦してみたくなった、って辺りが本音なんだけど。


 実際のところゲーム進行の観点から言えば、私がパラディスラッシュに参加する旨みはあんまりないと思う。

 寧ろ効率面で言えば私みたいな根っからの生産プレイヤーは、冒険は最小限にして、後は延々引きこもって物作りに勤しんだほうがよっぽど有意義なんだよね。

 素材の工面だって、ラッシュ時のボーナスを考慮に入れたとしても、私なんかは全面他プレイヤーとの取引頼みにするほうがコスパがいいんじゃないかな。


 つまりそれくらい私の生産物が凄いって話よ、ふふん。

 え? それくらい私の遠征スキルが雑魚?

 まあそうとも言うかもしれない。


 だのにフィールドに身を投じて時間を潰してみたくなるのは、楽しそうだからに他ならない。

 つまり趣味というか、言ってみれば性癖の域の話かもしれない。人間には“無駄”が必要なんよ。

 パラディスラッシュだなんてもう、要はお祭でしょ? もっとも私人混み苦手なんで、行ったら行ったで「疲れた~あと1年は行かなくていいわ~」ってなって帰ってくるのが定石なんだけど、そうと分かっていても行きたくはなるんだよね、お祭。


 ってなわけでうきうきのこのことお祭フィールドにやって来て、「あ~~パラディスラッシュはしばらくいいかな~~」ってなってる今日この頃です。


 いや、最初は順調だったんだよ。

 まず浅層から始めて、あ、このくらいのレベルだったらもっと奥行ってもよさそうかも、てな具合に中層行ったのね。


 因みにこのイベントは、NPパーティも参加可能となっている。

 けどNPCの存在は他プレイヤーからは見えない仕様だろうに、彼等が放ったスキルなんかはどんなふうに周りに映ってるんだろ?

 そう思ってたんだけど、どうやら全部本人が使用してるように視えるっぽいね。ソロらしき人が単独で複数のスキルを同時使用してるような場面が、結構見受けられるんだ。


 とまあ防衛イベントのときとは違ってお助けキャラの力も借りれたので、中層でもそんなに危ない場面には出くわさなかった。巨大変異種が流れてくることもなかったしね。

 ただ難易度がそれなりということはやはり、得られるアイテムもそれなりといったところで、キムチさんご希望★5のニトロフライは、1時間作業して未だ二匹しか集められていない。

 レア素材が出ないわけじゃないんだけど、やっぱ確率は大分絞られているみたい。


 これ、ワンチャン深層行ってみてもよさそう。

 ――――――そう思ってしまったのが運の尽きというか何というか。


 数分歩いただけですぐに、ミュータントバージョンのタイガーオウルに出くわしてしまったのだ。

 昨日一瞬だけ見た【ミズカゲタイジャMUT】にも感じたけど、もうね、大きさからして段チなの。例えるなら、学校の体育館くらい?

 立ち上る紫色オーラのエフェクトやら一部バグったポリゴンやらノイズやらで表現されている出で立ちは、もはや獣というよりも厄災、異常気象の類にも見受けられる。


 どう考えても、プレイヤー一人で対処できるような相手ではない。しかし、やっぱ中層おうちに帰ります! とばかりに踵を返せば、いつの間にか数人のプレイヤー、また彼等が引き連れている幻獣達が集まってきているではないか。

 変異種の出現に気付いて、応援に駆け付けてくれたみたい。それで幾分安堵しかけたのだけれど、本当の地獄はそこからでした。

 で、冒頭のフクロウVSプレイヤーズ、範囲スキルの乱れ打ち祭が始まるってわけ。現場からは以上です。


 もうね、みんな目の前のMUT体のことで頭がいっぱいで、戦地から必死こいて逃れようとしている一匹のうんちのことなんて全然見えてないのよ。

 いやこれに関しては私が悪い。身の程を知らず碌に情報も集めずピクニックみたいなノリで来てしまった、世間知らずな私が悪いよ。


 けどさあ、MUTフクロウから発される一撃の重い突風攻撃より、プレイヤーからぴしぴし飛び火してくるダメージスキルのほうが頻度が多い分厄介って、おかしくない!?


 あと私気付いちゃったんだけど、その中でも一番痛い部類の光の雨、あれ放ってるワンピースがキュートな浮遊する美少女、めめこさんだよね?

 え、もしかしてこれが【メテオシャワー】? 確か私、そんなスキルの付いた服を彼女に売り付けてたよね?

 だとしたら確かに私が悪い。悪いんだけどさあ……!


 混乱のあまり胸中でそんな愚痴を誰にともなくこぼしつつ、逃げ惑う私。

 それでも最初の数分は、何とか持ち堪えていた。

 遠征能力がザコなことは嫌というほど自覚してる分、私ってば、アイテム準備だけは念入りにやってるのよね。回復薬やら種々のステータスにバフがかかる薬品やらその他お助けアイテムやらを駆使して、必死に窮地を凌いでいる。


 因みにここまでの間で、NPパーティのヘルプキャラ三人組は既に行動不能状態にして強制撤退となっている。普段ならこの各キャラ気絶際最後のセリフに「ごめん~~~~! ごめんよ~~~~!!」と、切なさ情けなさを多分に感じておセンチモードに入るところなんだけど、今日に関しては全くそんな暇すらない。


 そしてどうにかゴキ並の生命力を発揮していた私にも、ついに終焉の幕引きが。

 【ライフジュース】――――耐久を回復するアイテム――――が尽きたのだ。味方もすべて失っているので、これで私が命を保たせるすべは絶えたと言える。


 一応、あともう少しというところまでは逃げ延びてこれていた。あと数十秒走れば、多分戦禍の中心からは外れることができる。

 あそこまで走るために、あと何本のライフジュースが必要だったろう。ま、今更考えても後の祭なのだけれど。

 いや、けど、何か――――――何かないか?


 一旦逃げることを諦め立ち止まっていた私は、体を今しがた自分が来たほう――――――お祭の震源地へ向けた。


 ねーわ。


 その壮大な盛り上がり具合を再度確認して、嘆息する。


 ないんじゃ、しょうがない。


 でも、せめてもの意趣返し。


 一回望みが絶たれると変に気持ちが落ち着いて、凄い速度で頭が整理されていくことってない? 多分私今、そんなかんじ。

 自分の限界を思い知らされて、ならじゃあ私に何ができるだろうって、心が追い付かぬ間に、思考が回転していくの。


 これってきっとさ、冷静になってるわけじゃないんだよね。だって今私が思いついたことだって、大して意味のあることじゃないって、頭のどっかでは分かってる。

 一か八か、どころの賭けじゃないんだ。精々ゼロか0.1かってところ。

 そう、成功したところできっと、何が変わるわけでもない。それでもやる。体が動く限りは。

 人間てそういう生き物なんだろうね。


 フクロウが胸を反らす。羽ばたきによる突風攻撃のタメ動作だ。

 並行して、上空では光球や氷が煌めき、闇夜を稲妻が切り裂き、水飛沫が弾ける。


 中二ムーブを恥ずかしがって、いちいちシステムパネルを操作する余裕は最早ない。

 傘を広げて、前方に振りかざす。スキルコマンド実行。

 指定するは――――――。


「――――――散傘倍返しっ!!」

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