2日目 はじめてのお客

ログイン2日目


 さあて今日も今日とて服作るかあ。と、生産作業を開始しようとした私だったが、そこでこれ以上材料を工面できないことに気付いてしまった。


 元から材料を沢山持っていたわけではないのだが、昨日はミッションを上から潰してく内にギルドポイントが溜まってって、そのギルドポイントを資材と交換できたものだから、延々と作ってられたんだよね。

 ポイントで注文したアイテムはすぐに家に届く仕組みなので、外に出る必要も全くなかった。


 でもそのループにもついに限界がきてしまったようだ。資材は底をつき、GPも底をつき、次に達成できそうなミッションも見当たらない。

 こういうときはあれよね。作ったアイテムを売ればいいのよね。

 ということで、私はここでやっと部屋から外に出る気になったのだった。


 別にゲームでまで引きこもりたい性分なわけではないけれど、服作る作業楽しいから、材料が無限だったらこのまま3、4日は家にいたかもしれない。

 作ってる内に手作業でアレンジをきかせたり品質を上げたりできることに気付いちゃって、凝りだしたらきりがなかったのだ。


 ところでこの部屋には、扉が二つついている。

 一方の扉がある壁には窓があるので、こちらが外に出る玄関だろうことは分かるけど、先にもう片方を確認しておこうかな。ここ以外にも部屋があるようだ。


 そう思って奥の扉を開けてみると、先の作業部屋の二倍ほどの空間が広がっていた。

 扉を出たすぐ前がカウンターで仕切られていて、その向こうの広い場所には棚や裸のトルソーが置かれている。そして奥の壁にはさらにもう一つ、小窓とベルのついた扉があった。

 どうやらここは店として使える部屋のようだ。


 へー、このゲームは最初っから自分のショップを持つことができるのか。もうここでアイテムを売ったりできるのかな? それとも何か手続きが必要なのかな。


 そんなことを考えていると、突然奥の扉が開いた。

 わわっ、と緊張が走ったものの、現れた人物の頭には三角の記号が浮かんでいたので、胸を撫で下ろした。このマークはNPCを示すものなのである。


 訪問客は牛の耳と角を持つ女の子で、なかなか私好みなビジュアルをしている。

 人を食ったような半眼半笑いがデフォルトらしく、小悪魔っぽい雰囲気がある。でもそんなところもキュートだ。


 彼女は入ってくるなり室内を無遠慮に見回して、鼻で笑った。


「なあに? なんにもないじゃない。こんなところにお店なんて珍しいから立ち寄ってみたってのに」


 私はとりあえずにこにこと愛想笑いを浮かべておいた。


 このゲームのNPCとの会話では、特に積極的に声を発さずとも話が進むとのことだ。

 代わりに、必要なときには選択肢が現れたり、エモーションスタンプと呼ばれる感情表現のコマンドを入力することにより、相手に意思表示をすることができる。


 選択肢による発言はさることながら、このスタンプもNPCの好感度に大きな影響を与えるらしく、どんどん使っていくとよいとチュートリアルで言われた。

 やろうと思えば結構自由度の高い対話もできるみたいだけど、私はAIと話すことにあまり興味がないので、このような簡易コミュニケーションツールが備わっているのはありがたい。


 早速やってきた女の子にもほわほわと微笑むスタンプを使っておいた。可愛い子は好きです。


「ふうん、仕立屋ってわけね。あなたが仕立てるの?」


 こくこくと頷くと、彼女はにやりと笑って、カウンターの前まで来た。


「じゃあ、今日の私の服、どう思う?」


 選択式のダイアログが現れる。



 →とっても似合ってる!

  あんまりかなあ。

  よく分かんない。



 私は堂々と佇んでいる彼女の服装を改めて観察した。

 黒いチュールが重なり合ったドレッシーなワンピースの上に、ジャケットのようなかっちりした紺の上着を羽織っている。そしてストライプの柄が入ったグレーのタイツに、足元はどピンクのパンプスだ。


 パンチのきいたクラシックスタイルってかんじで、素直に私は好みだ。彼女にとてもよく似合ってるとも思う。

 だから迷わず一番上の選択肢を選んだ。

 彼女は顔色を変えず、「あっそう?」と言った。うーん正解なのか不正解なのか分からん。


「まあいいわ。私はシエルシャンタ。シエルって呼んでいいわよ。近くを通ったら、また寄ってみることにするわ。それまでに商品、揃えておきなさいよね」


 そう言って彼女は出て行った。


 とりあえず嫌われてはいないようでよかった。

 NPCは、仲良くなると物をくれたり情報を教えてくれたりするみたいなので、好感度は上げるが吉だそうだからね。それに、可愛い子は好きなので。


 ところで、シエルシャンタが出て行ったのと同時に、システムパネルが起動している。

 どうやらここでアイテム販売の操作ができるらしい。発動条件はこのカウンターに近付くことだったようだ。


 値段は自分で設定できるみたいだけど、ギルドでの買い取り価格も閲覧できるようになっている。相場とかよく分からないので、とりあえずギルド価格と同じ設定にしておくことにする。


 これって私が店に不在だったりログアウトしてたりするとき、どうなるんだろ? 無人でもコンピュータが販売作業してくれたりするのかな?

 まあ、物は試しで半分だけ売りに出しておいて、様子を見るか。


 それと、なになに……? ショップの名前を決めてください?

 んー、なんだろ。てかこんな初心者状態で洒落た名前つけても逆にださいから適当でいいか。どうせ後で変更できるだろうし。

 ブティックびびあ、と。


 設定を終えてパネルを閉じると、店はがらっと様変わりしていた。

 空っぽだった棚やハンガーラックにはきちんと洋服が並び、裸だったトルソーはシャツを身に着けている。まだ空いている場所も多いけど、これで一気にお店っぽくなった。


 ただ、初心者プレイヤーの作る味気ない――――よく言えばシンプルな服ばっかりなため、そこはかとなく劣化版む〇印良品感がある。

 せめてあのトルソー、一番最初に作ったしょぼいシャツでなく、アレンジして作ったパフスリーブのブラウスを着せたかった。そこら辺、自分でいじれないのかな?

 と、思いきや、カウンターを出て手動であっさりトルソーを着替えさせることができた。


 何でもショートカットできるのはゲームの醍醐味だけれど、きまくら。はやろうと思えば大抵のことは手作業でもできてしまうようだ。

 ここら辺、かゆいところに手が届くシステムで大変よい。


 これは時間溶けるなー。

 思ったそばから店内のレイアウトが気になりだして色々いじってたら、アラームが鳴った。

 げ、もう寝る時間? まじで時間溶けたわ。




******




【きまくらゆーとぴあ。トークルーム(公式)・コミュニケートミッションについて語る部屋】



[アラスカ]

流れぶった切るけどシエルシャンタのイベントが何をどうやっても進行しない

これってバグ?


[ちょん]

それ昔から言われてるやつ

運営が一向に修正しないところを見るにバグじゃない、と信じたい


[リンリン]

てか案ずるべきはシエルのイベントが進行しないことじゃなく、アラスカ氏がシエルのイベントを進行させようとしてることよな

シエルは上位五本の指に入るきまくら。きっての害悪キャラよ?


[アラスカ]

何それ怖いkwsk


[YTYT]

五本は言い過ぎ十本くらいじゃね?

パティシエ、仕立屋、細工師くらいにしか大した影響ないし

シエルと付き合ってるとリルステンが寄り付かなくなるんよ


[KUDOU-S1]

Lv50から入れる貴族街にすらリル様が存在しなくなってしまうこの事象を『大した影響ない』とはいかがなものか


[モシャ]

まあゲーム進行上実害はないが、リル好きなら他職でもシエルは遠ざけといたほうがいいってやつだな

てか普通に客キャラとして無能だから付き合う意味がないんだよなあ


[アラスカ]

狩人だからとりあえずはセエエエエフ?

教えてくれてありがと

でもいずれリル様には会いたいからシエルとは縁切っとく


[竹中]

リル様まじ天使

超有能パトロンであることはさることながら性格もよくて見た目も文句なしって何なの?大天使なの?


[マ ユ]

リル様とデートしたいハァハァ


[ちょん]

リル推し勢は魔境過ぎて推しが他にいることを感謝してる

あんなんぜってー勝てないもん

デートイベ毎日開催はよ


[ゾエベル]

シエル様の悪口言うな!

シエル様は誰にでも愛想振り撒くような浮気女とは違うんだよ!


[YTYT]

シエルニキちーっす

くると思ってましたー(棒


[ゾエベル]

俺は絶対シエル様の初めての男になるんだ


[リンリン]

がんば


[ナルティーク]

シエルは可愛い上に初期出やすいからな

そこら辺も罠

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