29日目 デート(3)
「すいませんでしたああああ!」
「だからその土下座モーションきしょいからやめて」
目の前で平伏したヤギオさんのお尻に、和装の狐女子が蹴りを入れる。
未だ状況に気持ちが追い付いていない私はこのノリにも付いて行けず、とりあえずもう一歩後ろへ距離を取った。あうぇー。
場所は私のアトリエで、シエルちゃんは珍妙な来客にはほとんど気に留めず、悠々と椅子に座っている。
さて、なぜこの土下座ストーカーに自宅への侵入を許してしまったかというと、時は凡そ十分前に遡る。ヤギオさんを通報してよいか相談したことに対し、我が妹はこう仰ったのだ。
『通報はやめにしようやめてくださいお願いします』
「え、なんで!? さっきリカだって通報しろって……」
『そいつ私んとこのパーティメンバーなんです』
「は……」
はああああああああああ……!?
で、妹が駆け付け、仕方なくセミアクティブモードを解除、今に至るというわけだった。
つまりヤギオ氏を足蹴にした狐っ娘はあの無愛想な妹ということになる。なんかこうゲームのノリとはいえ、それが身内ってだけで、はらはらした落ち着かない気持ちになるね。
因みにヤギオさんはユーザーネーム“ゾエベル”さん、妹リカはここでは“リンリン”を名乗っているそうだ。
「けどまさかビビアさんがリカのお姉さんだったとはな~」
えちょっ、実名教えちゃってるの!? いやでもまあ、ネット上とはいえ仲がよくなればそのくらいは……? う、うーん……、カルチャーショック。
するとリカ改めリンリンは私のフクザツな心中に気付いたらしい。「あ、この人もリアル知り合いなんだわ」と付け加えた。
「大学の同期」
「そうなんだ。えっと……彼氏?」
「違う」
うわ、すげー嫌そうな顔……。でもなんかほっとしたわ。
気の置けない仲って雰囲気があるからもしかしてと勘繰ってしまったけど、そうだよね。私がこそこそせっせときまくら。ぼっちプレーを楽しんでいる間、実の妹はぱーりーぴーぽーかましていた上彼ピと一緒にVRデートだなんてそんな格差は存在してはならないよね世の中の摂理としても。
しかし安堵したのも束の間、ゾエベル氏がさらっと爆弾を投下なされた。
「うはは、違いますよ。この人の彼氏は別のパーティメンバーですから。知ってます? クドウっていう、」
「余計なこと言うな」
はい勘当~。今この瞬間からあなたは私の家族ではありませーん。ぱーりーぴーぽーでリア充な女子に私と同じ遺伝子が流れてるはずがありませーん。
「まあとにかくそういうわけで、彼は基地外レベルのシエルヲタクなだけであってナ、えー、ブティックに危害を加えようなんて心積もりは一切なかったの。悪いけど許してあげて」
「スミマセン! 興奮のあまり我を失ってしまっただけなんです!」
「ゾエはちょっと前にチーター疑惑かかってぷち炎上してんだよね。このタイミングで騒ぎにしたくないってゆーか。こんな変態でもパーティでは結構重要な立ち位置にいるもんだからさ。お願い、通報はご勘弁を!」
「ご勘弁を!」
言って二人は揃って頭を下げた。
私は慌てて、そういうことなら全く気にしないので大丈夫と伝える。今後の平和さえ保障されるなら私も事を荒立てたいとは思わないし、ゲームキャラクターの姿とはいえ、実の妹にこんなふうに嘆願されるというのは結構応える。
仕方がないので勘当の件も保留にしてあげよう。姉の海のごとく深き慈悲に咽び泣くがよい。
「ありがとうブティ! 今度
「あなたが聖女でしたか! ありがとうございますありがとうございます! あ、こちらささやかながらお詫びの気持ちです。どうぞお受け取りください!」
わーいティラミス嬉しいな~。それにゾエさんからはプレゼント申請が。
なになに……、【大地の結晶】×10!? え、課金アイテムじゃん! しかもこれって確か一つ千円したから……一万円!?
「すみません急いでたものでこれくらいしか手持ちが……!」
「いやいやいやいや、さ、さすがにこれはちょっと生々しいなあ。別に今となっては全然悪く思ってないし、気持ちだけで大丈夫だよ」
そう断るも、ゾエ氏は頑なに譲らないもので、まあそこまで言うならと受け取ってしまうことにした。というのも実を言うと、危険がないと分かった以上さっさとデートイベントの続きをやりたいというのがあるんだよね。
だってこのやり取りをしている間にも、シエルちゃんとの蜜月は着々と蝕まれているんだもの。ぶっちゃけはよ帰ってほしかったり。
言えないけどさ。
「リンさん、姉上殿が分かったからはよ帰れって顔していらっしゃる」
う、ゾエベル氏にはばればれであったらしい……。それに対して、我が妹は頷きつつも悩ましげに唸った。
「うん、分かる。分かるよ。デートは制限時間があるからね。その限られた時間を今もまさにうちらが奪ってしまってるわけだ。けどね、言いにくいんだけどさ、こうなった以上まともにデートイベ楽しむことすら、むずくなってくると思うんだよね」
どゆこと? と首を傾げる私とは対照的に、ゾエさんは「あー……」とそっと目を逸らして納得顔。いやいや、だって失礼ながら一番のガンであるあなたがいなくなれば、私は何の問題もなくデートを満喫できて、そも最初からそのつもりだったんですけど。
「んー、だってブティの性格とかセミアクティブだったこととかを鑑みるに、あんたゲームでも目立ちたくないタイプでしょ? こんな早朝にデートやろうとしてるのも、人目につかないところでこそこそ遊びたかったからでしょ?」
「うん、まあ。………………あ」
そこで私は、恐ろしい可能性に気付いてしまった。ゾエベル氏がマルチタブレットをせっせと操作してこちらに見せようとしてくる。
い、いやだ! 見たくない!
「現実を受け止めるのですお姉さん!」
「君におねえさんと呼ばれる筋合いはない! ヤメテー! 私はこれから女王シエルちゃんと高級レストランでランチしたり時計塔に登って空を眺めたり植物園でピクニックしたりするんだからー!」
「何そのデートコース超ロマンチック! 俺も混ぜて!」
「話をややこしくするな。ほら、幻想から帰ってこい」
嫌がる私の眼前に、リンちゃんはマルチタブレットの画面を突き付けてくる。映っているのはトークルームだ。
予想通りそこでは、女王シエル様の手を引く私VSゾエベル氏の追いかけっこの様子が、画像動画を混ぜ込みつつ、面白おかしく騒がれていた。
「SNSのほうも盛り上がってますねー」と空中に指を躍らせながらゾエベル氏。
「この騒動を聞きつけてログインしてきた勢も結構いるみたいですね。今レスティーナは土曜の早朝としてはあり得ないくらいの賑わいを見せているらしいですよ」
「きまくら。民は祭好きだからなー。見てこのミナシゴが投稿した動画。再生回数既に1,000超えてら」
「うわ、なるほど。どうやら俺等の逃走追跡劇、ダムさんの生配信に映り込んだっぽいですね。んで何だアイツらってなって拡散してったと」
「うわああああああああああ」
二人の話の内容は色々と理解できないところも多いけれど、言わんとしていることは私にも察しがついた。
連想されるのは先週の竹&リルのデートイベントの様子である。広場には二人を見るために多くの野次馬が集まっていて、とてもひとり静かに推しキャラを愛でられるような空気ではなかった。
竹氏は『凱旋』と言っていたくらいだし寧ろ注目されることを楽しんでいたみたいだけれど、私にもそれが当てはまるかというと、答えは全力でノーである。
だのに、ゾエ氏と妙な茶番を繰り広げてしまったがために、私がシエルちゃんと外で二人きりの時間を過ごすことは殆ど不可能になってしまった、と。
うう……折角この日のために、レスティーナの映えスポットを予習してきたというのに。
光差す塔の窓辺から街を見渡す女王シエルちゃん、沢山の料理とお菓子に囲まれながら退屈そうにパーティーを開く我が侭シエルちゃん、薔薇のアーチの下すまし顔で佇むアンニュイシエルちゃん……。
ああ、全部が全部、遥かなる夢に……。
と、そんなふうに絶望していたら、ゾエベルさんが顔を引き締め一歩前に進み出た。
「そういうことならお詫びも兼ねて、俺が一肌脱ぎます。予定通りのデートコースとはいかないですけど、それに近いものを用意できますよ」
気のせいだろうか。彼の眠そうな瞳の奥で、爛々と光が揺らめいているように見える。
「どうするの?」と尋ねたリンちゃんに対し、ゾエ氏は力強く宣言した。
「陰キャにスタジオを借ります」
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