第10話 まさかの中止
オレンジピールはコンサートの練習を始めた。相変わらずきつい練習だ。見ていてこっちが疲労するくらい。だいぶ暑い季節になってきて、汗を大量にかく。それでも彼らは辞めない。ぶっ倒れるまでやる。
「どうしてあそこまで追い込むんだろう、自分を。」
俺がぼそっと呟いたら、隣にいた海野さんが、
「コンサート本番も相当疲れるんですよ。だから、本番を想定して練習してるんじゃないかな。」
と、教えてくれた。そうか、これはパフォーマンスの練習をしているだけでなく、本番に必要な体力もつけようとしているわけか。しんどいな。要するにアスリートと同じだな。
そして、休憩になると倒れ込む彼らに対し、俺らは群がって行ってメイクを直す。こんな事、意味があるのかと甚だ疑問だ。汗をかいてぶっ倒れている人間が、綺麗な顔でいる必要性ってあるのかよ。
とはいえ、彼らはアイドルだ。虚構であり、崇拝対象だ。違うか?とにかく、見た目がまずあって、それから中身を見てもらえる。見た目が一瞬でもダメだと、ファンは冷めてしまうかもしれない。それなら、こんなドキュメンタリーなんか撮らなきゃいいと思うが、他のアイドルとの差別化を図るため、こうやって裏側もたくさん見せる事が戦略だからやっているのだ。
歌の練習、ダンスの練習、段取りの練習、テレビ出演や自分達の番組作成、雑誌などの取材。一日中走り続け、コンサートに向けて頑張っていた・・・のだが、秋になり、冬になり、新型コロナウイルス感染症の感染状況が思わしくなく、会社はとうとうコンサートの中止を決定した。
「中止・・・?」
「うそでしょ、延期じゃないの?」
柊人と真生が言った。
「延期と言えば、延期だ。だが、いつ出来るか分からない。無期延期だ。」
マネージャーが言った。
「もし、何ヶ月後かにまた計画したとしても、その時には新曲も出てるだろうし、今回練習したプログラムでってわけじゃ、ないですよね?」
真生が言うと、マネージャーは、
「まあ、そうだろうな。」
暗い顔でそう言った。
「じゃあ、無駄になったの?あの練習が・・・?」
夢羅が呟くように言った。そして、メンバーはその場にくずおれた。大哉が泣き出した。すると、柊人も泣き出し、その後はつられてみんな泣き出した。見れば、若宮さんもハンカチで目を押さえている。
「仕方がない。まさかコロナがこんなに続くとは思っていなかった。何とかコンサートの代わりになるようなものを会社でも考えるから。」
マネージャーはそう言って、近くのメンバーの肩をポンポンと叩きながら、練習室を出ていった。
「もう、練習する必要がないんだね。」
「帰ろっか。」
瑠伽と真生がそう言った。そして、彼らは乱れたメイクもそのままに、自分の荷物を手に取り、帰って行ったのだった。
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