第30話 『じぇしか・あろがんす!』

「…この前の男の子二人だね。勝敗は譲れないけど、望む限り私の体で遊んでいいよ?」

 十文字の前にいるのは、卯月と車田だ。

「…昨日は言い忘れていたな。十文字莉杏、風俗店『愛天国』に勤務する娼婦、源氏名は『みかん』。」

「す、凄く私に詳しい…!でも客じゃないよね。客なら絶対忘れないもん。」

「市民のことだ。こちらも誰一人として忘れることはない。」

「堅物さんだねぇ。もうちょい気楽に生きてみたら?」

「…君のような人間がこの世界を苦しめているのだよ。楽観的でいられる時節は既に過ぎている。」

 卯月の声には、怒りが籠もっていた。

「う、卯月…?」

「すまない、感情的になってしまった。どちらにせよ、ここで排除するのみだ。」









「ハァ、ハァ…、ここまで来たら流石に追ってこないかな…?」

 龍崎は既にかなりの距離を走っていた。

 氷の床も途中でブラフを混ぜたりして、徹底的に撒きに行ったのだ。

「とりあえず人のいない所に隠れよう…。そうだ、それがい…ッ!?」

 龍崎は咄嗟に電柱の裏に隠れる。

 平が、すぐそこまで来ていたのだ。

(な、なんで…!?逃げ方は完璧だったはず!)

 よくよく見ると、平は裸足だった。

(足の裏に火を灯して、床の氷を溶かしたんだ!)

「おぉぉぉぉぉい、遊ぼぉぉぉぉぉぜぇぇぇぇぇ!いんのはわかってんだよ。」

(…これ以上逃げても無駄。さっき体を怪我してるし、逃げても米沢達と合流するより平に焼かれる方が先…。やるしかない!)








 ジェシカ・ファナティカの家は代々宗教家だった。

 数百人規模のカルト宗教ではあったが、父親が教祖の子孫だったのでそれなりに裕福な生活はできた。

 この教団は、端的に言うと腐っていた。

 大多数の信者から信仰という名のもとにあらゆる物を搾取する。

 幹部達に信心などという物ははなから無く、金銭もほぼ中抜きされている。

 両親も、例外ではない。

 しかし彼女は直観で理解していた。

 この世には人間を超越した存在が、確かに実在することを。

 彼女の前に現れたルシファー、という存在が自分の家に代々伝わる絵と一致していたのを見ると、疑念は確信に変わった。

「そうか、ジェシカ・ファナティカというのか…。なるほど。」

「どうなさいましたか?」

「いや、この環境でよく信心を保てたなとな。あ、褒めてるんだぞ。」

「お褒め頂き、とても…光栄でございます。ですが、これは当然のこと。信じる人間こそが、最後には救われますので。」

「…しかし今世間には無神論が蔓延している。君の両親も、それに囚われていただろうに。」

「私は…人が人である所以は信仰、だと愚考するのです。獣や草木には、神を信じることはできないのですから。なので神を信じない者は人間ではありません。人の皮を被った獣でございます。そして、直向きな努力が報われるように、直向きな信仰もまた、報われるのです。神を嘲笑う反逆者や愚昧ぐまいなる異教徒共とは違います。」

 ジェシカは微笑み、挨拶をする時のような声で言った。

「私だけが、救われるのですよ。」








「おっしゃ!これは決まったか!?」

「油断すんな宮藤。今のうちにやっておくべきことがある。」

 米沢はパチンコ玉を一つずつ放っていく。

 そして、近くにある車を次々爆破していく。

 爆煙が、晴れた。

 多少の火傷は負っていたものの、二人とも無事だ。

「ヤバかった…、俺が炎を咄嗟に吸い込まなきゃ終わりだった…!」

「…武丸さん、ありがとうございます。貴方は本当に素晴らしい同胞です。」

「当たり前だろ!武丸仁王がいる時点で、この陣営を勝ったも同然だからな!」

「…あー、話してるとこ悪いが、ここら一帯の車は全て爆破した。もうお前達は逃げられないぞ…降参するか?」

「「しない」」

「そうでなくちゃぁなぁ!」

 横殴りの血の雨とパチンコ玉が二人を挟み込む。

「男の方は私に任せてください!」

「その方が良さそうだな!」

 二人は互いに背を向けて、前へと進み出す。

 ジェシカはビームを放つ。

 パチンコ玉は全て消えていたが、上空へ米沢は逃げて行った。

 そのまま回り込んで武丸を狙おうとするも、ジェシカのビームに阻まれる。

「あれぇ、どこに行くんですかぁ?私をちゃんと見ないと駄目じゃないですかぁ?」

「ヤバい、コレだけでキュンと来るかも。俺って結構チョロいのか?…なんてな。」

 武丸は血の雨を全て穴に吸い込む。

「おどれ邪魔やな…!」

「へ、悪いがここは塞がせてもらうぜ!攻撃はできねぇが足止めならできる!」

「こっちもあんたを止められたら仕事はした、っつってええんか?まぁ隙見てボーナス狙いに行きますわ。」

「…タイマンってことか?そこの女。」

「えぇ、それではを始めましょう。」

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