第5話 歌番組は危険な場所

 3時間ほど彼らの練習が続き、一旦お昼休みになった。スタッフはそれぞれの部屋へ引っ込み、外へ出かける人もいた。コロナ禍になって以来、俺は家に引きこもっていたので、外食をしていなかった。人と飯を食う事もなかった。怖さはそれほど感じていないけれど、何となく外で食事をする事には気が引ける。

 とりあえず近くのコンビニに行って食べ物を買い込み、会社に戻って一人で食べた。そういえば、スタッフは自由に外に出られるけれど、芸能人は昼飯をどうしているのか。ちょっと気になって、自分の食事が終わってから、こっそり練習室を覗いてみた。

 練習室には既に昼休みを終えたスタッフが何人かいただけだった。メイクルームを覗きに行くと、そこにオレンジピールのメンバーがいた。何を食べているのかと思えば、お弁当だろうか。みな同じ物を食べていた。マネージャーが買ってきたか出前を取ったのだろうか。

「あれ?どうしたんですか。えーと・・・。」

「あ、花村です。」

「そう、花村さん。何かご用ですか?」

瑠伽に見つかってしまった。相変わらずニコニコしている。

「いや、その、皆さんはお昼をどうしてるのかなーと思ったので。」

「お弁当ですよ。仕出し弁当。」

「そうですか。」

「花村さん、僕らより年上ですよね?」

「はい、そうです。」

「それなら、敬語はやめてくださいよ。ここでは年齢重視なんです。会社に先に入ったかどうかは関係ないですよ。」

瑠伽はそう言ったが、本当だろうか?鵜呑みにして、人気タレントにため口利いて、俺は生き残れるのだろうか。

「あ、はははは。」

俺は笑ってごまかし、早々にその場を後にした。そもそも、その人気タレントに個人的に話しに行ったりしたら、誰に何を言われるか分からない。芸能界で生きていくのには他には無い気苦労があるのだ。


 昼休みが終わり、歌番組の収録現場へ向かった。タレント、マネージャー、ヘアメイクと、2台の車に分かれて乗って行った。もちろん俺は、タレントとは別の車に乗った。

 収録現場はテレビ局だ。滅多に入る事はない、華やかな場所。しかし、今はコロナ禍とあって、ここも戦々恐々としている。手の消毒はもちろんの事、ディスタンスを取るように、密にならないようにと、いちいちお互いの監視が入る。

 メイクルームへ行くと、若宮さんが、

「今度は濃いめのメイクをするから。花村くんは最初は見ていてね。」

と、俺に言った。俺はアシスタントに回った。道具を渡す係だ。

 タレントのメイクは二人ずつ、順番になされていく。はっと気づけばここでもカメラが回されていた。オレンジピールのメンバーは、メイクされている最中にもカメラを向けられれば何かをしゃべる。順番待ちのメンバーは、それぞれスマホをいじったり、歌の練習をしたりしているのだが、それもドキュメンタリー映画でも撮影しているかのように撮られているのだ。彼らは全然気にしていない様子だった。カメラの向こうに知り合いでもいるかのように、そう、カメラを向けられると知り合いに会ったかのようにしゃべり出す。

 それにしても、かっこよく決めた彼らは、すっぴんで現れた今朝の彼らとは全く違うオーラをまとっていた。メイクの力は大きい。どんなメイクをされるかで、タレントの意識が変わるような気がする。ちょっとアイラインを描きすぎじゃないかとか、男性なのに頬紅をそこまでする事ないんじゃないかとか、見ていてヤキモキしたが、5人が揃ってみればそんな事もなかった。いや、それでも俺が好きなようにメイクをしていいならば、アイラインは入れずにシャドーだけでやるけどなー、と思うのだが。

 収録が始まると、カメラの後ろ側に俺たちはスタンバイ。メイクを直す道具を持って。舞台ではそこまでメイクを直したりしないので、まだ慣れない。オレンジピールと、もう一人うちの事務所のタレントが出演していた。それぞれ担当のメイクがいる。

 歌番組なので、トーク部分と歌う部分とがある。その間に俺らメイクはタレントに必死に食らいついてメイクを直すのだ。うわー、止まってくれないのかよ。

 そして、やはりカメラが回っている。俺らは動くタレントと、それを追いかけるカメラマンとをよけながら、懸命に手を出してメイクを直す。髪の毛を整える。あー、櫛を出すと危ない危ない。櫛の先が目に入りそうでヒヤヒヤする。俺は全然手を出せなかった。今日は初日だから、とりあえず見学だ。

 歌とダンスを披露するオレンジピールを見て、今度はテレビカメラが近い事に驚く。あんなに近くにカメラがあったら、下手したらぶつかってしまうではないか。ああ、何て歌番組は危険な場所なのだ。

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