75日目 卒業(表編)
ログイン75日目
本日の私は【病める森】に遠征中だ。目的は、【病める森の深層に到達する】というワールドミッションをクリアして、【優良冒険者】の称号を手に入れること。
そう、さすがにビギナーズフィールドも卒業どきかなーって思って。
ビギナー状態だと難易度低くなるから移動は楽ちんなんだけど、その分入手できる素材のグレードとかも下がっちゃうからね。
あと私がイベント報酬で手に入れた【期間限定称号:優良冒険者】の期限が30日間だもので、そろそろ切れるのだ。どの道他国に行くのに優良冒険者の称号は必要になるので、忘れない内にやっておこうと考えた次第である。
NPパーティのメンバーはいつも通り、ミコトとコナーとディルカである。道中で特に問題が生じることもなく、私はさくさくと森の中を突き進んでいく。
そうそう、折角なので新調した衣装を早速身に着けているよ。
結局性能的には遠征に不向きな服になっちゃったけど、二つのスキルを習得しなきゃだからね。幸い今のところの難易度では、装備性能がしょっぱくても快適に進むことができている。
【おねだり】はね、試しに幻獣に色々使ってみてるんだけど、私にとってなかなか使い勝手がいいかんじ。敵対していない幻獣は高確率で、敵対してる幻獣でも低確率でアイテムをくれるのだ。
まあ大抵はありふれた素材なんだけど、たまーにレアアイテムや【記憶の欠片】をくれたりするのが結構嬉しい。
記憶の欠片っていうのはいつぞやのマグダライベントに関係したアイテムで、これを探してくださいって
持って行くとキマ&質のよい薬品アイテムと交換してくれるので、なかなか美味しいのだ。あと集めていくと、マグダラの過去の思い出を覗けるミッションなんかも少しずつ進んでいく。
プレイヤー全体で記憶の欠片を沢山集めたら、また物語が進展したりするのかな。
それとおねだりは幻獣だけじゃなくNPCにも使えた。けどこっちはかなり成功率が低いかんじ。
好感度なんかも関係してるっぽくて、中でもミコト君なんかは割と快くアイテムを貢いでくれる。でも好感度が良好でも無反応だったり、くれても苦笑いだったりする子もいて、ちょっとNPC相手に使うときは人を選んだほうがよさげかも。
正直シエルちゃんにとか、絶対使えないなあ。彼女、気持ちよく貢がせてくれる子ではあるけど、気持ちよく貢いでくれるような子では絶対ないものね。
もう一つのスキル【散傘倍返し】は成功率がめっちゃ低くって、こっちはあんま汎用性なさそうだなあって思ってる。多分もう10回くらい試してみたけど、成功したのは一回きりだ。
いざというとき一か八かで打つ分にはいいかもしれないが、普段の戦略には組み込めなさそう。
それにしても、今日はいつもと比べて随分賑やかな気がする。
いや、セミアクティブだから声が聞こえるわけじゃないし、こういう通常の遠征はプレイヤーどうしで獲物がかち合うこともないので、単に人数と雰囲気の問題なんだけどね。なーんか周りをばたばた駆け抜けてく人がやたら多いなあって。
このフィールド、ビギナー用に組み込まれてるくらいには古いわけで、普段はそんな人気があるかんじではない。流れてる空気も、いつもはもっとまったりしてたはず。
それが今日は、何だかみんな動きが忙しない。
まあそんな中でも、例の遠征で私とよく鉢合わせる勢は比較的のんびり作業してるようで、妙な安心感がある。
うんうん、背の高い狐目お兄さんも、ショートカットのJKちゃんも、元気そうだね。喋ったこともないプレイヤーとはいえ、久々に変わらない姿を見れるのは何だかほっこりするものがあるなあ。
そんな嬉しみを噛み締めつつ、やがて私は一際霧の濃いエリアに足を踏み入れた。そこでミッション達成のアイコンと共に、ダイアログが表示される。
称号【優良冒険者】を手に入れた!
どうやらここから先が病める森の深層ということらしい。
何はともあれ無事目的は果たされた。様子見がてらかるーく深層を探索したら、今日は一旦帰るかな。
と、思ったものの、通知はここで終わらなかった。
これよりビギナーズフィルタが解除されます。
!!!パラディスラッシュ発生中!!!
現在病める森は幻素の異常活性化が観測されており、大変危険な状態になっています。
準備に不足のある方は速やかに避難してください。
その瞬間文字通り、世界が姿を変えた。
あまりにも唐突だったので最初は急に色鮮やかになった、くらいにしか思わなかったくらいだ。しかしやがて細部を観察する余裕が出てくると、少しずつ何が変わったのか理解が追い付いてくる。
そう、例えば、周囲で採集作業をしているプレイヤーが何のアイテムを集めているのか、明確に見て取れることだったり。はたまた、離れた場所で剣を構えた少女の狙う先に、大きな花に似た幻獣がいるのを認められたり。
変化を感じたのは視覚だけではなかった。聴覚もだ。
獣の咆哮、息遣いであるとか、プレイヤーの放つスキルのSEなんかも、次々と耳に届いてくる。
不快でない程度の設定になっているのだろう、戦場のような騒がしさとまではいかない。けどこれの影響でいつもよりずっと鮮明に、他人の気配が感じられる。
それは私の経験則からすると有り得ないことだった。
だって今までずっと、このきまくら。における遠征では、採取可能な素材や遭遇する幻獣が他人と共有されることなどなかったのだ。
だからプレイヤーどうしでアイテムや幻獣の奪り合いなどは発生しなかったし、逆に言えばいわゆる
だというのに今は、まるで先の防衛イベントのような状態になっている……?
変化の原因として思い当たるのは、やはり通知文章にあった『パラディスラッシュ』という言葉である。
ちょっと調べてみようと思い、よさげな木陰に身を隠そうとした刹那――――――今まで見たこともないほどに巨大な蛇型の幻獣が、木立を避けてうねりながら私の横を凄い速度ですり抜けて行った。
それにのんびり驚いている間もなく、今度は視界に二人の見覚えのある少女が飛び込んでくる。
一人は大蛇を追いかけているらしく、私の目の前を猛烈な勢いで駆け抜けていくめめこさん。
そしてもう一人は、いつの間にか私の傍らに立って、手振り身振りで何事かを必死に訴えかけてくるショートカットJKであった。
制服コスチュームの彼女は、今し方通り過ぎていった大蛇とめめこさんのほうを指差したり、私が今通ってきた方角を指差したりと忙しい。
しかしその意味するところを考える余裕もなく、次の変化が生じる。
それは光の雨だった。病める森の鬱蒼と生い茂る枝葉の隙間をすり抜けて、上空からきらきらと大量の光の
飛礫はぽかんと呆ける私の眼前で、弾けて消える。
綺麗だなと思ったくらいで、怖くはなかった。しかし体に走った僅かな振動と瀕死すれすれに大きく削れた耐久ゲージは、その光がただ美しいだけのものでないことを示していた。
これは……ダメージスキル!? それも範囲・大の。
もしかしてこの女の子は私に、逃げるように促していた……?
そのことにやっと思い当たった瞬間。
――――――“
どこかで声が響いた。
刹那、目の前のJKが青い光に包まれ、その光は幾つもの筋となって空に蒸発していく。この現象は同時に他の場所でも生じているようで、周囲の至るところで青い光線が立ち上っていく様子が私のところからも見て取れた。
かと思えば今度は、その青い光が私目がけて降ってくるではないか。
先の光の雨の経験があったもので、私としては「あー……おわたー……」としか思えなかった。観念して目を瞑る。
耐久の残りゲージはもう雀の涙ほどである。こりゃ死に戻り確定だ。
一つ溜め息を吐いて、ゆっくり目を開けると――――――あれ?
驚いたことに耐久ゲージは、減っているどころか満タンまで回復していた。そしていつの間にか、眼前のJKが消えている……。
どういうこと?
しかしその一秒後、少し離れた場所で氷の粒が弾けたもので、さすがの私もこんな異常気象の大渋滞には思考を放棄せざるを得なかった。
すたこらさっさのほいさっさ。今はとにかく、戦略的撤退に専念すべし。
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