29日目 デート(5)
ゾエベルさんに連れて来られたのは、“塔の国ダナマ”の王都ダナマスにある、とある建物だった。
ほんとは私のゲーム進行状況では他の国にはまだ行けないのだけれど、相手から【招待状】というアイテムを送ってもらうことにより、該当するホーム限定で訪れることができるのだ。
それはいいんだけど、振り向けば魅力的な近代廃墟チックな町並みが広がっているにも拘わらず、そちらへ歩いて行くことができないというのは結構悲しい。気分は鼻先に人参をぶら下げられた馬である。
ダナマスはレスティーナの古風ファンタジーな雰囲気とはまた違う魅力がある。服ばっか作ってないで、やっぱちゃんとバランスよく、ストーリーとかクエストとかも消化してかないとなあ。
もっとも、今私が前にしているこのお屋敷もとっても素敵である。
大きな門をくぐるとすぐに四角く切り取られた青い溜め池があったり、通路や壁にオリエンタルなモザイク装飾が施されていたり、至るところから長い蔓性植物が滝のように
西洋のアパートにも似た規則性と大きさを持つこの建築物は、なんとクランホームであるらしい。私達を出迎えてくれた虎種の女の子は、自身を“あるかりめんたる”のクランマスター、“陰キャ中です”と名乗った。
「あるかり……? 陰キャ……?」
「あるかるは採集師と工芸師合同の女子限定クランなんです~。名前はまあ適当に、陰キャと呼んでいただければ」
「うはは、あれでしょ、ほんとは活動休止するとき名前を分かりやすく『隠居中です』にしたかったんですよね。したら打ち間違えて陰キャになってたんでしょ」
「うう……約3か月ぶりに復帰したときのことは忘れません……。どきどきしながらログインしてみたら、皆が皆こぞって私のことを『陰キャが帰ってきた』と……。まあそれをネタに険悪になってた人と一応和解できたのもあり、今となってはいい思い出ですけど」
あらら、お気の毒な話である……。
そんなやり取りはさておきなぜゾエさんが私をここに連れて来たかというと、なんとこの美しいクランホームを、シエルちゃんとのデートに使えるよう取り計らってくれたらしい。
「二階から上はメンバーしか入れない仕様になってますが、一階と庭は全部自由にしていいので、遠慮なく使ってください~」
言いながら、陰キャさんはホーム内をざっと案内してくれる。外に面した壁と屋根が硝子張りになっている明るい広間や、某風の谷のお姫様の部屋みたいな沢山の植物と水路のある部屋、ピアノを収めた巨大な鳥籠が吊り下がるエントランス――――――。
……す、すごしゅぎる。これは、当初私が行き先として予定していたレスティーナの各所と同じくらい、いやそれ以上にロマンチックなデートスポットなのでは?
ここを自由に……、か、貸し切り……?
「はい、どうぞ。置いてある小物とかは自由に使ってください。何なら家具の配置変えちゃっても構いませんので。動かしてほしくないものは動かせないようになってますから、逆に言うと動かせるものはどう動かしてもオーケーです。10時まではメンバーも入ってこれないよう規制かけてありますし、誰に邪魔される心配もありませんよ。あ、勿論我々もこれにて出て行きますので。心置きなくシエルちゃんといちゃいちゃしてくださいな」
何かあったらリンさん経由で連絡ください。陰キャさんはそう言って、ゾエさん、リンちゃんと共にあっさり立ち去って行った。
残されたのは、私とシエルちゃんの二人きり。
静謐で光溢れる大広間を、女王シエルちゃんは物憂げな表情でゆっくり歩いている。時折立ち止まって窓の外を眺めたり、私と目が合って小首を傾げたり。
……か、感動~~~~!
もう、ばっちし。この世界観も雰囲気も、完全にシエル女王にマッチしている。
おまけに画角にモブが映らないよう工夫する必要もない。シエルちゃんを追う私の視界すべてが完成された絵、且つ映画なのだ。
この高揚感といったら、京都旅行でちょっとお高い宿を取ったとき以来のものかもしれない。
けれども、そんな私の興奮は長くは続かなかった。
なんかおかしいぞと気付いたのは、趣きある景色に合わせて自然体のシエルちゃんを数枚撮影した後。そろそろ、各所にある小物とかも利用して、且つ他のポージングで撮ろうかなって思いだした頃合いのことである。
そう、デート中はシステムパネルにスタジオ機能が追加されるようになり、キャラクターの動きやポーズをある程度指定することもできるんだよね。
これによりさらに自由度の高い撮影を行えるところも、デート勝者の特権なのだ。
で、どんなシチュエーションにしようかなあ、と考えながら、何気なく天井を見上げると――――――なんか一部、不自然な隙間が空いてるのよね。
そこは青と白の花柄タイルが敷き詰められた装飾的な天井だったのだけれども、その内のタイルの一つが、明らかにずれてるっていうか。
技術的にも世界観的にもこれだけ完璧なお屋敷だからさ、そんなちょっとのことでもやたら気になっちゃって、じーっと見つめてたわけ。
……そしたら、閉まってったんだよね。すー……って。
ぱちくりと、瞬きを繰り返すワタクシ。頭上にはお洒落なタイルが一部の隙もなく敷き詰められている。
まるで天井がこう言っているかのようだ。
『え? 僕、もとからこうだったよ』
う、うーん、そうか。そう言われれば、そうだったような気もするかな。
だってほら、あり得ないしね。このファンタジックなクランホームが実は忍者屋敷のようになっていて、天井裏に誰か隠れてるだなんてそんな馬鹿げたこと、ねえ?
じゃあその忍者さんの目的は何なのよって話だし。
………………でも、何となく怖いから、せめて部屋だけでも変えて撮影しよう。
ということで私は書斎のようなその部屋を後にし、エントランスへ向かうことに。
あ、でも、小物としてあの古めかしい本が何冊か欲しいかも。そんなことを思いついたので、Uターンですぐ書斎に戻ったらば――――――。
がたたっ、ばさばさばさっ……。
明らかに不自然な物音がして、書架から数冊、分厚い本が床に落ちた。けれど部屋には誰もおらず、その後はそれが当たり前のように静まり返っている。
え、なになになに……!? 怪奇現象!? 怖い! 怖過ぎるよう!
しかも、体を硬くして立ち竦む私の目に、恐ろしいものが飛び込んでくる。
――――――人の足が一本、転がっているのだ。白いタイツと赤い革靴を履いた、少女の足が。
ぎええええええええ!!
けれども幸い、全く可愛げのない悲鳴が喉を通過する直前に、私は気付くことができた。
その足の傍にある本棚の位置が、少しずれていることに。光の加減で最初は見えなかったのだが、本棚と壁の間の僅かな隙間の向こうに、闇が――――つまり空間が広がっているらしいことに。そして放り出された足の本体は、どうやらその向こう側に存在しているらしいことに。
どくどくと波打つ鼓動の音を聞きながら、私はおっかなびっくり、足のほうへ近付いていった。そして書架に手をかけて力を加えると、それは引き戸のように簡単に動いた。壁の裏側には――――――。
「……あ、ど、どうも~」
小さな白い翼を生やした女の子が、引きつり笑いを浮かべてへたり込んでいた。
「えへ。ちょっと、忘れ物取りに来たところだったんです。それじゃ私はこれで」
驚きのあまり声もでない私を残して、そのプレイヤーはそそくさと部屋を出て行く。
えっと………………――――――誰!?
その後も神経を研ぎ澄ませていると、不可解なことは次々続く。どこかで物音がしたり、振り返ると廊下の奥を影が横切ったり。
複数ノ、人ノ、気配ガ、スル。
極めつけは窓の外から聞こえてきた話し声である。
『えちょっとここ私の特等席なんでどいてもらえます!?』
『悪いな陰キャ、この窓は二人用なんだ』
『大体何してるんですかこんなところで! このクランホームは今ブティックさんに貸し切ってるんですよ!』
『その言葉そっくりそのままお返しします。ってかゾエはいいの? こんな悠長に覗きやってて。シエル推しなんでしょ? 悔しくないの?』
『ふん、甘いなリンさん。俺くらいになれば、シエル様とビビアさんのセット萌えという新たな境地を切り拓くことなど造作もないのだ』
『きも』
『きも』
……なんか私、監視されてる。
………………見られてるうううう……!
そのことを悟ってしまうと、もう、シエルちゃんとの二人きりの世界に浸ってはいられなくなった。
えっとね、だってこの遊びって要するに、“大人のおままごと”なんだよね。VRであるとか色んなシステムにより複雑且つ自由度が高くなっているとはいえ、根本にあるその事実は何も変わらない。
そしてこの世に生を受けて二十云年の私が、にやつきながらひとりでせこせこ、そんなお遊戯に興じているのだ。
羞恥心が、やばい。
ほんとはシエルちゃんと一緒に自分もポーズとってきゃっきゃうふふな写真とかも撮りたかったんだけど、そんなことやってられる場合じゃなくなってしまった。
それどころかなんかもう、シエルちゃんにポーズ取らせることさえ恥ずかしくなってきたよ。だって自分の嗜好とか萌えツボとか色々バレそうじゃん?
実の妹がいるっていうのが尚更しんどい。
人の目が気になりだしてしまうと、もう無難な撮影しかできなくなってしまった。
しかしそのとき、唐突に外の覗き魔三人組がざわつきだす。
『えっ、どこ行くんですかゾエさん!』
『待て待て気付かれ、』
「ああもう、見てられねー! ビビアさん!」
振り返ると、ゾエベル氏が堂々と部屋に乗り込んできていた。窓の向こうでは残された覗き魔達が慌てているが、彼は後ろめたいことなど何もないかのようにずんずんと進み出てくる。
「折角のデートなんですよ! 折角こんな素晴らしい衣装を用意して、舞台も整えたんです! しかもタイムリミット付きで、ただでさえ俺のせいで時間が押してるというのに、何ですかこのやる気のない撮影会は!」
私は呆然とした。こんなに突っ込みどころ満載な正論をぶつけられる機会も、そうそうないのでは。
しかしてゾエ氏の行動は早かった。どこから処理したらいいものやら、と私が答えあぐねている間に、四方八方、次々と指示を飛ばしていく。
「陰キャさん、あのソファあっちの窓辺に移してください!」
「へ、は、はい!」
「リンさんは照明落とす! で、あそこの燭台に火を点ける!」
「ほーい」
「そこの人! あ、めめこさんか。丁度いいから侍女っぽい服に着替えて待機!」
「ひえー……了解っす」
「天井の人は~、」
そうして彼の号令に応じて、四方八方、プレイヤー達がでてくるでてくる……。
全員女の子アバターだからあるかるの人達だと思うけれど、さっき見つけた人を入れると五人ほどか。リンちゃんと陰キャさんを含む総勢七名のスタッフが、ゾエ氏の指導によりあっちへ行ったりこっちへ行ったり。
そのさまを呆気に取られて眺めていると、横から喝がかかった。
「さあビビアさん、ぼーっとしてないで! ソファにシエル様を座らせるのです!」
「え、は、はい」
「違う、そんな凡庸な座り方ではこのお方の気風と妖艶さが十分に発揮されないでしょう! 足を組んで、こう、ちょっと気だるげに体を崩すモーションがあったはず!」
「はい~!」
「で、あなたはシエル様の傍ら! 床にへたり込むようなかんじで、もっと足元に寄り添って! グッド! 素晴らしい! 次は~、」
のちに陰キャさんは、此度起きた出来事についてこう語ったという。
『とても鮮やかな乗っ取りでした』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます