67日目 価値(4)
――――――【有閑令嬢のサマードレス】が一番、価格の振れ幅が未知数……。
そう言われて他のアイテム情報と見比べてみるも、私には理由がよく分からない。
ただまあ今まで聞いてきたもも氏の意見を考慮するに、効果的には使いにくそうなアイテムだなー、と思う。スキルも結構人を選びそう。
ふむ、成る程。そう考えるとこれが羽織と靴の中間価格なのは、なんか納得だわ。
でも当の彼は、この査定結果にそこまで自信がないのだと言う。
「問題はスキルなんです」
「うーん、まあ、扇限定だからねえ。欲しがる人は限られてくるだろうねえ」
「そう。それに威力も正直あやふやなかんじがする。試してみないと分からないけど、[眠り]と[混乱]と[魅了]ってそれぞれ全部、重ね掛けしても無駄な状態異常だから。魅了なんかは寧ろ他と重ね掛けしないほうがいいまである。っていうかそもそも、範囲内にいるモブに三つの異常効果全部を与えるスキルなのか、或いは三つの内どれか一つをランダムで与えるスキルなのかも不明」
「確かに」
「ってことはつまり。僕の言わんとしてること分かります? ブティックさん」
問いかけられて、びくっと肩が跳ねてしまった。
そ、そんな急に質問振らないでよ。適当に知ったかぶって話を合わせてたのがばれちゃうじゃない。
「詳細がはっきりしない、ってことはつまり、このスキル、未発見なんですよ」
「未発見?」
「そう。賢人から伝授可能なスキルに含まれておらず、集荷装備においても公式産プレイヤー産共に確認されていない」
「えっ、ミラクリによる生産ってそんな唯一無二みたいなハイパーレアスキルも付けられちゃうの!? 凄いね! 私初めて知ったよ!」
と、興奮して言ったらば。
「僕だって初めて知りましたよ」
冷やかな声が返ってた。
もも君ってアレだね? 頭いいなりに人のこと見下してるね?
「……いや、正確に言えば、前回初めて知りましたってところだけど。まあいいや。とにかくそういうわけでこのアイテムは未知数なんです。率直に言うと効果の[発想]上昇と[心属性ダメージ無効]は使い勝手がよくないですし、スキル内容も人を選ぶ、且つ先例がないので大枚をはたいての購入はギャンブルに近い。ただし、購入すれば漏れなく第一人者、しかも現状においてはオンリーワンになれるという爆発的なアドバンテージも秘めているのです。故に、振れ幅は未知数。可能性は無限大と言ってもいい」
「はー……」
何やら壮大なことを語ったきり、押し黙るもも氏。多分彼の頭の中では、私では想像もつかない複雑怪奇な電卓が高速稼動しているのだろう。
ただね、私のようなすかすかお味噌の頭にもそれなりにいいところがありまして。シンプルな働きしかしない分、こういうときに結論を出すのは早いのよね。
「振れ幅の話はよく分かんないけど……、でもとにかくもも君的最低ラインは550万なんでしょ? だったらそれでいいかな」
私はそう告げた。
彼が言わんとしているのはつまりアレよね。
最低ラインは550万、でも
ただね、私としては550万で売れたならばそれだけでもう万々歳なんですわ。
正直今も疑ってるくるらい、もも氏の査定。ほんとにこんな強気な価格で売れるのかなって。
それにこれ以上を望んだら、仮に売れたとしてもお店の心証悪くしそうだもん。
だから一生懸命考えてくれてるもも君には悪いけど、私にその気がない以上、もうそのハイグレードな電卓は仕舞ってくれていいよ、っていう。
そんなかんじのことを説明すると、もも君は「分かりました」とすぐ納得してくれたようだった。
「であれば最後に一つ、提案があるんだけど」
「提案?」
「そのアイテム、僕に売ってみませんか? 1,000万で」
………………はい?
「許可を貰えるのなら、僕はそれを転売します。3,000万で」
………………はああああああああああ!?
「試してみたいんです。ブティックさんの作るアイテムの
スピーカーの向こうで少年がなんか決め台詞っぽいこと言ってるようだけれど、私としてはそれどころではなかった。
1,000万。そして3,000万。
その数字の大きさに目が眩んで、頭の中は真っ白だ。
「え、と……。あのアイテム既にブランドタグ付けちゃったから、転売は無理かと……」
何とか心を落ち着けやっとこさ絞りだした言葉といえば、そんな斜めに逸れた意見。しかしそれすら「問題ないです。ショップ機能を介さず、トレード方式で取引するので」という返答であっさりなかったことにされ、私の脳内は再び無垢なる白で覆われた。
いや、何だ、とにかく色んな意味でショックが大きかったのよね。
いきなり突飛な数字を提示されたこと。
それから1,000万で買ってくれるということ。実感があまり迫ってこないとはいえ、これは喜ばしい驚きであるには違いない。
けどマイナスの驚きだってある。
『転売』というワードに基本的によいイメージはない。
しかも彼はそれを三倍の値段で吹っ掛けると公言している。このガキんちょ、私のアイテムで2,000万の利益をぼったくるつもりなのだ。
そしてそれらすべての驚きを包含する、「なんて馬鹿なことを言ってるんだ」という驚きもあり、私の心中は非常に複雑な核爆発を引き起こしたのだった。後に残るは焦土のみなわけである。
けれど、そういった初めの衝撃が段々収まってくると、もも氏の言わんとしていることも分からなくもなく思えてくるから不思議だ。
それは一種の信頼とも言えるものなのかもしれない。馬鹿げた言葉の裏には、ちゃんと膨大な量の知識と計算が積み上がっているのだろうという信頼。
この短い期間でそんなカリスマ性を感じさせてくるのだから、やはりこの子は只者ではないと言わざるを得ない。
もも君は冗談ではなく、本気で言っているのだ。
そうなると私が考えるべきことはシンプルである。この取引、乗るべきか否か。
そのメリットとデメリットを、私は弾き出す。
メリットは何と言っても、1,000万の収入が見込めること。デメリットは――――――よくよく考えると、あまりなかった。
引っかかりがちなのは“転売”と、私の利益ともも君の利益のあからさま過ぎる不公平さ、なのだけれど。
これを
定期的に~とか複数のアイテムを~とかなると話はまた違ってくるのだけれど、彼と取引するのは【有閑令嬢のサマードレス】、ただその一着である。私へのダメージは殆どないと言ってもいいだろう。
寧ろダメージがあるとしたらもも君のほうなんじゃなかろうか?とさえ思えるが、そっちは私の知ったことではないし。
それにそんなふうにこの衣装のポテンシャルを示唆されたところで、私にこれを1,000万で店に並べる勇気はない。3,000万なんて尚更だ。だとしたらこの不公平さにも、文句なんて付けようがないだろう。
私には無理な商売をやろうとしている以上、その差分はもう私の力、私の製作物の力ではなく、もも君の力なのよね。
もし本当にこのドレスを誰かに3,000万で売り付けることができたのだとしたら、それは最早彼自身の手柄に違いないのだ。2,000万キマは彼の能力、仕事に見合った報酬と言えよう。
「分かった。いいよ、もも君に売る」
だから私は乗っかった。この船に。
スピーカーの向こうで、もも氏は小さく笑ったようだった。
「因みに、最後に一応聞いておくけど。ブティックさん、これまでの僕の話を聞いた上で、実際あなたはこの三つのアイテムを幾らで売ろうとしてます? 例えば、三つの中で850万の最高額を付けた、【フルブルーム・ドレス】。あなたは幾らでショップに並べる?」
う。えっとお……頑張って700万、かなあ……。
いやいや、違うんだよ。溜め息吐かないで! 決して、決してもも君の鑑定眼を疑っているわけではなくてね!?
これは飽くまでお客さん側の心証の問題なんだよ。
だって考えてみて。今まで私ずっと、スキル付きは一律250万で売ってきたんだよ。
それがいきなり三倍以上の値段に跳ね上がるとか、絶対いいイメージ持たないと思うんだ。あ、こいつ欲が出てきたなって。
だからとりあえずは気持ち低めに設定して、それで大丈夫そうだったらそこからまた徐々に上げていこうかな~、と。
するともも君は、窘めるような声音で私の話を遮るのだった。
「ブティックさん」
「はい」
「僕があなたの経営姿勢、取引において重視しているイメージを計算に含めなかったとお思いで?」
「え……」
「もし僕の提示した価格設定により離れた顧客がいるのであれば。それは排除すべき客だったということです」
その点、お忘れなく。
彼はそう言い捨てて、通話を切った。
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