日の光さえ届かない場所で

@kimihusa

第1話 ナイチンゲール

 ナイチンゲールという看護師をご存知だろうか、戦争で傷ついた兵士を献身的に看護したことで有名な「白衣の天使」と呼ばれる看護師である。兵士の中には体の一部を失ったせいで食事も1人では取れない人もいた中、ナイチンゲールは助けを必要としている人に寄り添い続けた。人類史の中で「優しい人ランキング」を決めるとすればこの人がトップ5に入ることは間違いない。



 今、俺の前にもナイチンゲールが1人いる。全身にやけどを負って身動きの取れない俺に卵の入ったおかゆを持ってくるところだ。よくアイロンの効いた白衣は彼女のサイズに合わせて作られているのだろうか、体の大きさに引っ張られて皺が少ない。彼女がお茶を注ぐためにかがむと、背が高いせいかお尻をひどくこちらに突き出す姿勢になった。並んだ二つの球面に白い布地が張り付き、布の下の形が浮き上がった。俺の視線を嫌がる気配は微塵もない。俺だってこの看護師に手を出してやろうと思って見ているわけではないのだ。ずっと病院の白い壁や白いベッドに囲まれていると、自分以外の生き物が珍しくて自然と肌の存在を求めてしまう、それだけなのだ。お盆に緑茶と卵がゆを乗せて、食器の触れ合う音を優しく立てながら歩いてきた。背が高いせいかバランスを取るために少し足をクロスさせながら歩くのが彼女の癖だ。見られているのにも構わず俺はずっと彼女のくるぶしのあたりを凝視していた。ベッドに備え付けられたテーブルにお盆を置いて、

「今日は元気そうですね」と言った。

「そうかな?」笑いながら返答して、「俺の顔が元気そうだった?」と笑顔を作ってみた。顔は一面火傷に覆われて赤く腫れ上がり、毛根まで火傷が届いているため髪の毛はうぶ毛のような弱々しいものが頭に何本か残っているだけだ。笑顔といっても、顔を歪ませただけのように見えるかもしれない。それでも彼女は屈託のない笑顔を即座に浮かべ、

「今月イチですよ」と言った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る