この物語は音楽で溢れています
ぽにこ
プレイリストⅠ
1. 涙のふるさと
ギターを弾き始めたのは、中学二年の春だった。双子の兄である
朔は中学一年の誕生日にギターを買ってもらった。動機は、『元気が出る音楽』を演奏してみたいから、らしい。
秋にお祖母ちゃんが亡くなって、相当落ち込んでいた。その時に気持ちを癒してくれたのが、父の兄夫婦に貰った『元気が出る音楽』で、音楽が持つ力に感銘を受けたそうだ。
朔はギターを買って貰った当初、教則本に載っていたBUMP OF CHICKENの「涙のふるさと」のコード演奏を目標にしていて、ギター&ボーカル担当になりたいと練習に励んでいたが、朔のギターの腕前はさっぱり上達しなかった。
練習を見ていた私に、ちょっと弾いてみろとギターを渡すので、本に付属されていたDVDを見ながら弾いてみる。すると、朔とは段違いにちゃんと音が出ていた。
初めは乗り気ではなかったものの、思った音を出すことが出来るようになると楽しくなっていき、気がつくと、時間があれば朔のギターを借りて練習していた。
「あら、朔ちゃんに咲樹ちゃん。今日もギターの練習?」
父の兄夫婦はピアノ・バーを経営していて、営業していない昼過ぎの時間を練習場所として借りていた。
父親は総合病院で救命医をしていて家にはあまりおらず、母親は物心ついたときには家を出ていってしまっていた。
そのため、叔父夫婦は親に代わってよく面倒を見てくれている。
「少しは様になってきたか?」
叔父さんが飲み物を出してくれる。
『涙のふるさと』のコード演奏は出来るようになった。私の演奏に合わせて朔が歌う。
叔父さんたちは目を細めて、拙い演奏を見守ってくれていた。
「こんなに短期間でそこまで上達するなんて、才能があるんじゃないか?将来はミュージシャンかな。双子デュオ!」
大人は勝手で適当だ。才能ではなく、ちょっと器用なだけだ。
将来ミュージシャンになることは考えていないし、たぶん叔父さんたちも真剣には言っていない。
そんなことは中学生でも分かる。朔は素直に「ほんと?デュオやっちゃう?」と言っていた。たぶん本気ではない。
「そうだ。知り合いにギターが上手な子を知ってるから、習ってみる?」
叔母さんが目を輝かせて提案するので、やってみることにした。
「あ、でも、私は自分のギター持ってないや。」
「じゃあ、買いに行く?お年玉で買いなよ。」
朔の口車に乗せられ、近所の大型ショッピングモールに入っている楽器専門店へ足を運ぶ。
「女の子っぽい可愛いのもあるね。」
「うーん、ピンクのギターかぁ。男っぽい楽器を可愛い女の子が演奏してるとかっこ良くない?咲樹もさ、制服でギター弾いたらモテるよ。」
いや、別にモテなくて良いんだけど。
朔ははっきり言って凄くモテる。双子なのに、何が違うのかな。
店内を見て回ると、初心者入門セットが目に入った。これは、私のためにあるのではないか!ストラップとか替えの弦まで入っているし、メンテ方法などの説明書まである。
色も焦げ茶色がおしゃれな感じで気に入った。
朔が店員さんを連れてきてくれて、一度試しに触らせて貰う。うん、ネックの太さも太すぎず、弦を押さえられる。
「これにします。」
「ありがとうございます。このギターは安いけど、品質はちゃんとしてるからね。大事に使ってね。」
店員さんもセットになっているものをざっと説明してくれた。自分のギター、嬉しいな!大事にしよう。
翌日、早速教えてもらうことになった。朔もリベンジするために二人で叔父さんたちの店へ向かう。
「良い感じで弾けるようになったら、ベースとかドラムも誘ってバンドにしたいな。」
朔は夢見がちな少年だ。明るく人当たりも良いので友達も多く、回りの状況とか人のことを良く見いて、場を和ませる天才だ。
小学生のとき、私が女子のグループに馴染めずいじめられそうになったときも、上手く回避するように誘導してくれた。
双子なのに私とは真逆で眩しい存在だった。
店につくと、高校生と思われる地味目な男の子が待っていた。
「初めまして。
中学生相手でも笑顔を作って敬語で話してくれる紳士な態度に、「おっ。」と思ったことを今でも覚えている。
「どの程度演奏できるのか知りたいんだけど、弾ける曲とかありますか?」
ただ一曲だけ弾ける「涙のふるさと」を演奏する。
「朔くんは歌担当なんだね。」
朔は素直に、練習したけれど挫折したことを伝えていた。
矢野さんはとても感じが良く、「そういうこともあるよね。たぶんコツさえつかめば弾けるはずだから。」と優しく励ましていた。
夏休みの間だけの集中レッスンは、約二週間毎日行われた。おかげで私はアルペジオもFコードも弾けるようになった。
朔も、なんとかコード演奏が出来るまで成長した。
「たっくん、毎日付き合わせてごめんね。彼女との時間を削ってしまって。」
朔の冗談に耳を傾ける。彼女がいるのかどうかなんて私には関係の無いことなのに、何故か気になってしまっている自分に戸惑う。
「いいよいいよ、朔くんと咲樹ちゃんのためだから。」
返ってきた返事にすかさず朔が反応する。
「え、彼女いるの?」
でも、彼は一枚上手だった。
「彼女かー。いるような、いないような。そもそも、彼女とは何か。
彼女なのか彼氏なのか。住んでる世界が同じ次元ではないかもしれない。
一緒の時間を共有したいと思う相手がいて、そのわがままに付き合ってくれる存在ってことであるのなら、いるかな。」
独特な世界観。朔はキョトンとしていたが、私は面白くて笑ってしまった。
「矢野さん、面白いですね。その理論だと、矢野さんは朔と私の彼氏に当てはまります。」
矢野さんは、「え?」と言って考える。
「ほんとだ。君たちのわがままに付き合ってるわ!ってことは、俺には彼女も彼氏もいるってこと?モテモテだな。」
「俺、認めないけど。っていうか、ちょっとキモい。」
矢野さんはシュンとしてしまった。
「そっか。はぁ、キモいって言われるの辛いな。俺、何度も言われてるけど結構辛いわ。」
矢野さんの表情が本当に辛そうで、悲しそうで、胸を締め付けられる。きっとその辛くて悲しい経験のことに対して、気持ちの折り合いがついてないんじゃないかな。
でも、そんなことを突然、中学生に言われても戸惑うよね。どうやって伝えれば良いんだろう。そのとき、ずっと演奏していた曲が頭の中に響いた。
「矢野さんの『涙のふるさと』は『キモいって言われた過去』なんですか?」
今度は矢野さんがキョトンとしてしまった。
「ん?・・・ちょっと、考えとく。」
少し表情が曇ったように感じたけれど、「そろそろ練習!」と言って雰囲気を変え、練習を進めた。最後に「涙のふるさと」を、通しで演奏してみる。
最初の頃とは比べ物にならないほどスムーズに演奏でき、歌詞の内容も自分なりに解釈する余裕があった。
朔がトイレで席をはずしたとき、矢野さんが話しかけてきた。
「咲樹ちゃんって、感受性って言うのかな、すごく鋭いね。さっきの、俺の『涙のふるさと』は雷に打たれるぐらいの衝撃だったよ。
昔、『キモい』って虐められたことがあって、トラウマになってたんだな、って気付いた。」
やっぱり、そうだったんだ。重い溜め息。相当辛かったということがストレートに伝わってきた。
「キモいって言ってきた人達は、自分達の尺度で人のことをキモいって判断してるんだと思います。
さっきの彼女についての論法とか、矢野さんって世界観が独特なところがあるのは否めないけれど、私はその固定概念に縛られない世界観が素敵だと思いました。
だから、キモいって言葉は褒め言葉です。あ、あの・・・、言いたいこと伝わってますか?」
途中で、自分でも言ってることが纏まっているのか分からなくなってきて、焦った。私を見つめる矢野さんの目からは涙が零れた。
私はもしかして、矢野さんがやっとの思いで守っていた心を傷付けてしまったんじゃ・・・。
「え、えっ!?ごめんなさい!」
慌てる私の手を握り、今度は笑顔になる。
「違うんだ。なんか、感動して!今、とても清々しい気分だよ。咲樹ちゃんのお陰だよ!ありがとう!」
そのまま抱き締められる。朔とはよく抱きついたりするけれど、それとは違う、男の人の力強さを感じて鼓動が早くなった。
足音がして、パッと離れる。トイレから戻ってきた朔が、泣きながら私の手を握る矢野さんを見て「何事!?」と驚いていたが、キモいと言った罰で矢野さんからは何も説明がなかった。
私にも聞いてきたが、「涙のふるさと」に感動したということだけを伝えた。
夏休みの特別レッスンも残り後二回。朔はバスケ部の試合でレッスンに参加出来ず、矢野さんと私のマンツーマンレッスンとなった。
カッティングという技法を習い、キリンジのエイリアンズという曲を課題曲として練習する。凄く大人っぽい曲でドキドキした。少し鼻にかかったような矢野さんの歌声が耳に残る。
私もあんな風にかっこよくギターを弾きながら歌ってみたいな。その思いで集中して練習すると、歌い出しまで演奏できるようになった。矢野さんは満面の笑みで褒めてくれる。
「あのさ、咲樹ちゃんてスマホとか持ってないの?」
突然そんなことを聞かれて持っていることを伝えると、連絡先を教えてほしいと言われた。男の子に連絡先を聞かれるのが初めてで、緊張してしまう。
「フルコーラスで演奏できるようになったら、連絡してほしい。あ、別に違う理由で連絡くれても良いんだけど。」
矢野さんの顔が赤いような気がする。もしかして、照れてる?こんな中学二年生の子ども相手に?
私にとって矢野さんは、すっかり大人のお兄さんで、私なんかのことは子どもとしか思っていないはずだと思っていた。
「僕の登録名、たっくんでいいからね。」
覗き込むように顔を近付けられ、ドクドクと大きな音が自分の体の中から聞こえる。
あだ名で呼ぶ異性の友達なんて居たことがない。彼を特別な存在にしてしまうのが何となく怖くて、登録名は『矢野さん』にした。
今でも『涙のふるさと』を演奏したり、聴いたりすると、あの時の甘酸っぱい気持ちが呼び起こされる。まだ『エイリアンズ』を完璧に弾けるようになっていないので、特に自分から連絡を取る口実がなかった。
本当は連絡を取って、もう一度会いたい気持ちもあるのに、行動に移せない。向こうから連絡があれば良いのにな、なんて、別に私の事を特別に思っている訳じゃないのにそんなことはしないよね。
今頃、彼はどうしているのかな。弦を押さえる指。ピックで丁寧に弦を弾く手首が頭に浮かぶ。思い出す度にドキドキした。
もしかして、これが『恋』なのかな。だとすると、私の初恋の相手は矢野さんかぁ。高校生になったら少し勇気を出して連絡を取ってみようかな。
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