ふじみくん事件簿

揚羽常時

第1話:プロローグ1


 初めて蕪木無害を見たのは聖ゲオルギウス学園高等部一年生の春……それも春休み直前のことだった。


「うっぜーんだよ!」


「マジなめてるでしょ? あんた!」


「懲罰もんだよ懲罰もん」


 そんな頭の悪そうな言葉を垂れ流す三人のギャル……暫定的にかしまし娘と呼ぶ……に絡まれて中庭で泣いているのを渡り廊下から見た時だった。


「うー……うー……うー……」


 必死に頭を抱えてうずくまり泣いている少女は憐れみを誘った。俺はSF小説に栞を挟んで閉じると階段を下りて中庭へと向かった。そこにはパーマをかけた三人のかしまし娘と、それから件の少女がいた。俺は声をかける。


「何か揉め事か?」


 そう聞く俺に一瞥をくれて、それから、


「なんでもねーよ。他人がしゃしゃり出てくんな」


 かしまし娘の一人にそう拒絶された。


「そう言われてもな……」


 俺は食い下がる。


「どう見てもお前らが彼女を虐めているようにしか思えないんだけど?」


「うっせーな。これは因果応報って奴だよ。こいつが悪いんだ」


 うずくまる件の少女を蹴りつけるかしまし娘の一人。俺は溜め息をつくと、


「じゃあ先生を呼んでくるからそれまで同じことをしていてくれ」


 そう言った。


「っ!」


「……!」


「てめ……!」


 絶句するかしまし娘たちを無視して俺は携帯を取り出すと担任の教師に電話をかけるふりをした。同時に、


「ちっ!」


 と、かしまし娘のリーダー格のギャルが舌打ちした。そしてかしまし娘はボソボソと俺に対する呪詛や不満を呟きながら撤退していった。かしまし娘を見送った後、俺は件の少女に声をかけた。


「もう大丈夫だぞ」


「う……え……?」


 必死に頭を抱えてうずくまり泣いている少女は、その手から頭部を開放して俺を見上げた。そこで俺は、


「っ!」


 言葉を失った。黒い長髪に琥珀色の瞳……桜の花弁のような唇に白磁器のような肌……それらが奇跡的な配置の妙で美少女を創りあげていた。俺は件の少女を件の美少女へと格上げすることにした。件の美少女は俺を見て言う。


「あ……ありがとう……」


「別に大したことはしてねーよ」


 俺は中庭に散乱している件の美少女の荷物を拾い集めて、件の美少女のだろう鞄に詰めて渡した。


「ほれ」


「ふえ……ありがとう……ございます……」


「だから何もしてねーって」


 俺はぶっきらぼうに言う。事実俺がしたことと言えば馬鹿どもを追っ払って荷物を纏めて渡しただけだ。


「しかしアレだな。これで解決ってわけにはいかんな」


「ふ……え……?」


「イジメが起きている事実を学校が認識しないと始まらないな。とりあえず担任に相談してみるか……」


 俺は携帯電話を取り出す。それから担任の烏丸教師を呼び出そうとして……それから議論する内容を吟味するうちに問題が発生した。


「そういえばお前の名は何て言うんだ?」


 俺はやはりぶっきらぼうに言った。


「あう……蕪木かぶらぎ……無害むがい……」


「蕪木無害……無害ね……」


「あの……あなたの……名前は……?」


藤見ふじみだ」


「藤見……?」


「そう。藤見だ」


 そして俺……藤見は烏丸教師に電話をかけた。内容は至ってシンプル。生徒が虐められている事実をリークしただけだ。しかして正義感丸出しの烏丸教師は食いついてきた。放課後に俺と無害は職員室で烏丸教師と議論を交わし、そして無害を取り巻く現状を理解した。話としては簡単だった。無害の美貌に惹かれた男子どもが溢れて無害を褒めそやした。それを見て面白く思わない女子どもの反感を買った。とどめだったのが先の悪質なかしまし娘のリーダー格だった女子の想い人が無害に告白したことだった。そんな恋愛ままごとに巻き込まれて無害は虐められたらしい。しかしそれは加害者の都合だ。無害には否定できる何物もない。


「というわけで」


 俺は結論を言った。


「無害を虐めている人間に何らかの処罰を」


「それは構わんどころか正しい行いだがね。それで事件は解決するのかい?」


 烏丸教師は煙草を吸いながら問うた。


「解決の糸口は一歩一歩進んだ先にあるでしょうよ」


 そういった経緯で無害を虐めていたかしまし娘を停学に追い込むことはできた。しかして無害へのイジメは終わらなかった。かしまし娘が停学に追い込まれると、別の勢力が無害を虐めだした。結局のところ出る杭は打たれるというか……男子に人気のある女子は淘汰されるらしい。


「藤見……藤見……」


 そう俺の名を呼んで泣く無害を俺はことあるごとに抱きしめて慰めた。それからしばらくして俺は聖ゲオルギウス学園高等部二年生と昇格した。文系クラスの一組に配属され、そこで俺は無害と出会った。無害が俺と同じ年代だというのは本人の口から聞いていたものの、同じクラスになるとは思いもよらなかった。俺は無害に歩み寄って言った。


「一年間よろしくな」


「ふえ……でも……無害で……いいの……?」


「いいだろ。それとも迷惑?」


「ふえ……そんなことない……よ……?」


 あたふたしながら無害。


「じゃあ決まり」


 俺が笑うと無害も笑った。

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