第12話 戦闘開始

 俺は涙を拭き、自分のメイクを直した。ちなみに、俺自身も毎日ナチュラルメイクを施している。そして、オレンジピールを四六時中付け狙う、カメラに目を留めた。

「まずこれだ。こんなに四六時中カメラに撮られてたんじゃ、気が休まらないんだよ。皆さんだって、分かるでしょ?」

俺がカメラスタッフたちに声をかけると、カメラを担いでいたスタッフは、録画を辞めて顔を放した。

「それは、俺にだって分かるさ。けど、会社の方針だからな。それに、彼らはそんなに気にしちゃいないよ。」

そう言われて、まだなお何か言おうとすると、

「カメラマンに言ったって、何も変わらないわよ。もっと上に言わなきゃ。」

若宮さんにそう言われた。それもそうだ。

 オレンジピールのダンスの練習が始まると、マネージャーも現れた。そうだ、チーフマネージャーに言えば上に伝わるのではないか。俺はチーフマネージャーの白畑さんの元へ、のっしのっしと歩いて行った。

「あの、白畑さん。お話があります。」

「はい?」

「あの・・・オレンジピールは働き過ぎだと思います。それに、カメラで一日中録画するのも、彼らのストレスになっていると思います。メイクもし過ぎだと思います。とにかく、あいつらの労働環境の改善を、社長に訴えさせてください。」

俺は一気に言った。白畑さんとはほとんど会話もした事がないのに、俺はよくもまあ、こんな事が言えたものだと自分で感心する。

 白畑さんは驚いたようで、しばらく何も言わなかった。俺が次にどう出るか考えていると、

「そう、ねえ。じゃあ、社長にアポ取っておこうか?」

ちなみに、白畑さんは女性である。

「はい!お願いします。あの・・・ありがとうございます。」

「いいよ。私もちょっとね、同感っていうか。」

「え?」

そうか、白畑さんも同じように、彼らが働き過ぎだと思っていたのか。そうだよなあ。

 というわけで、次の日の夕方、広田社長との面会のチャンスを得た。

「失礼します!」

社長室に入室した俺。一メイキャップ担当が、社長室に入るとか、あ、面接以外でだが、それは滅多にない事に違いない。俺もここまで来ておいてちょっと気後れする。

「ああ、君か。座りなさい。」

広田社長は、まだ面接したばかりの俺を覚えていてくれたようだ。とりあえず怒ってはいないようだ。

「君の事は忘れないよ。メイクしている一般人男性なんて、あまりいないからね。」

ああ、そういう事か。

「それで、私に話というのは何かな?オレンジピールの労働環境がどうとか、聞いたけど。」

「はい。」

俺は、大きく息を吸った。

「オレンジピールは働き過ぎです。まだ若いと言っても、このままでは過労で倒れますよ。激しい運動はいいですが、ちゃんと寝て、自分の時間も持って、リフレッシュしないと大変な事になります。」

まずは一つ言ってやった。

「それから、カメラで四六時中撮っているのもどうでしょう。意外にストレスになっているのではないでしょうか。そういう積み重ねが、ひいては適応障害などの病気に発展していくのではないでしょうか。」

もう一つ言ってやった。

「それと、メイクのし過ぎです。お肌を休ませる暇がありません。ましてや濃いメイクをする事もあるわけですから、もっとノーメイクの時間を増やすべきです。たとえば、ダンスの練習の時などには、ノーメイクで臨むべきです。汗をあれほどかいているのに、毛穴をふさぐようなメイクをしていては、お肌に良いわけがありません。お肌に悪いことは、体にも悪いんです!」

全部言ってやったぞ。俺はちょっとした高揚感を感じた。

「言いたい事はそれだけかい?」

だが俺は、広田社長のその一言で縮み上がった。

「あ、はい。」

尻切れトンボの俺。情けない。社長は手と手をテーブルの上に組み、俺の事をじっと見ていたが、その手をにぎにぎさせた。

「君の言っている事は分かる。だが、君の言う通りに休ませていたら、他のアイドルに勝てない。私は、オレンジピールの今後の命運を肩に背負っている。多少無理をしてでも成功したいと、彼らは最初に私に誓ったのだ。」

そうだったのか。多少無理してでも、か。だが、それでいいのだろうか。大丈夫なのだろうか。

「ただ、体を壊しては元も子もない。少し考えなければならないだろう。君、そのメイクの時間の事だがね。どのくらい肌を休ませる必要があるのかね。」

「そうですね、濃いメイクですから8時間くらいは休ませた方がいいかと。」

「そうか。」

社長は一言そう言うと、少し考え込み、それから立ち上がった。そして窓の方へ歩いて行き、手を後ろに組んで外を眺めた。

「女性のアイドルだったらどうだろう。例えば、田原坂45とかがだ。動画を配信するのに、ノーメイクでも大丈夫だと思うかね?男性はメイクをしないものだという、偏見が働いているのではないのかね?」

社長が意外な事を言い出した。俺が、この、いつも外に出る時にはメイクをしている男性の俺が、そんな偏見を持っているなどあり得ないのに。

「それは・・・田原坂がどうだかは知りませんが、女性アスリートの事を考えてみたらどうでしょう。オリンピック選手など、メイクをしないでテレビに堂々と映っていますよね。」

「いや、フィギュアスケートの選手や新体操の選手はメイクをばっちりしているぞ。ダンスを踊るような、美しさを競うような競技なら、するものだ。」

なるほど。いやいや、俺が感心している場合ではない。

「確かに、そうですね。でも、オレンジピールだって本番にはメイクをします。練習の時はしなくてもいいのでは?」

巻き返しを図る俺。

「メイク時間もそうですが、もっと録画時間を減らしてはどうですか?」

「うーん。今やオレンジピールの成功を見て、他のアイドルも真似してきている。今オレンジピールのビハインド映像を減らしたら、ファンを他に持って行かれかねない。」

「そうなんですか?」

そんなに熾烈な戦いなのか。動画配信を減らしただけで、人気が落ちるのか?

「君、彼らはノーメイクでもイケてると思うか?ファンを減らすなんて事にならないか?」

社長は俺にそう聞いた。俺は頭の中にオレンジピールのメンバーの顔を思い浮かべた。だいたい、メイクをする前というのは寝起きで、ちゃんと目を開けているかどうか怪しいもんだ。

「社長、男は顔じゃありません。」

「あ?メイキャップアーティストがいきなりそれを言うか?」

呆れたという風に社長が言った。

「彼らは今、ノーメイクの顔に自信を持っていません。そこが問題です。メイクなんてしていなくても、大丈夫、自分はイケてると思えば、変わりますよ。きっと。」

最後に「きっと」を付け加える辺り、ややセコイ感じはするものの、俺は自分で言った事に自分で感心しているのだった。咄嗟に出た言葉にしちゃあ、よく出来ている台詞ではないか。

「なるほど。一応マネージャー達とも相談するが、ひとまずダンスの練習の時にはメイクをしないで行くという方向で検討しよう。」

社長がそう言ってくれたので、俺は思わず拳を握った。やったぜ!

「ありがとうございます!」

「君ね、彼らに素顔でも自信が持てるようなアドバイス、してやってくれよ。」

「はい!では、失礼します!」

俺は元気よく返事をし、社長室を後にした。

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